第3-11話 努力の連鎖

「……先生。出来ました」


 俺はそう言ってから、深く息を吐いて席に座り込んだ。


 ボールとリンゴの共鳴。

 それが成功したのは12時も回って、13時になろうとしていた頃合いだった。


「そ、そろそろお昼ごはんにしましょう!」

「……はい。ご飯って、どこで食べるんですか?」

「食堂で食べるそうです」


 ……なんか合宿ぽいな。


 先生に頷いてから、俺は手元の『導糸シルベイト』を解除した。

 そして、立ち上がる。

 

「食堂って1階ですか?」

「そ、そうです。一緒に行きましょう!」


 白雪先生の後ろを追いかけて、俺は視聴覚室から出た。

 長い時間、集中したせいか喉がカラカラだ。早く水を飲みたい。


「う、噂には聞いてましたが、イツキくんは魔力量が多いんですね」

「『第七階位』なんです」

「ですよね。い、いえ。普通だったら、あんなに長い間『導糸シルベイト』を出し続けることはできないですから」


 言われるまで全く気にしてなかったが……確かにそれはそうかも知れない。

 午前中の3時間、俺はあの手この手で挑戦するべく、『導糸シルベイト』を出し続けた。


 それはつまり俺の魔力量が多いからできたことで、どうして俺の魔力量が多いのかというと増やすためのトレーニングをしたからだ。そう考えると、努力というのは色んな所で繋がってくるんだなと思わされる。


 しかし、そういうのは前世の大人の時点で気がついておくべきだったんじゃないかと思わないこともないが。


「白雪先生の魔力量はどれくらいなんですか?」

「わ、私ですか? 第二階位ですよ。ふ、普通です。あはは……」


 そう言って苦笑いする白雪先生。

 まぁ、普通と言えば普通なんだが……逆に、だからこそ気になることがある。


「先生はどうして『共鳴』を使おうと思ったんですか?」

「え?」

「いや、その……なんで他の祓魔師みたいに、普通の魔法だけを使うんじゃなくて。『共鳴』まで使おうと思ったのかなって、気になったんです」

「そ、そうですね……」


 そういって白雪先生は前を向いた。

 前を向いて、続けた。


「普通の自分が……ちょっとでも特別になれるかもなんて、思ったからです」

「…………?」


 なんとも分かったような、分からなかったような返答が来て、俺は首を傾げた。

 けれど、その続きを聞くよりも早く食堂に到着。


 思わず聞く機会を逃した俺はまっすぐ前に視線を戻す。


 食堂はおかずが作り置きしてあって、自分で好きなものを取っていく食べ放題タイプだった。

 とはいっても、時間が時間でおかずはほとんど残っていなかった。


 それに食堂で食べている祓魔師は1人もいない。

 食堂の時計の針が指すのは12時50分。


 外を見るとグラウンドには父親と、祓魔師の生徒たちがずらっと並んでいた。

 どうやら、父親組はもう食べ終わっているみたいだ。


 なんて、ぼーっと外を見ていると白雪先生からお盆を渡された。


「イツキくん。トレーをどうぞ」

「あ、ありがとうございます!」

 

 あぁ、お盆じゃなくてトレーね……。


 俺は受け取ったトレーにおかずやご飯を乗せていこうとしたのだが……なんということだ。


 なんと、ここの食堂。作りが完全に中学生向けになっており、おかずやご飯の乗せられている台が高いのだ。つまり俺の身長だと背伸びをしないと何も取れないのである。


 なので、俺はお盆を持ったまま『導糸シルベイト』を伸ばすことでご飯やおかずを集めることにした。こういう時に『導糸シルベイト』は本当に便利だ。


 とりあえず背伸びをするだけして、自分の欲しいおかずに向かって『導糸シルベイト』を伸ばすと、隣に立っている先生が俺のことを、じぃっと見ていた。


 俺はそれを不思議に思って逆に先生を見ると、目が合う。


「器用ですね、イツキくん」

「そ、そうですか?」

「はい。先生はそこまで上手に動かせないですから」


 とはいっても『導糸シルベイト』はまだ3本くらいしか出していない。

 別に一般的な操作数だと思うんだけどな、と思いながらも……褒められて、俺は少しだけ嬉しくなった。


 そんなこんなで食堂のテーブルにお盆を置いてから、俺たちは対面で昼ごはんとすることにした。俺のご飯はハンバーグ2枚にソーセージ、あとは冷めた味噌汁とご飯である。これ魔法で味噌汁を温めたら怒られるかな。


