第3-10話 特訓:共鳴①

「え、えーっと……」


 綺麗に斬れたリンゴを前にして先生が困惑する。

 そして、ようやく言葉を見つけたのか、おずおずと言った。


「し、正直、イツキくんがこんなに早く出来るとは思ってなかったです」

「……僕もです」


 思ったよりも『共鳴』しやすかったというよりも、まさか『錬術エレメンス』でやってることがそのまま使えるとは思っていなかった。


 多分、白雪先生と同じくらい俺もびっくりしていると思う。


「ち、ちょっと待っててくださいね!」


 白雪先生はそういうと、さっきまで見ていたノートを取り出して、ぺらぺらとめくる。

 次に何をするかをノートの中から探しているんだろう。


 真面目な先生なんだなぁ、なんてことを思いながら視線を窓の外に移す。

 そこではグラウンドを中学生くらいの祓魔師たちが列を組んで走らされていた。それを見ているのは父親。どうやら準備運動をしてるっぽい。


「い、イツキくん。授業を再開しましょう!」


 ぼーっと窓の外を見ていると、先生に呼びかけられた。


 視線を教室に戻すと白雪先生は該当の箇所を見つけたのか、ノートから視線をあげて嬉しそうな顔を浮かべている。


 分かりやすい先生だな、と思いながら俺は大きく頷いた。


「お願いします!」

「実はさっきの『共鳴』の基礎を身につけるので1日かけるつもりだったんです。こんなに早く出来るとは思ってなかったですけど……できたのであれば、次に行ってみましょう!」


 白雪先生はそんなことを言いながら、次に取り出したのは野球ボールとリンゴ。

 なんだなんだ。形も大きさも全く違うものが出てきたぞ。


「さっきイツキくんもやってみた時に分かったと思うんですが、似た性質を持っているものはとても『共鳴』しやすいんです。でも、これはどうでしょう?」


 そう言って白雪先生は俺の机の上にその2つを置いた。


「野球ボールはボールなので、球体ですよね。で、でも、リンゴも球体に見えませんか?」

「……うん」


 白雪先生の言葉に俺はやや疑問はあれど頷いた。


 まぁ、リンゴの形は何かと言われれば球体と答えるしか無いだろう。

 間違ってもリンゴをキューブなんて言わないわけだ。


 ただ、それでも問題はある。


「でも、先生。リンゴとボールって形は似てるけど、ちょっと違いますよ?」

「良い質問です。で、ではイツキくん。『形代カタシロ』って、知ってますか?」


 リンゴと野球ボールは似てなくない? と聞こうとしたら、それを見越していたかのような質問が逆に返ってきた。


「……かたしろ?」

「はい。形代カタシロです」


 肩白かたしろ……じゃないだろう。

 どんな漢字を書くんだろう?


 言葉だけじゃ分からないぞ。


「こういうやつです」


 そういって白雪先生が取り出したのは、クリアファイルに入った1枚の紙。

 でも、ただのペラ紙じゃない。人の形に切り抜かれているものだ。どっかで見たことあるなと思えば前世の漫画である。何だか陰陽師あたりが使ってそうな形をした紙だ。


 あ、もしかしてその紙を形代カタシロって呼ぶの?

 てか、それってクリアファイルに入れるものなの??


 なんて俺がどうでも良いことを考えていると、先生が続けた。


「これは昔……そ、それこそ1000年くらい前に祓魔師たちが使っていた『形代カタシロ』と呼ばれるものです。どこか、人の形に見えませんか?」

「見えます」

「祓魔師たちはこの人の形に似ている『形代カタシロ』と、“魔”を『共鳴』させて祓ったり、政敵を倒したりしていたんです」


 政敵を倒したり?


「これは紙で、確かに人に形は似てるかもですけど、形も素材も大きさも……全然違いますよね? でも、確かに人と『共鳴』をさせていたんです。だ、だとすれば、イツキくん。リンゴとボールくらいの『共鳴』だったら、出来るような気がしてきませんか?」


 俺はクリアファイルに入った『形代カタシロ』から、視線を机の上に置いてあるリンゴとボールに落とした。


 確かに『形代』と人の共通点と比べれば、こっちの方が遥かに似ているように思えてくるし簡単な気もしてくる。


 気もしてくるが、さらっと先生の言った『政敵を倒したり』という言葉が気になる。

 だが、今は気を逸している場合じゃない。授業に集中だ。


「やってみます……!」

「こ、これは難しいですよ!」


 俺は両手でそれぞれ『導糸シルベイト』を生み出して、リンゴとボールに巻きつけた。そして、『共鳴』させようとした瞬間に失敗。失敗は明確だ。巻きつけた瞬間に、感覚がブレたのだから。


 なのでもう一度やってみるが、2度目も失敗。


 ……これ、普通に難しいぞ?


 俺は深呼吸を挟んでから、もう一度目の前の課題に取り掛かった。

 

「さっきのリンゴと模型は性質がとても似てたんです。だって、見た目も形も大きさもほとんど一緒ですから。違うのは素材くらいで……だ、だから『共鳴』の基礎の基礎なんです」


 『導糸シルベイト』に混ぜ込む魔力のムラを調整していると、白雪先生の柔らかい声が響いた。


「でも実際の現場で使う時に“魔”の模型とか、等身大の人の模型なんて無いですよね。だから、こうして似ているもので『共鳴』させるんです。そうしないと、『共鳴』は実戦で使い物になりませんから」


 俺は手を動かして失敗の数を重ねながら、白雪先生の言葉に頷いた。


 確かにそれはそうだ。

 モンスターと真正面から戦ってるときに、わざわざモンスターの模型なんかを取り出している暇なんて無い。というか、そんな隙があったら普通に魔法を撃った方が速い。


 ……そりゃ、共鳴は不人気になるわ。

 俺はグラウンドから聞こえてくる組み手の声を聞きながら、そんなことを思った。


 普通に考えて魔法が使えない、あるいは未成熟なのであれば父親やレンジさんの特訓を受けた方が祓魔師として成長できるに決まっている。


 なんてことを考えていると、白雪先生はちょっとだけ身を乗り出して言った。


「い、言ってしまえば、さっきまでが『共鳴』の練習編! ここからは実践編です!! 頑張ってください、イツキくん!」

「が、頑張ります……!」


 先生に気圧されるように俺は頷いてから、再び魔力量の調整に移った。


 いや、これ難しいな。意識的に魔力を調整するよりも、もっと大雑把に『これくらい』と決めたほうがやりやすいかも。


 そうして実際に手を動かし続けてくれば光明も見えてくるもの。

 始めてから3時間もの時間をかけて、俺はなんとかリンゴとボールの『共鳴』を成功させることができたのだ。

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