第3-25話 追体験

 アヤちゃんそっくりな少女の中に俺が飲み込まれて、俺は少女になった。


 いや、その説明は正しくない。

 俺は少女の目線で、あの少女の過去を見た。


 それは『共鳴』で見る精神世界などではない。

 どこまで行っても変えようのない、冷たい過去。


 深く――アヤちゃんの中にいる氷雪公女の中の少女という、深い底だからこそより強く『共鳴』したのかも知れない。


 いや、仕組みなんてどうだって良い。

 ただ俺は少女に誘われるようにして、彼女の過去を見た。


 地図にも載ってないその村で、夏になっても冬が終わらなかった。

 都から来た若い法師が誰かが生贄いけにえになる必要があるのだと言った。

 それは魔力に溢れる子供が良かった。


 だから、アヤちゃんにそっくりなあの子が選ばれた。


 満足に食事が取れなくて、弟が栄養失調で死んで、それでも彼女たちは木の根を食べて生き長らえた。


 村にいる10人にも満たないような子供たち。

 その中で元気なのが彼女を含めてたった3人だけで、けれど残る2人は男の子だから生贄になんて出来なかった。


 村の未来を考えたら、そうせざるを得なかった。


 だから少女はそれを受け入れた。

 自分の犠牲で村が救われるならばと、彼女は進んで聖女になった。


 そうして若い祓魔師が冬を終わらせるために彼女を『冬のヌシ』の元へと案内した。


 それが、


 その祓魔師は長くを生きた。

 けれど命の終わりは近づいていて、死なない方法を探していた。


 少女はその実験の1つに選ばれた。


 “魔”に触れ続けた子供はやがて“魔”になる。

 それが『生成り』であり、若い祓魔師はそこに永遠を見出した。


 だから地図にも載ってないような、誰も知らない集落を自らが使役するモンスターで囲い冬のまま閉じ込め、少女の善性を利用して彼女をモンスターへととした。自らが調伏した『雪女』と接触させることで。


 そうして少女は、モンスターになった。

 モンスターとして魔力を喰わねば生きて行けぬ存在にされた挙げ句、その祓魔師は少女に“魔”を喰わせて魔力の増加を狙った。


 階位の高いモンスターは数百年も生きる。

 少女をそういう存在にしようとした。

 やがて、自分がその高みに至るために。


 だから少女はモンスターを食べた。

 その味も、共鳴している俺にはよく分かった。


 何日も放っておいた生魚のような、生臭さ。

 口の中でぷつぷつとウジを潰しているような、気持ち悪さ。


 けれど少女は食べたのだ。


 食べなければ、死んでしまうから。

 食べなければ、殺されてしまうから。


 だから食べて、食べて、食べ続けて、少女は少しづつ魔力を増やした。

 

 何年にも渡ってそれを繰り返している内に、少女の中に憎しみが溜まっていった。

 他の誰でもない自分をこのような姿にした祓魔師に対する憎しみが。


 聞けば、祓魔師は他にも同じような実験をしているのだという。

 同じように子供をさらい、モンスターにして、モンスターを喰わせる。


 そういう天道に背くようなことを平然と行える理由を尋ねた時に、その祓魔師はなんでもないかのように答えたのだ。


『術を扱えるこの身と、一介の小娘に過ぎぬほう生命いのちが、同格であるわけがあるまい』


 あぁ、なるほど。

 それはそうなのだろう。


 だから、少女は逃げ出した。

 逃げ出したのは、奇しくも同じ寒い冬の時だった。


 “魔”に堕ちた身で村に戻るわけにも行かず、だからと言って行くあてもなく。

 ただ少女は逃げ出した。逃げ出して、人に危害を加える“魔”を食べた。


 そんなことをしなくても、里の子どもをさらって食べた方が安全で効率が良いことも分かってた。けれど元が人の身で、人の子供を食べるなどということは、とてもじゃないができなかった。


