第4章 理想郷

第4-01話 秋の調べ

 1年が経って、俺は2年生になった。

 時間も移ろい夏から秋へ。


 そんな10月の3連休。


 この1年は積極的に色んなイベントに参加した。

 例えばアヤちゃんと一緒にお月見したり、クリスマスパーティーをしたり、ニーナちゃんの家に逆にクリスマスパーティーに招かれたり、一緒に初詣に行ったりだ。


 そうして時間は過ぎ去っていく間にも、俺は俺で色んなモンスターを祓った。

 自分が強くなっている感覚はあるものの、モンスターと戦わない時間が長いとその感覚を忘れてしまいそうだったから。


 それに、新しい魔法を覚える努力を怠っているわけでもない。


 例えば5歳の時に編み出した自分の『導糸シルベイト』で人型を操り、自分と戦う方法で剣術や体術を学んだり、アヤちゃんや氷雪公女から『氷魔法』について教えてもらったり、ニーナちゃんから『妖精魔法』を教えてもらっている。


 とはいっても、まだ『氷魔法』は使えていない。

 多分、あれは俺の『雷魔法』と同じでモンスターと共鳴することでしか使えないんじゃないかと思っている。


 せっかくの3連休なので俺は、新しい魔法を覚えようとしたのだが残念なことにアヤちゃんはレンジさんと一緒に出張。

 ニーナちゃんはイレーナさんと一緒にお買い物である。


 そして母親とヒナは来年の小学校入学に備えてランドセルを見に行ってしまった。

 そう。ヒナは来年、小学生になるのだ。時間が経つのが早すぎる。

 

 俺の時はクリスマスに行ったのに……なんて思ったが、クリスマスにランドセルを買うのは相当遅い方。なんなら半年前でも遅いのだから驚きだ。今では1年前に買うんだとかなんとか。


 というわけで誰もいなくない自分の家の庭で、俺は人型の模型を相手に剣術の技を試したり新しい足運びを試したりした。


 こういう地道な行動は強くなるための努力というよりも、ための努力だ。


 人は簡単に弱くなる。


 1週間、魔法を使わないだけで感覚を取り戻すのに時間がかかる。

 1週間、身体を動かなさないだけで感覚を取り戻すのに時間がかかる。


 その時間が、命取りになるのだ。


 だから俺は忘れないために剣を振るう。

 これまで積み上げてきたことを忘れないように。


 そうやって人型に剣を打ち込まれたり、逆に打ち込んだりしていると真横から声をかけられた。


「頑張ってるわね、イツキ」

「あ、ニーナちゃん」


 俺がよそ見した瞬間、『雷魔法』を使って半自動操作セミオートで動かしている人型が跳ね起きると、木刀を俺に向かってまっすぐ突いてくる。


 反射的に俺は視線を戻して、それを跳ね上げると魔法を消した。


 ……あっぶな。


 俺はほっと胸を撫で下ろしながら、人型から『導糸シルベイト』を解除した。


 今のは普通に危なかった。

 1人だから気が緩んでいたことは否めないが、だとしても油断大敵だ。


 縁側に置いていたタオルを『導糸シルベイト』で手繰たぐり寄せると、汗を拭きながらニーナちゃんに向き直った。


 正門をくぐってやってきたのは、ニーナちゃんだけじゃない。

 イレーナさんも一緒だ。


「お久しぶりですね、イツキさん」

「は、はい。久しぶりです」


 ちょっと頭を下げると、イレーナさんが微笑んだ。

 去年よりも母娘おやこの関係は改善されたのか、2人は手を繋いでやってきていた。

 

「今日はかえでさんに用があって来たのですが、いらっしゃいますか?」

「母さん?」


 かえでというのは俺の母親のことだ。

 まぁ、確かにイレーナさんは母親のママ友みたいなところがあるから、用事というのも分からないことは無いのだが……はて?


「母さんはヒナのランドセルを見に行ってるから、まだ帰ってこないと思います」

「……そうですか。いつ頃お戻りになりますか?」

「えー?」


 俺はちらりと時計を見ると、今は15時。

 多分、帰ってくるのは16時くらいだから……戻ってくるまではあと1時間くらいか。


「僕に言ってくれれば、母さんにも言っておきますよ?」

「いえ……。とても大事な話で、ちゃんとかえでさんにお伝えしたいんです」


 イレーナさんはそう言いながら、いつになく真剣な表情を浮かべた。


 珍しいな、イレーナさんがここまで真面目な顔をするのは。

 思い返してみれば、ニーナちゃんに関係することでイレーナさんが真面目な顔を浮かべた時を知らないかもしれない。


 いや、流石にそれは言い過ぎか。

 

 ……うん? じゃあ、今日の用事ってもしかしてニーナちゃんに関係することかな?


「多分、母さんが帰ってくるまで1時間くらいあるから中にあがってください。お茶入れます!」

「本当ですか? では、お言葉に甘えて」


 そういって俺はニーナちゃんとイレーナさんを玄関に案内。


「イツキってお茶入れられるの?」

「う、うん。まぁ……」


 ニーナちゃんに聞かれて、俺はちょっとうろたえた。


 だってニーナちゃんは紅茶を趣味で入れてる小学生。

 こっちは元社会人なのにロクにお茶すら入れたことがない小学生である。


 お茶入れられるの? と聞かれると、どうにも答えづらい。


 やったことは前世でも現世でも数えるくらいしか無いけど……あれだろ?

 茶葉を急須に入れてから、お湯入れるだけだろ?

 

 ……流石にそれはめ過ぎか。


 とはいえ、それ以外の入れ方なんて知るはずもなく、俺は2人をリビング……と呼ぶべきかどうか分からないが、ちゃぶ台のある広い部屋に案内して、ヤカンに水を入れた。


 入れている間、イレーナさんがキッチンにやってきて心配そうに俺のことを見ていた。


 大丈夫。できます。


 ……多分。


 ガスコンロの火を入れてヤカンのお湯が沸くまでの間、俺とイレーナさんがキッチンに立ち尽くす。流石に無言のままも嫌だったので、雑談の火口を切った。

 

「そういえば、今日はニーナちゃんと買い物に行ったって聞きましたよ?」

「えぇ。冬用のコートを見に」

「コート……」


 コートって社会人が着るものじゃないの?

 小学生でも着るものなの……??


 俺がカルチャーショックを受けている間に、イレーナさんは続けた。


「そこまでは良かったのですが……急に、仕事の連絡が入りまして」

「……仕事の」


 俺は小さく唸った。

 

 イレーナさんは『第四階位』。


 そこら辺にはいない逸材だ。

 だから他の祓魔師が祓えないモンスターを祓うために、彼女に白羽の矢が立てられたのだろう。


「それでイツキさんのお家を訪ねさせていただいたのです」


 分からん。

 どうして『それで』になるのか。


「仕事に関連して、母さんへの用事があるってことですか?」

「そうなんです。実は私、夕方には飛ばなければ行けないのですが」


 え、夕方って後数時間しかないけど……。


「私が仕事から戻ってくるまで、かえでさんのお宅でニーナを預かっていただきたかったんです」


 イレーナさんが、さらっとそう言った瞬間にヤカンが、ぴー! と、沸騰の合図を教えてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る