第3-22話 氷雪公女①

『第六階位が1人。氷雪公女の前であるぞッ!!』


 氷雪公女の威嚇いかくするような名乗り上げ。

 それと同時に、さっきまでの夏のむっとした空気は完全に消え去って冬の凍えるような風が吹き荒れた。


 俺は『導糸シルベイト』を繭みたいに広げて、冬風から自分たちを守る。


「か、勝手に入っているのは、あなたでしょう! 氷雪公女!」


 隣にいた先生が信号の上に立つ氷雪公女にそう言うが、返ってきたのは言葉ではなく巨大な氷塊。


 空に浮かぶ月を覆い隠すくらいに大きな氷が空から降ってきた。


「……ッ!」


 白雪先生が息を呑む。


 氷雪公女の魔法は純粋な魔力の『形質変化』。

 やっていることは俺の『隕星ながれぼし』とほとんど一緒だ。


 だから当然、対処法を持っている。

 とはいえ、使い所もなくこんな場所じゃないと使えないような守り方だが。


 俺は地面に『導糸シルベイト』を打ち込むと空へと伸ばして『属性変化:木』。

 『氷雪公女』が莫大な魔力を使って氷の塊を生み出したのであれば、こっちも魔力に物を言わせるだけだ。


「『庇樹ヒサシギ』」


 瞬間、30mはある大樹がどんと東京の住宅街にそびえ立った。

 俺も魔力に物を言わせた『属性変化』。生み出した巨大な木は空を覆い隠し、氷塊を受け止める。


 俺が自分の『隕石ながれぼし』を受け止めるために考えた魔法だが、木を生やす魔法なので現実の住宅街では使えないからと没にした魔法である。


 でもまぁ、何がどこで役に立つのか分からないのがこの世界。

 しっかり使い所がやってきたと言うわけだ。


 しかし、この氷塊の大きさを見ると……氷雪公女が第六階位というのは、本当なんじゃないかと思ってしまう。

 

『今ので死んでおれば楽だったろうに』


 一方の氷雪公女は氷塊を俺が氷塊を受け止めたことに何も思っていなそうにそう呟くと、ふぅ、と息を吐き出した。


 目に見えるほど真っ白い吐息が吐き出された瞬間、パキ、と音を立てた。


「……ッ!」


 白雪先生と一緒に俺は『氷雪公女』の吐息を回避。

 次の瞬間、俺たちが立っていた場所を真白い空気が通り抜けてアスファルトが凍結し、結晶化した。


 凄いな、どんだけ冷たいんだ。


 とはいえ、感心している場合でもない。

 俺のモットーは『やられる前にやれ』。


 既に先手を打たれてしまったが、何もせずに見ているだけなわけがないのだ。


「『焔蜂ホムラバチ』」


 ごう、と燃え盛る炎の槍を『氷雪公女』に向かって放った。

 しかし、この程度の魔法『氷雪公女』が本当に第六階位だったら通用しないだろう。

『雷公童子』がよく分からない理屈で防いだように、『氷雪公女』も防ぐに決まっている。


 そんなことは分かっている。


『つまらぬ法術を使うの』


 そう言いながら『氷雪公女』が手をかざした瞬間、俺の『焔蜂ホムラバチ』はみるみる内に小さくなった。


『氷の法術を相手にほむらを使うなど、祓魔師の質も落ちたものよ』

「ううん。それで良いんだよ」


 手持ちの魔法の中で、威力が高く、何よりする魔法なら『焔蜂ホムラバチ』だと思う。


 だから、ここで使うのが最適だ。


「だってほら、もう次の魔法は使ってるんだから」


 再び月の光がさえぎられる。

 だが、それは『氷雪公女』の魔法によるものじゃない。


 俺の魔法だ。


「――『隕星ながれぼし』」


 さっきの煽り運転をしていたモンスターが使っていた方法だ。

 何かに注意を向けさせて、その隙に次の一手を打っておく。


 手品でも使われるミスディレクションと呼ばれるテクニック。


 自分でやってみたからこそ、分かる。

 父親が口を酸っぱくして『視野を広く持て』と言っていた意味が。


 果たして、氷雪公女は『焔蜂ホムラバチ』の間に俺が放った『隕星ながれぼし』に気がついていなかったらしい。


 空を覆う巨大な隕石を見て、その蒼い目を見開くと信号を蹴って『隕星ながれぼし』から逃げた。


「逃げても意味ないよ」


 真眼を持っていない氷雪公女は知らないのだ。

 俺の『隕星ながれぼし』からは逃げられないことに。


 氷雪公女は少女の見た目からは考えられないほどの走力を見せて逃げるが、『隕星ながれぼし』は落ちる方向を変えると氷雪公女を追尾する。『隕星ながれぼし』は『導糸シルベイト』に沿って落ちるからだ。