 そうして逃げて、逃げて、逃げ続けて、逃げた先で祓魔師に見つかって術を撃たれて傷ついた。


 少女は叫んだ。


 自分は何もしていないと。

 祓魔師に捕まり、“魔”にされた。

 けれど人を殺さず、“魔”だけを食べたと。


 だが、祓魔師たちはにべもなく答えた。


『問答無用』


 あぁ、それこそが祓魔師の傲慢さなのだろう。

 人の生命を何とも思わず踏みにじり、法術が使える人間とそうでない人間を切り分け、話を聞かず自らの道理を押し通す。


 そして、少女は初めて人を殺した。


 けれど祓魔師殺しの噂は都に伝わり、再びあの青年がやってきた。

 やってきて捕縛され生きた蟲を喰わされて、


『我が落とし子の中で、其の方だけが生き残った。故に蟲を託す。先の世界で、蝶と咲け』


 そして、少女は封印された。

 

 長く暗い石の中で、青年を憎み祓魔師を憎んだ。

 呪いは少女に貯まり、魔力になり、やがて何も喰わずとも階位を押し上げた。


 祓魔師を殺す。


 それだけを胸に、数百年を耐え抜いた。

 精神は歪み、捻れ、それでもただ祓魔師だけを憎んだ。


 だから、封印から解かれたら1人残らず祓魔師を殺そうと思っていたのに、


「……良かった。これで、封印が解けた」


 自分の封印を解いた、たった1人の少女の優しさに包まれた。


『何故、我の封印を……』

「……だって、おかしいよ。あなた、悪いことなんにもしてない」


 たった1人。

 まだ6歳なのに夜中に起き出し神社に封印されていた自分を解放した、ただ1人の少女に積年の恨みは飲み込まれて消えた。


「バレたら、パパに怒られちゃうから……こっそり、逃げるんだよ」

『……名前を聞かせてくれ』

「私は、アヤだよ。霜月アヤ」


 だから彼女だけは、守ろうと思った。

 堕ちた“魔”の力でも、何でも良い。


 彼女が祓魔師としてこれから生きていく先、他の“魔”に命を脅かされるのであれば自分が守ろうと決意した。その子だけを守ろうということを決意した。


 けれど、あの若い祓魔師は死してなお、その身体に1つの禍根かこんを残したのだ。


 最後に飲ませた黒い蟲。


 それは不死の象徴シンボリック


 西洋では印術シンボリック、日本では『刻術』と呼ばれる人の精神を操る魔法。

 モンスターには効かないが、元が人であるなら話は別だ。


 それがアヤちゃんの中に巣食い魔力を吸って肥大化し、心の中に“魔”をばらまいた。

 そして少女……否、『氷雪公女』の心の向きを操ってアヤちゃんを救いに来るであろう祓魔師を殺すように手向けた。


 そんな記憶を、俺は見た。


「……ッ!」


 俺がまばたきした瞬間、肺の底いっぱいに冷たい空気が入ってくる。

 目の前には、さっきまで『共鳴』していた少女がいる。


 空は曇天。時間は夜。

 少女の周りにだけ降っている雪は、吹雪ふぶきとなって荒れている。


 気がつけば俺は、さっきまでの冬の村に戻っていた。


「……そういう、ことだったのか」


 少女の底の底。

 その全てを追体験した俺は、氷雪公女が何を見せたかったのかを理解した。


「『氷雪公女』は、ずっとこの時を……」


 アヤちゃんの精神世界にいる氷雪公女は、蟲によって精神の向きを操作されている。


 けれどアヤちゃんを守るために魔力を『凍結』し“蟲”への魔力を絶った。

 祓魔師への恨みを肥大化させられても、アヤちゃんを守るというその一心は保ち続けた。


 そして、ずっと待っていたのだ。

 心の奥で誰かがアヤちゃんを助けに来る、その時を。


「イツキ。アヤを……!」


 少女の姿が真白に染まっていく。

 瞳が黒から蒼へと変わっていく。


 それでも『氷雪公女』は俺に託した。


 お前が、守れと。


「……うん、後は任せて」


 全てを理解して、俺は


 そして、そこにいる若い祓魔師を見た。

 少女をモンスターにした張本人を見た。


 俺の『天穿アマウガチ』を回避したのだろう。

 その衣装は雪にまみれ、俺を睨んでいる。


 けれど、その姿は変わっていない。

 少女を氷雪公女にした祓魔師の姿は、記憶のままでそこにいる。


 だから俺は氷雪公女に伝わるように、大きな声で言った。


「僕が祓うから」

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