第4-04話 朝の挨拶活動

「イツキ、起きて」

「……うん? うん」


 母親に身体を揺らされながら、俺はもぞもぞと動く。

 動きながら、温かい布団の中で丸くなる。


 もう少し寝たい。

 3連休ずっと身体を動かしていたので、全身筋肉痛なのだ。


 確かに、現世の身体は若い……というか、幼いから寝て起きれば疲労は飛ぶ。

 疲労は飛ぶけど、筋肉痛はむしろ強く残るのだ。


「もうニーナちゃん起きているよ」

「んっ!」


 母親にそう言われて、思わず俺は目を開いた。


 そうじゃん。

 今日はニーナちゃんが泊まってたんじゃん!


 慌てて起きると、服を着替えて洗面所に向かう。

 朝の支度を終えてリビングに向かうと、ニーナちゃんが味噌汁を飲んでいた。


 ニーナちゃんは俺を見て、一言。


「おはよう、イツキ」

「う、うん。おはよう」


 朝起きたら友達が家にいる経験が無さすぎるどころか、初めてなもので思わず戸惑とまどう。

 

 実を言うと……俺は誰かの家にお泊りしたことや友達がお泊りしにきた経験が無いのだ。アヤちゃんの家でお泊りしたこともない。

 レンジさんとの仕事の関係でアヤちゃんと一緒にお泊りしかける経験はあるものの、あれも結局なんだかんだ有耶無耶になってしまったし。


 なので、本当に初めての経験なのだ。


 とはいってもニーナちゃんの終わっていなかった宿題を一緒にやって、飯食って、風呂入って寝ただけなのだが。


 だとしても楽しい経験だったのは間違いない。


「ニーナちゃん。よく寝れた?」

「……そうね。寝れたわ」


 そう答えるニーナちゃんの顔は、あまりちゃんと寝れているようには思えない。

 まぁ、何度か遊びに来たことあるとは言え初めてのお泊りなんだから寝られなくても仕方ないとは思う。


 俺も前世の学生時代、修学旅行に行った時に同じような経験をした覚えがあるからだ。

 初めてのホテルや旅館に泊まって、すぐに寝れるやつと寝れないやつがいるが俺は完全に後者。ニーナちゃんの反応を見ていると、どうやらニーナちゃんも後者っぽい。


 俺は焼き鮭と卵焼きと味噌汁のご飯を前にして、もそもそと箸を動かした。

 ちなみに、この朝ごはんはニーナちゃんが来たからというわけではない。

 

 うちは常時こんな感じなのだ。


 凄いよね。


「朝からお米なんて初めて食べたわ」

「いつもはパンなの?」


 俺の問いかけにニーナちゃんはこくりと頷く。


 生まれ育ち的にそうなのかな、と思ったのだが別に日本育ちでも朝はパン派のやつとかいる。あんまり関係なさそうだったので、その話はぐっと飲み込んだ。


 そうやって2人で朝ごはんを食べていると、半分寝ている状態のヒナが母親に連れられてやってきた。

 髪はとっちらかってるし、服はパジャマだしなのだが、その右手にはヘアブラシが握られていて、


「はい。にいちゃ」

「うん」


 ご飯はまだ半分ほどしか食べれていないが、ヒナがやってきてしまったのなら仕方ない。

 

