第3-12話 原因探求隊

 食堂を後にした俺たちが向かったのは、図書室だった。

 祓魔師の施設は年がら年中使っているわけじゃないと思うのだが、それでも常用の図書室があるという。


 アヤちゃんがそこで夏休みの宿題をしていると聞いて、俺たちは向かうことにしたのだ。


「どうしてアヤさんは魔法が使えなくなったのか。い、イツキくんは聞いてたりしますか?」

「……ううん。聞いてないです。アヤちゃんも、分かんないって言ってました」

「そうですか……」

「こういうのって、よくあるんですか?」


 白雪先生に俺がそう聞くと、先生は「うーん」と唸った。


「魔法が使えなくなるというのはよくあります。例えば、PTSD……ええっと、わ、分かりやすく言うと“魔”との戦いで心に傷を負った人は、魔法が使えなくなります」

「…………」


 とても身近にいたから、その例えはよく分かる。

 ニーナちゃんのことだ。


「他には……そうですね。スランプになったり、イップスになったり……」

「スランプと、イップス? それって何が違うんですか?」

「スランプとは動きはできるのですが、結果が付いてこないことを言います。例えば、『廻術カイジュツ』が出来て『絲術シジュツ』もできる。でも、魔法が思ったように使えないといった具合です」


 なるほど……?

 

「イップスはそもそも動作ができなくなるんです。『廻術カイジュツ』は出来るけど、『絲術シジュツ』ができない。もしくは、『廻術カイジュツ』ができない。だから、魔法が使えなくなるんです」


 ほぇ、そうなんだ……。

前世ではなんとなく言葉だけしか知らなかったスランプとイップスの違いを知って、俺は心の中で思わず唸った。


「もしかしたら、アヤちゃんがイップスかも知れないってことはありますか?」

「か、可能性としてはありえなくも無いですが……。でも、スランプもイップスも、それなりに歴の長い祓魔師がなるものです。6歳の子がなったとは……ちょっと、考えにくいですね」


 確かに言われてみれば、スランプやイップスになるのはスポーツ選手の中でもそれなりに経歴を重ねてきた人が多い気がする。

そりゃもちろん、中学生や高校生でなる選手もいるだろうが、学び始めてまだ数年しか経ってないアヤちゃんがなったとは……ちょっと考えづらいというのも、分かる。


 じゃあ、なんでアヤちゃんは魔法が使えなくなったんだ……?


 より謎が増したので俺は首を傾げると、先生が続けた。


「で、ですが、『共鳴』すれば理由も分かります。やってみましょう」


 到着した図書室に入る前に白雪先生は数回ノック。

 すると、扉の向こうからアヤちゃんの返事が来た。


「は、はい!」

「入りますね」


 先生と一緒に図書室の中に入ると、まず最初に俺の鼻孔を刺激したのは古紙の匂いだった。


 図書室、と言っているが部屋はとても狭い。

 前世で俺が一人暮らししていた部屋くらいしかない。

てことは、6畳半くらいか。


 その部屋の壁際には180cmくらいのスチールラックがびっしりと並んでいて、古めかしい本がパンパンに詰まっている。


 そして、部屋の中心には視聴覚室に置いてあった椅子と全く同じ椅子が3脚。

 少し大きめの机が1つ置いてあって、アヤちゃんはその机に向かって夏休みの宿題ドリルを広げていた。


 図書室というよりも古本の置き部屋と言ったほうが、言葉としてはぴったり合いそうな部屋である。


 アヤちゃんはドリルから顔を上げると、先生を見た後に隣にいる俺を見て驚いたように目を丸くした。


「えっ、イツキくん!?」

「久しぶり、アヤちゃん」

「良かった。イツキくんが来てくれて……」


 ふぅ、とアヤちゃんが安心したように息を吐き出す。


 その間に生まれた沈黙を埋めるように白雪先生が一歩前に出て自己紹介。


「はじめまして、アヤさん。私は白雪ルリ。『共鳴』を使う祓魔師です」

「し、霜月アヤです! 白雪さんが、パパの言ってた祓魔師さんですか?」

「はい。レンジさんに依頼を受けて来ました」


 そう返す白雪先生は教室の時のおっかなびっくりしている白雪先生とは全くの別人に見えた。


 そんな白雪先生から視線をずらして俺を見てきたアヤちゃんは首を傾げる。


「で、でも、どうしてイツキくんも?」

「どうしてだと思う?」

「あっ! 分かった! イツキくんが白雪さんの授業を受けてるんだ」

「うん。正解! いま『共鳴』の練習中なんだ」


 すぐに答えに気がついたアヤちゃんに俺は頷いた。

 とはいっても、これはレンジさん辺りから話を聞いていたのかも知れないけど。

 

 軽く雑談を済ませた俺たちの間に白雪先生は立って、アヤちゃんに質問開始。


「アヤさん。魔法が使えなくなったと聞きましたけれど……いつからですか?」

「い、1ヶ月くらい前からです」


 アヤちゃんと白雪先生の問診を俺は横でじぃっと聞く。

 とはいっても、新しく出てきた情報はなにも無い。


 ウチに新築のお祝いに来てくれた時に聞いた話と全く同じだ。


 いわく、1ヶ月前にレンジさんの仕事に同行した。

 そして、その時に魔法が使えないことに気がついた。


 それだけである。

 それ以上のことはアヤちゃんにも分からないのだと。


「分かりました。では早速……みましょう。アヤさん。手を貸してください」

「は、はい」


 白雪先生に言われるがままに、アヤちゃんが手を差し出す。

 その瞬間、白雪先生の腕から『導糸シルベイト』が伸びて、アヤちゃんと先生の手を繋げた。


 その『導糸シルベイト』は二人の腕に絡まったまま、虹の輝きを放つ。『共鳴』だ。


「アヤさん。少し失礼します」

「は、はい」


 そういって白雪先生が目を瞑った瞬間、なぜか俺の視界も真っ暗になった。


 え、なんで!?


 意味も分からず焦る俺の視界がゆっくりと開いて……次に見えたのは青々とした田んぼだった。


「……田んぼ?」


 周囲を見回すと俺が立っているのは寂れた道路の上だった。

 家はとても散らばって立っており、山と田んぼしかない……そんなど田舎の風景。


 太陽はさんさんと差し込んでいて、目が痛いほどの快晴が空に広がっている。


「どこ、ここ……?」

「えっ、えっ!? どうしてイツキくんがここに!?」


 困惑した俺が独り言を投げかけるのと隣にいた白雪先生が、びっくりした声を出すのは同時だった。


「あっ、先生。ここ、どこですか?」

「ど、どこってアヤさんの精神世界の中ですけど……」


 ……うん?


 俺は首をかしげる。


 いや、別に今さら精神世界の中に入ったことに驚きはない。

 俺だって一度経験があるからだ。


 俺が何に驚いているのかと言うと、先生と違い俺はアヤちゃんと『導糸シルベイト』で触れ合っていない。つまり『共鳴』していなかったのにも関わらず、何故かアヤちゃんの精神世界に入っちゃってることに驚いているのだ。

 

「……なんで僕がここにいるんですか?」

「わ、分かんないです」


 しかし、よく分かっていないのは俺だけじゃなくて先生もそうだったみたいで、俺と同じように困惑が顔に浮かんでいた。


浮かんでいたがすぐに表情を真剣なそれに切り替えると、


「し、仕方が無いので実地訓練です。先生に着いてきてください。イツキくん」

「は、はい。分かりました」


 こうして、思わぬ形で本当の実践編が始まった。

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