第3-31話 やがて氷の姫になる君へ

 その日の夜はみんなでBBQをした。

 二泊三日の合宿。最後の夜はせめても、ということでレンジさんが企画したらしい。


 一箇所に集まった祓魔師見習いたち……そのほとんどが中学生、高校生の彼らを見て、俺は何人が大人になるまで生き残るんだろうと不謹慎なことを考えた。


 祓魔師の殉職率は高い。

 

 俺たちがモンスターに容赦をしないように、モンスターも人間に容赦なんてしてくれないからだ。


 初見殺し、洗脳、潜伏。

 人を殺すためなら何でもござれ。


 確かに祓魔師の給料は良い。

 人を守れるというやりがいも……あるにはあるだろう。


 前世をつまらないルーチンワークで過ごしていた俺からしてみれば、やりがいのある仕事につけるというのは羨ましさもある反面、『本当に仕事にやりがい求めてんのか?』と、問いただしたくもなるが……まぁ、俺の考えなんかはどうでも良い。


 大事なのは、祓魔師は死にやすいということだ。


 だからせめて、大人になるまでは……誰にも死んで欲しくないと思う。

 死ぬのも覚悟の上、と言われてしまえばどうしようも無いんだけど、


 なんて、そんなことを考えたのは氷雪公女との共鳴で、少しセンチメンタルになっていたからなのかも知れない。


 俺とアヤちゃん。そして白雪先生は、他の祓魔師たちから離れた場所で、BBQを楽しんだ。


「イツキくん。お肉焼けましたよ」

「あ、ありがとうございます」

「マシュマロ買ってるので、後で焼きマシュマロと焼きりんごを作りましょう」

「焼きりんご……?」

「はい。BBQの最後には必須です」


 マシュマロを焼くのは聞いたことがあるから良いのだが、焼きりんごってアレでしょ? オーブンとかで作るやつでしょ? いや、詳しくは知らないけど。


「白雪さんって、りんご好きなんですかー?」

「ま、まぁ……人並みには……」


 アヤちゃんの問いかけに、白雪先生はちょっと恥ずかしそうに頷いた。


 そして、先生はアヤちゃんのお皿にお肉を取り分ける。

 その様子を見ながら、俺はちょっとだけ思考を遊ばせた。


 共鳴は『似た物は同じ性質を持つ』……カンルイ、じゃなくて類感るいかん呪術の要素を持っている。


 そして、この世界の魔法には『属性変化』と同じように『形質変化』がある。

 この『形質変化』というのは魔力を込めれば、あらゆるものに変化させられる幅広さを兼ね備えた魔法だ。


 だから俺はカボチャの馬車を遊びで作ったし、ヒナに服を作ってあげたりもした。

 なんでそんな事をやったかって、シンデレラの真似事まねごとだ。


 小さい頃、母親から寝る前に聞いた魔法使い・魔女たちのおとぎ話。

 その再現を魔法でやったわけだ。


 だから俺は、この世界のおとぎ話は全てだと思っている。


 なら、ここで最初に話を戻そう。

 

 白雪先生の年齢不詳の美しさ。

 常にりんごを持ち歩くほどのりんご好き。

 そして、『共鳴』という形でどうしようもなくなった人を助ける。


 それは、まるでの再現だ。


 ……なんて、ちょっとこじつけが過ぎるだろうか。


「イツキくん。玉ねぎ焼けましたよ」

「あ、ありがとうございます……。先生は食べないんですか?」

「ちょっとお肉は重くて……。で、でも、大丈夫です。ちゃんと食べてますよ」


 そう言っては微笑む白雪先生。

 俺はさっきまでの無理な思考遊びがバレないように、そっと玉ねぎをお皿に載せてもらった。


 BBQが終わった後は、みんなで花火をした。

 高校生の祓魔師見習いたちは、自分たちでちょっと大きめの花火のセットを買ってきており、小さな打ち上げ花火を打ち上げて遊んでいた。


 俺とアヤちゃんはそれを見ながら、あんな派手な花火があるんだなぁ……という話をしつつ手持ち花火を楽しんだ。


 そんな夏らしい夏を味わうのは人生初で、俺はしっかり思い出になるように色んな光景を目に焼き付けた。

 

 けれど花火はすぐに終わって、夜のイベントもまた……すぐに、終わった。


 さっきまでの喧騒が嘘のように引いて、みんなも静かになって。

 父親の『片付けよう』の合図で、みんな揃って片付けた。


 そうして祓魔師見習いたちが風呂に入る間……別に俺も一緒に入って良いんだけど、ちょっと知り合いが誰もいないところに入る勇気はない。


 だからといって、炭と肉と花火の臭いがついた服のまま部屋に戻るのも嫌だなぁと思って合宿場の外にあるベンチに腰掛けていると、アヤちゃんがやってきた。


 この時間にどうしたんだろうと思って顔を見ると、目が蒼い。


「イツキ。隣、良いか」

「……氷雪公女」


 『良いか』と聞いてきたのに、何も言わない氷雪公女は俺の横に座った。そして、黙り込んだ。

 

