第3-20話 共鳴

 翌朝。

 眠れたのか眠れなかったのかよく分からなくなるような、じれったい夜を過ごした次の朝。


 俺は朝の6時に外へ出ていく父親を見送ってから二度寝した。起きたら8時だった。

 朝ごはんを食べようと思って食堂に行くと、既にアヤちゃんと白雪先生の2人が並んでご飯を食べていた。


「あ、おはようございます。イツキくん」

「おはよ、イツキくん!」


 俺に気がついた2人が挨拶をしてくれたので、俺も「おはよう」と返す。 

 トレーを手にとって、『導糸シルベイト』でご飯を載せていると白雪先生が立ち上がって俺のところにやってきた。


「い、イツキくん。今日は『共鳴』の授業をします」

「……あれ? 『思い出』作りはしなくても良いんですか」

「昨日のイツキくんの話を聞いて、思ったんです。何度も“魔”に追い出されてしまうのであれば、体内から追い出されないようにする必要があるって」


 白雪先生の言っていることに、同意しかなく俺は頷いた。


 俺がアヤちゃんの中に入ったのは2回。

 その2回ともアヤちゃんの中にいる『氷雪公女』によって追い出されてしまっている。


 流石に2度目は地面に『導糸シルベイト』を打ち込んで、なんとか耐えたが……あれだって、ギリギリの綱渡りでしかなかった。


 結局、追い出されてしまっているので意味がないと言えば無いのだ。


「でも、先生。どうすれば、アヤちゃんの中に残ったままになるんですか?」

「は、はい。その方法を昨日の夜に徹夜で考えてきました! の、ノートにまとめたので、後で教えますね」

「お願いします!」


 徹夜でノートを……。


 そういう話を聞くと本当に真面目なんだなぁ、と思う。


 俺はトレーを手にとってアヤちゃんの隣に座ると、アヤちゃんがヨーグルトに入ったバナナを口に運んでいた。


 そんなアヤちゃんの真正面に座った白雪先生は手元のカバンからノートを取り出す。


 え? アドバイスってここで始まるの??


「イツキくん、アヤさん。聞いてください。これから、今日のお昼に行う『共鳴』の話をします」

「……は、はい」


 まさか朝飯を食べながら説明をされることになるとは思っていなかった俺はちょっとびっくりしながらも、先生の話を聞くことにした。


「まず、どうやってアヤさんの中から追い出されたのかを知る必要があると思うので説明します。で、でも、これの原理は簡単です。アヤさんの中にいる『何か』が強制的に波長をずらしているんです」

「……そんなこと出来るんですか?」

「はい。できます」


 先生は『氷雪公女』という言葉を使わずに、アヤちゃんと俺に説明開始。


 それはアヤちゃんに配慮しているだからだと思うのだが、気になるところはそこじゃない。『氷雪公女』が波長をことだ。


「でも、これは壊れたテレビが勝手にチャンネルを変えているようなもので、私たちが対処できることではないです」

「じゃあ、どうすれば……」

「簡単です。チャンネルが完全に切り替わる前に、こちら側でチャンネルを戻せば良いんです」

「……うん?」


 分かったような、分かっていないような。


「これは時間との勝負になります。まず、最初に『何か』に見つかるよりも先にアヤさんの中にいるアヤさんを探します」

「う、うん」


 それは、別に問題ない。

 『共鳴』している相手には、糸が見えているからだ。


 だから探すのは何も問題ない。


「もし波長をずらされる前にアヤさんを救出するのであれば何も問題は無いです。そのまま救出すれば良いからです。でも、もし、波長がずらされそうになったら……アヤさんのアヤさんと共鳴するんです」

「……な、なるほど?」


 もう少しスマートなやり方があるのかと思ったら、出てきたのが思わぬパワー系の対処法で思わず聞き返してしまった。


 例えば最初だったら牢屋みたいなところに閉じ込められていたから、そこにいたアヤちゃんと共鳴すれば良かったということだろうか。


 ……うん?

 じゃあ、2回目みたいにアヤちゃんが居なかったらどうすれば良いんだ?


