第3-26話 花は蝶、奏でるは魔

 若い祓魔師は目の前に形代カタシロを浮かばせながら、俺を見ていた。

 一方で俺も『導糸シルベイト』を外に出して、相対している。


 お互いの間には吹雪しかなく、その真っ白な光景の中で、真っ白な服を着た青年祓魔師が笑った。


「顔つきが変わったな、わらべ。どうした? 何が起きた」


 若い祓魔師の姿をしているこいつは……祓魔師ではない。

 だから俺は祓魔師の問いかけには答えること無く、一方的に宣言した。


「――お前、


 俺の言葉に、果たして若い祓魔師はヘラリと笑うと頷いた。


しかり。我こそ、蟲である」

「……ッ!」


 その言葉に、俺は頭に血がのぼるのが分かった。


 こいつが全ての元凶だ。


 アヤちゃんの中にいる氷雪公女の精神を操り、アヤちゃんの魔力を奪おうとした。

 だが、氷雪公女は僅かに残った強靭な精神で、アヤちゃんを守るために魔力を凍結した。


 この蟲がいなければ何も起きなかった。


 だからここで――俺が祓う。


「なるほど、蟲まで分かるか。であれば、わらべ。一体、どこまで見た?」

「全部だよ。全部、見たんだ」

「ふむ、想像以上だ。道理で我を祓おうとするわけだ。しかし、我もここまで時間をかけた。そう易々やすやすと首はやれぬ」


 若い祓魔師がそう言うと、服の内に潜んでいた形代カタシロが5枚、俺に向かって飛び出した。


 そして若い祓魔師の指から形代カタシロに向かって『導糸シルベイト』が伸びる。一拍遅れて、『属性変化』する。


 俺が瞬きした瞬間、形代カタシロがぎゅるりと歪んで水の爆弾になった。


 ドウッ!!

