第3-24話 氷雪公女③

「……奇怪なことを言う。相手は長い間、山に巣食っていたあやかし。我らがどうにかできるものでもあるまい」


 目の前にいる青年にそう言われて、俺は自分のことをどう説明しようか迷ったが……冷静に考えてみると小学1年生の容姿をしている俺が『冬のぬし』を祓うと言って、それを「分かった」と見送る祓魔師なんているはずがない。


 俺の魔力が『第七階位』だとしても、見た目で弾かれるに決まってて……。


 うん? あぁ、そうか。

 見た目で説得力を出せないなら、魔力量で説得すれば良いのか。


わらべが多少、術に通じていても此度こたびは相手が悪かろう。その命を散らす前に引くが良い」

「ううん。大丈夫」


 青年の祓魔師の忠告を、俺はその一言で抑える。


「……僕に、任せてほしいんです」


 そういって、俺は丹田――魔力溜まりに貯めている魔力を、ほんの少しだけ放出した。


 その瞬間、溢れ出した俺の魔力は地面の雪をぶわっ! と、球状に撒き散らして、びりびりと空気を震わせる。

 魔力に弾かれた空気が風になって、さっき俺が通り抜けてきた森の木々を轟々とうならせる。


 松明たいまつの炎が風によって小さくなるが、完全には消えず激しく揺らめくと炎の大きさを取り戻した。


 それに村人たちは何も言わない。

 アヤちゃんにそっくりな女の子も、何も言わない。

 

 ただ、呆然と俺と青年の祓魔師を見るだけだ。

 

 一方の青年祓魔師と言えば、陰陽師っぽい服装の大きな袖を使って雪が顔にかからないようにしていたが、すぐに袖をろして唸った。


「…………なる、ほど」


 小さく、本当に小さく、青年祓魔師が唸る。


「これは礼を失していたようだ。わらべであれば、確かに『冬のぬし』を祓える……だろう」

「うん。だから、生贄いけにえなんてする必要はないです」


 それにもし『冬のヌシ』……氷雪公女が空腹でブチギレて、村をずっと冬のまま閉じているのであれば、今の魔力でおびき出されるはずだ。


 果たして、俺の言葉に青年祓魔師は首を縦に振った。


「そうだな、もしわらべが本当に『冬のぬし』を祓えるのであれば……確かに、この娘を花嫁にする必要もなかろう。だが、それはわらべが祓えたときの話だ。もし、祓えずにわらべが死んだのであれば……にえにしなければならぬ」

「うん。分かってる」


 だから、俺は氷雪公女を祓わなければならない。

 とはいっても……正直、氷雪公女を祓えるビジョンは見えている。


 あの時はアヤちゃんの中にいたから『朧月おぼろづき』が使えなかったが、ここは氷雪公女の中。大技を使っても大丈夫だろう。


 うん? いや、どうなんだ。

 今はアヤちゃんの中にいる氷雪公女の中に入っているわけだ。


 もしここで氷雪公女の言葉を信じたとして、だ。

 大技を精神世界の中で使うことで、精神世界の主の心が壊れるというのであれば俺が『朧月おぼろづき』を使うことで心が壊れるのは、氷雪公女だけなのか。それともアヤちゃんも含まれるのか。


 ……ちょっと、怪しくなってきたな?


 とはいえ、さっきまでの『氷雪公女』の戦いを踏まえてみれば、『複合属性変化』を使わない魔法……つまり、単純な魔力の『属性変化』や『形質変化』くらいなら大丈夫っぽいので、それで戦おう。


「あ、あの、法師さま」


 俺が自分の中で方針を定め終えると同時に、アヤちゃんそっくりの女の子に話しかけられた。その子と、俺の胸の間には白く煌めく糸がある。


「どうしたの?」

「本当に、私……花嫁にならなくて良いの?」

「うん。大丈夫だよ。僕が祓うから」

「そ、そうなんだ」


 女の子は安心したような、それでもどこかまだ不安要素があるような表情を浮かべて頷いた。


「法師さま。名前、教えてください」

「僕? 僕の名前は、イツキだよ」

「あのね、法師さま。私……」


 少女がそこまで言った瞬間、森の


 その長さはおよそ数メートル。

 まっすぐ伸びた針葉樹っぽいが、俺は木の種類に詳しくないので何の木までかは分からない。


 ただ、根っこから引き抜かれた木が槍投げの槍みたいに俺たちに向かって飛んできた。


「……下がれ!」


 最初にそう叫んだのは青年祓魔師。

 だが彼が胸元に手を入れ、何かの道具を取り出すより先に俺の『導糸シルベイト』が木をまるごと一本、絡め取って攻撃を防ぐ。


『生意気なクソガキが来やがったなァ、おい』


 腹の底にとどろくような、低い男の声。


 ……男の声?