 俺はヒナにお願いされるまま、髪の毛にヘアブラシを通していく。

 別に毎朝の習慣というわけではないが、ヒナはたまにこういうことをお願いしてくる。


 元は母親がやっていたのだが、母親も朝は大変忙しいので俺が『手伝うよ』と言い、こうなった。


 ヒナの長い髪の毛を触っていると、さらさらで綺麗な髪だなぁと思う。

 子供だからなのか、それともそういう髪質なのか。


 どちらにしろ、全然髪の毛なんかに興味がない俺でも少し『羨ましい』と思ってしまう髪だ。良いね。


「それ、毎日やってるの?」

「え? ううん。時々だよ」


 俺が髪の毛をかしていると、ニーナちゃんにたずねられた。


 だから俺はすぐに否定したのだが、ニーナちゃんはあまり要領を得ない顔をしていて、


「ふうん」

「どうしたの?」

「別に」


 そう呟くと、そのまま焼き鮭を口に入れていた。

 それにしてもニーナちゃん。箸使うの上手になったね。


 ヒナの髪の毛をかすのも、ほどほどにして俺たちはランドセルを持って家を出た。


 これまではニーナちゃんとの魔法練習を朝にやってたので、1人で学校に向かっていたのだが今日からしばらくは2人で登校だ。


 1人じゃないって良いなぁ、と思いながら秋の空気を吸い込む。


 周りには同じように朝早くから出勤している人や中高生の姿が見えたが、俺たちと同じ小学生の姿はどこにもなかった。


 それもそうだろう。

 部活がある中高生と違って小学生たちが朝早く登校することなんてない。

 小学生が少ないのも当然だ。


 そんなことを考えていると、隣にいたニーナちゃんが切り出した。


「ねぇ、イツキ。あの話って本当なのかしら」

「あの話って?」


 急に何の話が始まったんだろうと思って尋ね返すと、ニーナちゃんは端的に続ける。


「モンスターが増えているって話よ」

「うーん……」


 増えてはいるんじゃないだろうか。

 だって、父親もレンジさんも出張頻度が多いし……なんて思ったが、確かに言われてみれば実際に俺たちの周りでモンスターの出現頻度が増えているようには感じない。


「イレーナさんは日本各地って言ってたし、あんまり僕たちの周りにいない……」


 ――だけなんじゃないの、と続けようとした俺の口は閉じた。


 閉じるだけの理由があった。


 なぜなら、目の前にからだ。

 モンスターが。


 信号機のライト部分に蛇のように絡みついている、一本の長い長い指。

 多分、全長で3mくらいはあるだろうか


 その爪部分というか、蛇の頭部分にはしっかりと人間の頭がくっついていて、これまたびっくりするくらいの笑顔で口を開いた。


『おハようございまァす! あ、あ、あさの18時をお知らせしまァす!!』

「……っ!」


 ニーナちゃんは浅く息を飲むと、俺の手を取った。

 それは、彼女の癖だ。


 ニーナちゃんはモンスターを前にして過呼吸で動けないということは無くなった。

 でも突然モンスターが前に出てきて、相手にすることになれば……まだ、恐怖が身体を奪うらしい。


 だから俺の手を握るんだって、前に教えてくれた。


「大丈夫だよ」


 だから俺はニーナちゃんが落ち着くようにつとめて優しい声を出して、『導糸シルベイト』を伸ばす。


 そして、指の頭を切り落とした。


『あ、あっ、朝なので治りまァす! 挨拶は大事ッ!』


 しかし、さっぱり意味の分からないことを言いながら、切り落とした頭から身体が生えた。

 一方で頭を斬り落とした方は傷口がぷくっと水風船みたいに膨らんで、それがはじけると新しく頭が出てきた。


『じゅ、18時が2つに別れたのでェ!』

『い、いっ、今は朝の9時でぇス!!』


 長い指たちはまるで蛇が交尾でもするように互いに絡み合う。


 ……気持ち悪いし、意味も分からない。


 分からないので、俺は指の蛇たちに2本の『導糸シルベイト』を絡みつかせると詠唱。


「『焔蚕ホムラマユ』」


 ごう、と指の蛇たちを取り囲むようにして炎が生まれた。


『あ、あっ、熱ッ! 熱いので8時! 8時をお知らせしまぁす!』

『じゅ、じゅうじゅう焼けるので10時でぇス!!』


 燃える苦しみに顔を歪めて暴れる蛇たちだが俺の炎は消えないし、逃さない。


 当たり前だ。


 この魔法は『導糸シルベイト』を相手に絡めて、炎上させることで絶対に逃さない炎の牢獄を生み出す。『焔蜂ホムラバチ』と違って相手を貫くことはないが、動きがノロマな相手であれば、こっちの方が威力が高い。


 焼け焦げた指の蛇は地面にすぐに落ちると、完全に動かなくなった。

 そして、煙と一緒に黒い霧になって空に昇っていく。


 そんな黒い霧を朝日が貫いた瞬間に、ニーナちゃんがそっと話しかけてきた。


「ね、ねぇ、イツキ」

「どうしたの?」

「いつも……その、学校行く時にモンスターを倒してるの?」

「ううん。そんなにだよ」

「そ、そうよね」


 俺がそう言うとニーナちゃんはほっと安心して息を吐き出す。

 そして、再び学校に向かって歩き出したが――手は離してくれなかった。

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