第3-21話 心の中

 俺と一緒にアヤちゃんの中に入った白雪先生も目の前に広がる住宅街に困惑を隠せていなかった。


 田舎に転移すると思ってたんだけどなぁ……。


 さらに言えば周囲の建物に見覚えのあるものは何もない。

 というか夜の住宅街なのに、街灯はおろかどの建物にも灯りがついていないのが怖い。

 

 精神世界の中なので何だってありだとは思うのだが、それにしてももう少し明るくても良いんじゃないだろうか。


 なんてことを考えていると、うっすらと俺の胸の辺りから糸が伸びているのが見えた。

 俺と先生は言葉を交わすこともなく、お互いに同じタイミングで糸の端を目指して歩きだす。


 その歩みは、次第に小走りになると、2人して灯りの消えた横断歩道を駆け抜けた。


「イツキくん。ストップ!」


 白雪先生がそう言った瞬間、突如として目の前の交差点にドリフトをしながら2台のモンスターが姿を現した。


『左車線は、こ、こ、怖ィからァ! 追い越し車線を走りまァす!』

『とろとろ走りやがってェ……。ぶっ殺すぞォ……』


 ドリフトしながら、というのは正に言葉通りでモンスターは馬車のような乗り物に載っており、ガリガリとアスファルトを削っている。


 だが、馬車を引っ張っているのは馬ではなく、2mはある人の頭に手足を雑に生やした……まるで、小学生が考え出したような不気味なモンスター。


 一方で顔だけのモンスターに鞭打って、馬車を操っているのは人型の骨。スケルトンだ。


『こ、言葉が強くて骨身に染みまァす!』

『適当なこと言ってんじゃねぇ……。ぶっ殺すぞ……』


 その馬車もどきのモンスターたちは、およそ時速80kmくらいは出しながら歩道にいる俺たちに向かってツッコんでくる。


「……ッ!」


 俺は反射的に先生を掴むと、『導糸シルベイト』を近くの建物に向かって伸ばす。

 そして、コンクリの壁に刺さったのを確認すると同時に『身体強化』を使って糸を強引に引っ張った。


 ぐん、と身体に急加速がかかって俺と先生が宙に浮かぶ。


 次の瞬間、俺たちが立っていた場所を2台の暴走車が駆け抜けた。

 

 ドゴッ!!!

 という嫌な音を立てて、ガードレールを突き破ってマンションの1階にあるコンビニに激突。


 俺は片手で『導糸シルベイト』を操りながら地面に身体を降ろす。


「あ、ありがとうございます。イツキくん」

「ううん。気にしないでください」


 隣に立っている先生に振り向くことなく俺はそう応える。

 そして『導糸シルベイト』をんで臨戦態勢。


『アクセルとブレーキを間違えただけなんですゥ。いやァ、申し訳無いィ……』


 そう言いながらコンビニの中からのそのそと出てきたのは、さっきのスケルトン……なのだろうか? 


 さっきと違って、普通の人間みたいな姿をしている。

 しかも顔はさっき馬車を引いていた人間の頭と全く同じだ。

 流石に頭の大きさは現実的なものになっているが。


 だが、そんなのどうだって良い。


焔蜂ホムラバチ


 俺の魔法が、音速でモンスターを貫いた。


 運転手……と、言って良いのか分からないが、とにかく馬車を動かしていたモンスターはそれで黒い霧になって消えていく。だが、まだだ。まだ、もう1体いる。


 俺が『導糸シルベイト』を構えたままコンビニを見ていると、爆炎を突き破って商品を陳列している棚が飛んできた!