 変な沈黙が俺と氷雪公女の間に降りる。

 俺が「どうしたの」と言おうとした瞬間に、ちょっと焦ったように氷雪公女が口を開いた。


「あのな、イツキ」

「うん」

「……これはその、もう少し早く言うべきだとは思ったんだが」

「うん」


 氷雪公女は何かを言いたげに……それでいて言葉にはできないと言った具合に、表情を動かして、最後に意を決したように、ぎゅっと唇を強く噛んだ。


「……ありがとう」

「……うん?」


 急に言われた感謝の言葉に、俺は困惑した。


「お前は私を信じてくれた。信じてアヤを救ってくれた」

「……共鳴していたから」

「だとしてもだ。イツキのおかげで、私もアヤも、助かった。本当に……ありがとう」


 そして、氷雪公女は頭を下げた。


 言葉は通じるとはいえ、氷雪公女はモンスター。

 そんな彼女に礼を言われ、さらには頭を下げられるなど……ちょっと前代未聞じゃないだろうか。


 唐突に感謝を伝えられて驚いたものの……俺が氷雪公女に返す言葉は決まっている。


「僕からも、ありがとうって言わせて。氷雪公女」

「……何故だ」

「だって、氷雪公女はアヤちゃんを守ってくれたでしょ? あの蟲から」

「……いや、私は。私は……何も、できなかった」


 ぽつりと小さく漏らした氷雪公女の声色は、とても震えていた。

 それは、まるでアヤちゃんの精神世界で傲慢に振る舞っていた氷雪公女とは別人みたいで……。


 いや、本当に別なのだろう。

 氷雪公女は精神を操られていたのだ。


 その状態を彼女の普通の姿だと思うのは……きっと、正しくない。


「氷雪公女がいなかったら、アヤちゃんの魔力は喰われてた。あの蟲に殺されてたかもしれないんだ」

「…………」

「だから、ありがとう。氷雪公女」


 俺は真正面から氷雪公女に感謝を伝えて、氷雪公女を見た。


 彼女はしばらく無言になって、でもじぃっと俺から目を離さないで……そして、涙を流した。


「うぇっ!? 大丈夫!?」


 女の子が泣くところなんて、ヒナを除けば初めて見る俺はパニック。


「ど、どうしたの!?」

「…………なんでも、ない」

「何にも無いのに泣かないよ……」


 俺がそう言うと、氷雪公女は静かに続けた。


「……この姿になって、誰かに感謝されることなんて、無いと……思ってたんだ」

「それは……」


 そうだろう。

 氷雪公女は、人ではないのだから。


「村のみんなを助けるために死のうとしたのに……人じゃなくされて、でも、人じゃないから……人を殺さないようにしていたのに、みんなが私を……恐れるんだ」

「……うん」

「ずっと、ずっと……1人だった。でも、誰かに……優しくして欲しくて、あやかしを狩った。そうすれば、きっと、誰かが私を見つけてくれると思って……」


 知っている。

 俺はその過去を誰よりも深く、見ているから。


「けど……誰も、私のことを迎え入れては……くれなかった」

「…………」


 モンスターがモンスターを祓う。

 それを見た祓魔師は、狩人のモンスターを人に優しいモンスターだと思うだろうか?


 十中八九、仲間割れをしていると思うだけだ。

 

 だから氷雪公女はたった1人で、報われない戦いをずっとずっと続けてきた。

 俺はその全てを見た。


「だから、アヤに……イツキに、『ありがとう』と言われて、私は生きていて良かったのだと、そう……思えたんだ」

「うん。そうだよ」


 俺はそれを知っている。

 知っているからこそ、氷雪公女に


「氷雪公女は……生きていて良いんだ。氷雪公女がいたから、僕たちはこうして今日を楽しむことができたんだ」


 俺は死なないために、色んな努力を積み重ねてきた。

 それを続けられたのは強い目標があったから、というのも1つ理由があるだろう。


 けど、違う。それだけじゃない。

 俺の周りには、俺の努力を認めてくれる色んな人がいた。


 そんな人たちのおかげで、俺はここまでやってこれた。


 じゃあ氷雪公女の努力は、彼女の献身には……一体誰が、報いるんだ。


「だから、僕はありがとうって言いたいんだ」

「……イツキ」

「氷雪公女がいてくれて、本当に良かった」


 俺の言葉に、氷雪公女は声をあげて泣いた。


 彼女には、泣く権利があった。泣いて欲しかった。

 泣いた後に彼女が再び笑えるのであれば、それがどれだけ幸せなことなのだろうと……柄にもなく、そんなことを考えた。




 ――第3章 『氷華』終わり――

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