第3-23話 氷雪公女②

 目を開くと、俺は雪の積もった夜の森に1人で立っていた。

 アヤちゃんの中から追い出されたわけでも無さそうだが、かといってさっきまでの住宅街とは全然違う場所。


 空を見上げれば曇天。

 月の光も星の光も無かった。


 ……氷雪公女の中に入った?


 俺がそう思った瞬間、風が吹いた。


さむっ!」


 言ってから思った。

 雪が積もっているんだから、寒いに決まっている。


 俺は慌てて全身を『導糸シルベイト』で覆うと、『属性変化:火』によって身体を温める。それと同時に両目に『導糸シルベイト』を伸ばして暗視魔法を発動。


 森の中が急に明るくなった。


「……どうしよ」


 ちらっと胸に目をやると、そこからは糸が伸びていた。

 この先に共鳴した人物がいる。


 だとすると、氷雪公女がいるのか。


「……うーん?」


 俺は少し考える。


 これまで俺が共鳴した人物はアヤちゃんとヒナの2人だけ。

 つまりはどっちも人間で、モンスターの中に入った経験なんてないのだ。


 だから、この景色がモンスターの中なのだとすれば……どうすれば良いんだろう?

 もしかして精神世界の中にいる氷雪公女を祓えば良いんだろうか。


「……とりあえず、行ってみよう」


 俺はそう結論づけて雪を踏みしめた。

 

 とにかく状況の理解からだ。

 もし向かった先に氷雪公女がいたのなら、そこで祓えば良い。

 森の中で考え続けていたって仕方がないのだ。


 だから俺が糸に導かれるようにして森を歩いて抜けた瞬間、見覚えのある景色が俺を出迎えてくれた。


 まるでスプーンでくり抜いたかのような盆地。

 その中心に集まっている小さな集落。


「……ここって」


 オリエンテーリングの時、アヤちゃんと共鳴したと思ったらいつの間にか立っていた場所だ。


 あの時に共鳴していたのは、アヤちゃんそっくりの女の子だった。

 家事をしながら家族の面倒を見ていたあの子のことである。


 ……うん?

 じゃあ、あの子の中にも氷雪公女がいたのか?


 似たようなものは似たような性質を持つ。

 それが『共鳴』の大前提だ。


 アヤちゃんにそっくりなあの子に取り憑いていたから、氷雪公女はアヤちゃんの中に入ったのかも知れない。だったら、これは氷雪公女の記憶の中ってことになるのかな。


 そんなことを思いながら雪を踏みしめ、集落に降りようとしたら中心の家から光がこぼれた。


 急に光るものだから何が起きたんだと思って目をやれば、複数の老人たちが松明たいまつを持って家から出てきているのが見える。


 そして彼らは列になると、1つの家から続々と出てくるじゃないか。

 まるで教科書で見た大名行列みたいに列になるものだから、思わず俺は足を止めてそれを見ていると、列の中央に白い服を羽織った少女がいるのに気がついた。


 あの服どこかで見たことあるなと思えば神社で結婚式をあげる時に花嫁が着ている服に似ている。昔、ソシャゲでそういう服を来たキャラを無課金石で当てたのだ。忘れるはずもない。


 だが、花嫁というには……あまりに少女が幼いように思う。

 フードに隠れて顔が見えないが、身長的には俺とそう変わらない。


 しかも、俺の胸の糸は真っ白い花嫁衣装を着た少女に向かって伸びている。

 ここまで、状況がそろえば糸の先に誰がいるのかなんて……分かりきったことだ。


 俺が止まっていた足を進めると、何人かの老人たちが俺に気がついて顔をあげた。


 それを無視して、俺は白装束を着ている少女の元に向かう。

 そして、少女まで後数歩というところで確信した。


 ぶかぶかの花嫁衣装を着せられた少女は、やはりアヤちゃんにそっくりな少女だった。


「ほ、法師さま。どうして、こんなところに!?」


 突然、真横から声をかけられたので視線を向けると、そこには前回この村に来た時に俺を拝んでいた老人がいた。


 俺はその問いには答えること無く、逆に聞いた。


「これは……何ですか?」

「な、何って。今から、冬を終わらせにいくんでさァ……」

「冬を……?」

「へ、へぇ」


 意味が分からず俺が問い返すと、老人はほうけたように頷いた。


 しかし、それは答えになっていないように思って俺は再び尋ねる。


「冬を終わらせるって、冬は終わるでしょ?」

「な、何を言ってるんです、法師さま。見りゃあ分かるでしょう! 今は長月でしょうが!!」


 焦るような、困惑したような、声色の老人にそう言われて俺は考え込む。


 長月……。

 長月っていつだっけ……?


 とはいえ、自分の名前に如月2月が使われているように祓魔師の『十の家』は旧暦に結びついている。それで昔、父親に覚えさせられたのだ。


 だから、少し考えてすぐに何月か分かった。


 長月は、9月だ。

 あれ、でも旧暦って1ヶ月ずれてるんだっけか……?


 じゃあ、何月なのだろうか……まで、考えてすぐに頭を振った。

 そこはきっと本題じゃない。


 本題なのは、9月になっても冬が終わっていないということだ。


「ずぅっとでさぁ。ずぅっと雪に閉ざされて、冬が終わらねぇんです。もう食うもんもなくなっちまった。早く冬を終わらせねぇと、みんな死んじまう」

「……それで、これは?」

「何って、冬の主に花嫁を届けるんですわ。そういって、都からきた法師様がおっしゃったんでさぁ。そうでしょう、法師様」


 老人がそう声をかけたのは、列の最後尾にいた1人の男。


 かなり若い男に見える。

 20代前半あたりだろうか……?


 陰陽師みたいな狩衣かりぎぬを着ている。


 その男が神妙な顔をして、頷いた。


「あぁ、其の方の言う通りである。冬が終わらぬのは、山にいる『冬のぬし』が怒っておるからである。怒りを収めるためには、花嫁を差し出すのが一番である」

「……『冬のぬし』。氷雪公女……?」

「ひょう……? いや、分からぬな。とかく、相手は『乙種』のあやかし。人ができることなど、そうあるまい」


 そういって、目の前にいる祓魔師はそっと目を伏せた。


「花嫁ってことは、この子をこれからモンスター……“魔”に差し出すってこと?」

「うむ。怒りとは、あやかしの空腹により生じる。ならば、命の力に溢れる子供を差し出せば、この怒りも収まろう」


 ……つまり、モンスターの魔力切れを収めるために魔力に溢れる子供を差し出すってことか?


 確かに言ってることの道理は通っているが、それはつまり生贄いけにえってことじゃないのか。


「……祓えば良いのに」

わらべ。聞いておらんかったか。相手は『乙種』。紅法師ベニホウシ様ならまだしも、我らのような才無きものが、祓える相手ではなかろう」

「…………」


 俺は今まで黙っていた女の子を見た。

 彼女も俺のことを見ていたみたいで、思わず目が合う。


 そして、俺は少女の前に出て聞いた。


「つまり、この子は……死ぬってことですか?」

「そうだ」


 ……なるほど。状況が見えてきた。


 つまり、この状況で俺が取るべき行動は、その『冬の主』……氷雪公女を、俺が祓うことなんじゃないか?


 精神世界の中にいるモンスターを祓い、人を助ける。

 だから、俺は夜闇を振り払うように前にでて、言った。


「その『冬の主』……僕が、祓います」

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