「うわッ!」


 慌てて『導糸シルベイト』をネットのように広げ、ラックを受け止める。

 その瞬間、上からモンスターが降ってきた。


『トロトロしてんじゃねぇぞッ!』


 まるで瞬間移動したみたいな動きだが、なんてことはない。

 さっき視界の端でモンスターがジャンプしているのを俺は見ていたからだ。要は商品棚に注意を向けさせて、その隙に移動していただけである。


 だから、モンスターなんて見るまでもない。

 既に空中に設置していた『導糸シルベイト』にモンスターが絡まったのを感じた瞬間、モンスターの頭を吹き飛ばした。


 そして、それが黒い霧になるのはちゃんと確認して俺は白雪先生に向き直った。


「先生。アヤちゃんを探しましょう」

「……は、はい」


 先生は何かを言いたげだったが、呑み込んで頷いた。

 気を取り直して2人でアヤちゃんの元に向かおうとした瞬間、ヘドロのような臭いが鼻を貫く。


 その臭いのした方向を見れば、そこには言葉にしがたい化け物がいた。


 まず、足が四本ある。


 四本あるから犬みたいなのだが、犬じゃない。

 何が違うのかと言うと、足が


 そして、顔も無い。

 顔の部分は手で出来ている。それもまるで、影絵で犬をしているかのような手だけ。


 とにかく頭も、足も、全部腕で出来ている。

 そういう、モンスター。


 それが俺たちを見ながら一言、喋った。


『人、探してます』

「……はい?」

『人、探してます』


 やけに流暢りゅうちょうに言葉を話す犬……なのかは分からないが、モンスターはそう言った。


『人、探してます。歳は8歳です。服は、普通です。知りませんか』


 どう答えるべきなのか、そもそも問答をするべきなのか。

 俺は何も分からず様子を伺っていると、さらに犬は続けた。


『女の子、です。犬が、好きです。首から上、無いです。知りませんか』

「……し、知りません」


 黙っている俺と違って、白雪先生がそう言う。

 そう言った瞬間、犬の頭を形作っている両手が開いた。


『その子。こんな顔してたと、思います』


 そう言って花みたいに開いた手の間から覗いているのは、白雪先生の顔。


「……ひっ」


 その悲鳴が漏れた瞬間、俺はモンスターを祓うべきだと判断。

 俺の『導糸シルベイト』が、モンスターの頭である手を雁字搦がんじがらめにして、無理矢理に手を閉じさせた。


 そして、そのまま縛り上げてると犬は全身をぶんぶん動かして抵抗する。


『人、探してます。人、探してます』

「……探す気ないでしょ」

『言いたいだけ、です』


 俺はあきれたように返して、そのまま犬の頭をバラバラに斬り裂いた。

 夜の闇の中に黒い霧となって消えていくモンスターの最期をしっかり確認してから、俺は先生に視線を戻す。


「何でこんなにモンスターがいるんですか……?」

「……分かりません」


 俺の問いかけに先生は深く息を吐いて、続けた。


「人への妬みや恨みなどが、本人の精神世界の中で“魔”になることはありますが……ここまで多いと、正直何かが生み出していると思っても……」

『懲りんのォ、祓魔師』


 その瞬間、割り込んできた第三者の声。

 思わず俺と白雪先生が同時に声の聞こえた方向を見る。


 そして、視線を釘付けにされた。


 そこにいたのは、純白の少女だった。

 白い髪の毛に、青い瞳。


 日本人離れした少女が、白い和装を着て信号機の上に立っている。

 その姿は恐ろしいまでにはかなげで、まるで太陽の光に触れたら消えてしまいそうなくらいに美しい。


 だが、目立つのはその容姿だけではない。


 彼女の周りだけ、なぜかその周りだけに雪が降っているのだ。

 まるで、そこだけ別世界のように。


『仏の顔も3度までとはよく言ったが……しかし、我はそこまで寛大かんだいではない。乙女の心に土足で踏み入り詮索せんさくしィ! あまつさえ、詫びること無く傲慢さを振り回すッ!』


 パキ、と周囲の体感温度がぐっと下がった。


 そして、少女の雪は吹雪になる。

 世界が白く染め上げられる。


『はよう去らんかァ、祓魔師どもッ! 我を何だと心得る』


 バン、と足元の信号機を踏みにじって、少女が吠える。


『第六階位が1人。「氷雪公女」の前であるぞッ!!』

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