 あのアヤちゃんにそっくりな女の子と共鳴すれば良いのかな。


「波長がずらされるよりも先に『共鳴』すればチャンネルが代わる前に戻すことができます。これなら、追い出されることなくアヤさんを助けだせるんです」

「もし、そこから波長をズラされたらどうなるんですか?」

「直接『共鳴』しているのに追い出されることは無いと思ってください。いわば、チャンネルの固定化です。だから『何か』に見つかって追い出されるよりも先にアヤさんを見つける必要があります」


 先生の言っていることは大体理解できた。

 問題は『氷雪公女』がこれまでのように、『共鳴』を許してくれるのかどうかというところだろう。


 向こうはアヤちゃんの中に俺たちが入っていることを認識しているっぽかったし、何らかの対応策を打ってきているかも知れない。


 いや、その対応策が『拒絶』か。


 ……ん? じゃあ、なんで俺はあの時、アヤちゃんと『共鳴』したんだ?

 あの時、というのは昨日のオリエンテーリングのことだ。


 確かにあの時は『氷雪公女』に拒絶されていた。

 なのに、俺は共鳴した。


 なんで?


「だから、イツキくん。頑張りましょう!」


 なんて、俺の考えとは裏腹に元気づけるような先生の言葉に俺はうなずき返した。

 一方のアヤちゃんは俺のトレーにフルーツが何も載ってないことを心配して、パイナップルを持ってきてくれた。




 午前中は昨日に引き続いて『共鳴』を練習した。

 場所は昨日と同じ視聴覚室。相変わらずの白い机と、白い椅子に囲まれて、素早く『共鳴』する練習をしたのだ。


 とはいっても、やっていることは昨日の練習の繰り返し。


 いわば解き慣れた計算問題を解いているようなものである。

 頭ではなく身体に感覚として染み込ませるのだ。


 まぁ、練習の時間は足りない気はするけども。

 ただ、昨日と違うのは隣にアヤちゃんがいて応援してくれたことだろうか。


 小学生とはいえ、女の子に応援されるなんて、ちょっと恥ずかしさを覚えてしまう。

 けれど、だからこそ練習も集中できるというもので……気がつけば13時を超えていた。


 俺が時計を見た瞬間、白雪先生のスマホからアラームが甲高かんだかく鳴る。

 

 そのアラームに合わせて、俺は練習の手を止めた。


 そして、アヤちゃんの方を向く。

 そうしたら、アヤちゃんも俺のことを見ていて思わず目があった。

 なんか、恥ずかしい。


「やりましょう。イツキくん」

「は、はい」


 先生の言葉に俺は頷いて、アヤちゃんに近寄る。


「『共鳴』を始めます。失礼しますね、アヤさん」


 白雪先生の言葉を聞きながら、俺と先生はそれぞれアヤちゃんの手を取ってトライアングルみたいに繋ぐと、その腕に『導糸シルベイト』を絡めた。


「これから『共鳴』の深度を高めます。で、でもやることは簡単です。昨日やったことを順番に思い出してください」

「……順番に」

「最初の、オリエンテーリングを」


 白雪先生の言葉に、俺とアヤちゃんは目を合わせる。

 オリエンテーリングの思い出と言えば、やっぱり謎の『共鳴』とアヤちゃんの休憩だろう。


「その次は一緒に宿題したよね」

「うん。やったね」

「イツキくんが算数教えてくれたもんね」

「そうだね」


 俺が昨日のことを思い出していると、アヤちゃんが続けた。

 ぱっ、とまるで写真でも見たかのように昨日の思い出が頭の中にフラッシュバックする。


「後はレンジさんとの授業も受けたよ」

「“魔”の授業だよね」


 そういったアヤちゃんの言葉で、まるでスイッチでも入ったかのように昨日のレンジさんの声が聞こえてくる。視界がふらつく。腕に絡んでいる『導糸シルベイト』が輝く。


「それに、一緒にボードゲームを」


 そこまでアヤちゃんが言った瞬間、俺は言葉に出すよりも先に視界が『思い出』で埋め尽くされた。


 次の瞬間、俺とアヤちゃんの意識が同調し、視界が黒に塗りつぶされる。


 三度目の『共鳴』。

 それを直感で理解し、目を開けた瞬間……。


「どこ……?」


 俺と白雪先生が立っているのは夜の住宅地。

 それも、これまでの長閑のどかな風景とは一転して、住宅街の奥には東京の高層ビル群が見えた。

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