「僕の魔法は、追いかけるからね」

『蛇のようなその執念。祓魔師どもの小心ぶりは未だに底が見えぬ』


 『隕星ながれぼし』が自分に追尾していることに気がついた氷雪公女は足を止めて、二車線の道路の上で立ち止まった。


『避けれぬのであれば、壊せばよかろうて』

「それもさせないよ」


 そう言った俺が生み出した『導糸シルベイト』は五本。

 それで良い。それだけで良い。


「もうカウントダウンは始まっているんだ」


 俺が放った5本の『導糸シルベイト』は、その2本で氷雪公女の右手と右足に絡みつく。だが、俺が何かをしかけていることに気がついた氷雪公女は身をよじったので、3本が外れた。


 残り、3。


 だが、次は既に用意している。

 俺の『導糸シルベイト』が氷雪公女に飛んでいく。


 飛んでいく途中に、氷雪公女が口を開いた。


『知っているか、祓魔師。人の心の中でそのような強力な法術を使えばどうなるのか』


 残り3本の『導糸シルベイト』が氷雪公女を捕まえる。


『――法術に耐えきれず、人の心が壊れるのだ』


 思わず俺は手を止めた。

 止めざるを、得なかった。


 その瞬間、『隕星ながれぼし』が氷雪公女に激突。


 凄まじい轟音と衝撃波が吹き荒れて、粉塵が舞い上がった。

 だが、『導糸シルベイト』に手応えは残っている。


 それも分かっていた。

 『隕星ながれぼし』で第六階位は祓えないというのは、前に身を持って知っていたから。


 だから5本の『導糸シルベイト』を使って『複合属性変化』をしようと思ったのだ。

 『複合属性:夜』による『朧月おぼろづき』なら祓える。


 だから、使おうと思ったのに……動けない。

 氷雪公女の言葉が真実なのであれば全てを飲み込む『朧月おぼろづき』をアヤちゃんの心の中で使うわけには行かないからだ。


「……っ!」


 俺は反射的に白雪先生を見ると、先生も『初めて聞いた』という顔をしていたが……思い返せば、白雪先生は『第二階位』。言ってしまえばあれだが、強力な魔法は使えない。使えないし、そもそもそんなことを祓魔師たちが知っているはずないのだ。


 強力な魔法を使える祓魔師たちは『共鳴』の技術なんて学ばないから……!


 次の瞬間、氷の砕ける音が響くと『隕星ながれぼし』から身を守るように水晶のような氷を壁にした氷雪公女が砕け散った『隕星ながれぼし』を踏みしめて笑った。


『その顔、さては知らなかったか。無知であるのか、興味がないのか。我の知ったことではないが』


 氷雪公女の手が向けられる。


『祓魔師の思い上がりがはなはだしいのは確かとみた』


 刹那、まるで衝撃波でも食らったかのように俺の意識が後方に吹き飛ばされていく感覚。


 まずい……!

 波長をずらされた!


 まだアヤちゃんを見つけれてないこの状況で、再びの共鳴はできない。

 できないのであれば、外に追い出されるしか無い。


 俺は地面に『導糸シルベイト』を打ち込んで、わずかな時間稼ぎ。

 だが、そんなものは焼け石に水だ。


 別の一手を打たなければいけない。

 だが、どうすれば……!


 遠のく意識の中、俺は自分の手に伝わってくる『導糸シルベイト』の感触に気がついた。


「……ッ!」


 気がついた。

 まだ、方法は残っている。


 だが、もちろんそれは賭けだと自分でも思う。

 けれど時間がないのだ。


 これ以上、アヤちゃんの中にいる氷雪公女を放置できない。


 だから俺は一か八かに賭けて、

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