 急に溢れ出した鉄砲水は俺と、俺の後ろにいる氷雪公女を押し流さんとまるで壁のように迫ってきた。


 しかし、『導糸シルベイト』が見えている俺にとっては準備してくれと言わんばかりに発動までのタイムラグが長すぎだ。


 俺は後ろにいる氷雪公女を掴んで跳ぶ。

 その両足には『導糸シルベイト』を巻きつけている。


 雷公童子の遺宝を使わない『身体強化』。

 どうやら精神世界には遺宝が持ち込めないようで、俺のポケットには本来あるはずの雷公童子の遺宝が最初から存在しなかった。


 久しぶりに純粋な『身体強化』を使ったことに懐かしさを覚えながらも、俺は空中で青年祓魔師に向き直った。


「水の行……『突瀑とつばく』。相手もろとも全てを押し流す術だが、これが中々手軽でな」


 さっきまで俺たちが立っていた場所だけではなく、近くにあった家や田んぼを鉄砲水が押し流し、更地になった場所を青年祓魔師が前に出てくる。


 俺は地面に着地すると同時に、まっすぐ細い『導糸シルベイト』を伸ばした。


 細い『導糸シルベイト』に与えるのは『属性変化:水』。

 だが、そこには『属性変化:風』による圧力と、『属性変化:土』による細かい粒子を混ぜ込んだ。


 それで威力を高めて、放つのだ。


「『天穿孔アマウガチ』」


 次の瞬間、俺の耳にひゅばッ! と、大気を切り裂く音が届く。


 しかし、俺の放った一撃は青年祓魔師の目の前に突如として現れた岩の壁に防がれた。

 俺の『天穿孔アマウガチ』は、壁に大体30cmくらいのクレーターを作ったが……青年祓魔師の生み出した壁を貫通できなかった。


「ふむ、水を押し流すのではなく貫くものとして使うか。『水滴穿石みずしたたりていしをうがつ』……面白い術を使うな、わらべ


 祓魔師の言葉とともに、突然目の前に現れた壁がボロボロと崩れていく。


「どこでその術を学んだ?」

「…………」


 壁の向こう側から姿を現した青年祓魔師が、口角を釣り上げて俺に聞いてきた。


 だが、俺は無視。

 その間に、次の魔法の準備をしている。


 階位が高いモンスターは普通に魔法を使ってくる。

 だから、どうにかして魔法を封じる方法がないかと模索してたどり着いた1つの魔法。


「『樹縛ジュバク』」


 俺の詠唱に合わせて生み出されるのは『属性変化:木』による無数の木の根。

 それが青年祓魔師の身体を絡め取って、強引に拘束。


 だが、ただの木じゃない。

 捉えている相手の魔力を奪って成長する木である。

 だから、これで祓魔師を掴めば……相手は魔法が使えない。


 ただ正直なところ、まだ未完成。

 どういうことかというと、触れている部分からしか魔力を奪えない上に奪う量がめちゃくちゃ少ないのだ。


 これで完全に拘束できるモンスターは『第一階位』くらいだろう。

 でもまぁ、一瞬だけでも足止め出来れば上出来だ。


「『焔蜂ホムラバチ』」


 拘束している青年祓魔師に俺の炎槍が触れた瞬間に、爆発。

 青年を拘束している『樹縛ジュバク』も燃料にして燃え盛る。


 その間に横脇に抱えたままだった氷雪公女を下ろした。


「下がってて、後は僕がやる」

「イツキ! 前を向け!」


 氷雪公女にそう言われて俺が前を見れば、そこには先ほどの爆発が嘘のように消えていて……祓魔師が、雪の溶けた地面の上に立っている。


 もちろん、無傷ではない。

 服はすすけ、見えている範囲には軽い火傷のようなものも見える。


 だが、それだけだ。


「水の行――『躰池ためいけ』」


 青年祓魔師の身体に張り付いていた『形代カタシロ』が、ぺろりとげる。


 ……何をしたんだ?


 俺が眉をひそめるのと、祓魔師が語るのは同時だった。


「元は火消ひけしたちのために我が作った術でな。火災に勇敢に挑む男たちの身体を守るための術だが、術師との戦いでも使い所はあるというものだ」

「……魔力を、奪ってたんだけど」

「『奪命ダツメイ』であろう? 南蛮では『どれいん』と呼んだか。もちろん、対策済みである」


 ……なるほど。

 どうやら、未完成の魔法じゃ足止めにもならないらしい。


 だから、次にどの魔法を使おうか……頭の中で思考を張り巡らせていると、隣にいた氷雪公女が俺の横から一歩前に出た。


「イツキ。我があの男の目を隠す。だから、あれを」

「あれ? あれって……あぁ、うん。分かった。アレね」


 指示語で言われて一体何のことかと思ったが、氷雪公女を前にして相手の目を奪って放った魔法と言えば1つしかない。


 ――『隕星ながれぼし』だ。


「ほう、まだ次の策があるか。見せてみるが良い」

「…………」


 青年祓魔師の言葉に俺は無言。

 ただ、氷雪公女の一手を待って祓魔師を睨んでいると……ごう、と風が吹いた。


 ただの風じゃない。

 雪が混じった、白い風。


 全身を『導糸シルベイト』で包んで暖かくしている俺ですら、ぐっと気温が下がったのが分かる。熱が身体から奪われていくのが分かる。

 

 そして雪が全てを覆い隠していく。

 だが、『真眼』を持っている俺には、青年祓魔師の『導糸シルベイト』が見えている。


 祓魔師の立っている場所が手に取るように分かる。


「――『隕星ながれぼし』」


 だから、俺の『導糸シルベイト』が青年を掴む。

 『属性変化:土』によって生み出された隕石が落ちる。

 そして瞬きするほどの短い時間の後、青年祓魔師を叩き潰した。 

 

 轟音と地震が同時に起きる。

 目の前に吹き荒れていた吹雪が、『隕星ながれぼし』の衝撃波で全て俺たちの方に飛んでくる。


 だが、黒い霧は生まれない。

 蟲はまだ祓えてない。


「蟲は、不死である。さなぎになって、蝶になる」


 どこからか響いた青年祓魔師の言葉と共に、視界が歪んでいく。


 少しずつ意識が遠くなっていく。


「もはやあやかしの中に巣食う必要もない。時は満ちてはおらぬが……まぁ、これだけ力があれば十分だろう」


 それはまるで『共鳴』の終わりのようで、


「――いざ『転生』としよう」

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