 俺が違和感を覚えるのと、森から3mはありそうな巨大な猿が出てくるのは同時だった。

 

 巨大な猿、と言ってもその姿はもちろん普通ではない。

 まず体毛が白い。ゴリラのオスの中には全身が銀色になるという話を前にどこかで見たことがあるが、あんなものとは比にならない。


 とにかく雪のように真っ白なのだ。

 そして猿のくせに、人間のようにして二足歩行で歩いてくる。


 問題はその顔だ。


 猿の顔だけ人間なのだ。

 そして、瞳はトンボみたいな複眼。


 純粋に気持ちが悪い。


「で、出たぁ!」

「逃げろ! 喰われちまう!!」


 そのモンスターが現れた瞬間、一列になっていた村人たちが松明も何もかも投げ出して一斉に逃げ出した。


 え、何々?

 みんなモンスターが見えてるの??

 

 俺がそれに驚いている間にも大人たちは脇芽わきめも振らずに逃げ出して……後には俺と青年祓魔師、そしてアヤちゃんにそっくりな女の子だけが残された。


 一方でそれを何もせずに見送ったモンスターは俺の隣に立っている青年祓魔師を見下ろしながら笑った。


『おい、法師ィ! 子供を喰わせるって契約だっただろう! はやく連れてこいよ!!』

「……出たな、『冬のヌシ』」


 問いかけられた側の青年祓魔師は、憎々しげにそう吐き捨てる。


 ……え? うん??

 え、この大きな猿が『冬の主』?

 氷雪公女じゃなくて???


 頭の中が『?』マークで染まっていく中、巨大な猿のモンスターは近くにあった木を掴みんで引き抜くと、俺たちに向かって構えた。


『今更無かったことにしようってんじゃねぇだろうなぁ!』


 そして再び木を投げてきた。


 俺はそれを『導糸シルベイト』で絡め取ると、ハンマー投げみたいにぶん回して投げ返す。


 その動きが予想外だったのか、猿のモンスターは俺が投げ返した木を避けれずに、腹にヒット。そして、その衝撃でひっくり返った。


 ……あ、あれ?


 あまりに拍子抜けなので俺は首を傾げながらも炎の槍を生み出して、撃った。


「『焔蜂ホムラバチ』」


 音速で飛んでいく炎の槍はひっくり返ったままの巨体に直撃して、爆発。

 雪が衝撃波に巻き込まれるようにして飛んでいくのを見届けると、モンスターがその雪に混じって黒い霧になっていくのが見えた。


「……えぇ?」


 あまりに拍子抜け過ぎて俺はそう声を漏らした。

 

 今の、『冬のヌシ』だったんでしょ?

 『乙種』だかなんだか知らないけど、普通に祓えないからってアヤちゃんそっくりの女の子を生贄にしようとしてたんでしょ??


 今の感じからして、多分『第二階位』くらいのモンスターだったぞ?


 なんでこの程度の相手に生贄を出そうとしてたんだ……と、俺が青年祓魔師の方を振り向こうとして、振り向けなかった。


 


「ふむ。奇妙な術を使うかと思えば、こんな単純な『縛り』は通ずるのか。わらべ、一体貴様……何者だ?」

「……っ!」


 俺の背後から、声が聞こえる。

 青年祓魔師の、淡々とした声が。


「先ほどわらべが祓ったあやかしだがな。『雪入道』という名前だ。あぁ、心配するな。私が名付けたから大したあやかしではない。凡百のうちの1つだ」


 何が起きているのか分からないが、俺の後ろにいる青年祓魔師が何者なのかは分かった。


 こいつは……敵だ。


「とはいえ、才なきものにも姿が見えるので、使いどころとしては便利だったのだが……まぁ良い。わらべの注意を引くくらいは役に立ってくれた」

「…………」


 俺は青年祓魔師に向かって喋りかけようとしたが、口が動かない。

 まるで縫い付けられてしまったかのように頑として動かない。


 だが、魔力は動かせる。

 『導糸シルベイト』は、練れるぞ。


 だから俺は背後に向かって『天穿アマウガチ』を放つと横に薙いだ。

 ごう、と高圧で射出された水のカッターが青年祓魔師を巻き込んだ……と、思う。


 確信はない。

 だが、身体が動く。


 俺がそのまま後ろを振り向こうとした瞬間、アヤちゃんにそっくりな少女が叫んだ。


「イツキ、よくやったッ!」


 少女は少女のまま、白装束で俺に向かって地面を蹴ると飛び出した。


 その少女のさっきと違うところが1つ。


 


「アヤを救ってくれッ!」


 その声と共に少女が俺のひたいに向かって手を伸ばし……そして触れた瞬間、俺の意識は少女の中に吸い込まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る