 流石にそんなことじゃ怒られないか。


 俺は『導糸シルベイト』を味噌汁の中に入れて、『属性変化:火』に変化。とはいっても、そこまで火力は上げない。じわっと温まる感じに調整していると、味噌汁から湯気があがりだした。


「わっ。もしかして、お味噌汁を温めたんですか!?」

「は、は。ダメでした……?」


 いままさに食べようとしていた瞬間の白雪先生が手を止めて俺の方を見たので、怒られるのかなと身構える。けれど、白雪先生は俺に向かって味噌汁を差し出して、ついでに頭を下げた。


「せ、先生のも温かくしてください!」

「は、はい」


 怒られなくて良かった……と思いながら、俺は先生の味噌汁を温める。これくらいはお安いご用だ。


 白雪先生は湯気がでてきた味噌汁を満足そうにお盆に戻すと、おずおずとご飯の方も差し出してきた。


「あ、あと……ご飯もいいですか?」

「良いですよ」


 俺は差し出されたご飯を手に取る。

 取ってから、まだ自分のを温めてないことに気がついた。


 なら、やってみるか。『共鳴』。


 思いつくやいなや、俺は先生のご飯と自分のご飯にそれぞれ『導糸シルベイト』を垂らす。そして、共鳴。びりびりと来る感覚をしっかり確かめながら、俺は自分のご飯を温めた。


 だが、温まっているのは俺のご飯だけじゃない。

 『共鳴』している先生のも同じだ。


「あっ、もしかして『共鳴』を!?」

「は、はい。せっかくだから……」


 俺は完全に温まったご飯を先生に返した。

 俺から受け取ったご飯に目を丸くしている先生は、静かに呟いた。


「……す、凄いですね。もう完全に物にしてるんですね。基礎の基礎も10分ちょっとで出来ちゃいますし、実践編も3時間でできちゃいますし」


 先生は俺から受け取ったお茶碗を見つめながら続ける。


「イツキくんって……天才なんですか?」

「ち、違いますよ。先生の教え方が良かったんです」


 俺は先生の言葉を全力で否定する。


 才能なんて無い。

 ただ、死にたくないから努力してきただけだ。


 それに、3時間で出来たのは白雪先生が俺につきっきりで教えてくれたからだ。

 間違っても俺の才能なんてものじゃない。


 だから俺はそういったのだが白雪先生は顔をぱっと上げると、


「ほ、本当ですか? そう言ってもらえると、徹夜で授業ノートを作ったかいがありました……」


 笑顔で、照れた。


 あぁ、あれ徹夜で作ったんだ。

 てか、徹夜でノートって何だか学生みたいだな。


 ……ん?


 俺は改めて、白雪先生を見る。



 背が低くて、若くて、可愛らしい女性だな、と思う。

 普通に見れば高校生……いや、下手すれば中学生と勘違いされてしまうかも知れない。


 知れないのだが、もしかしたらそれが勘違いじゃない可能性ってないか?

 もしかして、本当に中高生の可能性とか無い……?


 いや、でも合宿に来るまでの父親やレンジさんの話を聞いている限り、白雪先生は現役バリバリの祓魔師らしい。


 ということは、成人済み……? 

 少なくとも高校は卒業しているのか……??


 ……白雪先生って、何歳なんだ?


「あれ? イツキくん。ご飯食べないんですか?」

「た、食べます……!」


 流石にこんな俺だって女の人に年齢を聞くなんて失礼なことはしない。

 しないので、味噌汁を手に取った。


「そういえば、イツキくん。実はご飯を食べてから1時間ほど、先生は用事があるのでそれをしないといけません。ですから、す、少しの間……自習していただけますか?」

「自習……は、良いですけど。用事って何をするんですか?」


 俺がそう問いかけると、先生は微笑んだ。


「ある祓魔師の子の治療があるんです」


 その言葉に俺は頷いた。


 そういえば、そうだ。

 今回の合宿のメインと言っても良いのはそっちじゃないか。


「アヤちゃんですか?」

「はい。霜月家の……って、知ってるんですか!?」

「と、友達なので……」


 俺がそういうと、白雪先生は少しだけを目を伏せて考え込むと……口を開いた。


「ご存知ということであれば……そうですね。では、イツキくんも同席してください」

「え……。良いんですか?」

「はい。実際の場でどういう風に『共鳴』が使われているのか。それを学ぶ機会です。しっかり覚えて返ってくださいね」


 白雪先生は真面目な顔でそう言った。

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