第3-09話 優等生の見せ所

「では、さ、早速はじめましょう! まず、イツキくんにやって欲しいのは、さっき見せた『導糸シルベイト』の共鳴です。『廻術カイジュツ』『絲術シジュツ』のように、これが使えないと『共鳴』は使えません。基礎の基礎です!」

「どうすれば出来ますか?」

「ま、まず『導糸シルベイト』を絡めるんです。こうやって」


 そう言いながら、白雪先生は『導糸シルベイト』を絡めた。

 なんか、あやとりを見てるみたいだ。


「そして、糸の波長を合わせるんです」

「は、はい! 先生!」


 俺は手を上げて先生をストップ。


「どうしました?」

「どうやって波長を合わせるんですか」

「感覚で……」


 『波長の合わせ方』が分からなかったので白雪先生に聞いたら、まさかの返ってきた言葉が根性論。


 そんな馬鹿な。


「い、イツキくんもやってみてください。いえっ! やんないと、分かんないと思います!」

「……本当ですか?」


 俺の問いかけに先生は激しく頷いた。


「た、例えばですよ? イツキくんは小学校で音楽の授業を受けてますか?」


 俺は無言で頷いた。


 音楽の授業が『共鳴』にどう関係してくるんだろうと思っていると、先生は笑顔で続けた。


「音楽の授業で合唱をすると思うんです。その時、自分の声とお友達の声が重なって響いている感じがしたことはありますか?」

「……は、はい。あります」


 現世でそんな経験はまだ無いが、前世ではある。


 とはいっても、そんな経験は高校生の合唱コンクールが最後だけど……。


「それと同じで、言葉では説明できないけどやってみたら分かるものなんです」


 なるほど。


 そう言われてみれば、確かに声が共鳴している感覚は言葉じゃ説明しづらい。でも、やってみれば分かる。『導糸シルベイト』の共鳴も似たようなものだとすれば、やってみるまで分からない。


 ……なら、やってみるか。


 言うが早いか俺は右手と左手でそれぞれ『導糸シルベイト』を生み出すと、手の中で重ね合わせた。だが……何もない。何か変わっている感じがしない。ただ、『導糸シルベイト』が絡んでいるだけだ。


「い、イツキくん。どうですか? できました?」

「……ダメです、先生。ただ糸が絡んでるだけです」


 俺がそういうと、白雪先生はぱっと微笑ほほえんだ。


「だ、大丈夫です! それが分かるってことは、『共鳴』してないってことが分かるってことです! だということは、この先『共鳴』する感覚も分かるってことです。自信もってください。い、イツキくんならできます!」


 先生から謎に褒められながら、俺は再び『導糸シルベイト』に視線を落とした。


 そこには俺の『導糸シルベイト』がポケットにいれた有線イヤホンみたいに絡まっていた。そういえば、今どきの小学生って有線イヤホン知ってんのかな。あれをポケットに入れてて、絡まらなかったことが一度も無いんだが。


 なんて、無駄なことを考えてから深く息を吐き出した。


 ……ちゃんと集中しよう。


 そして、再び『導糸シルベイト』を絡み合わせた。


 波長を合わせると言ってもな……。

 俺は思わず渋い顔を浮かべる。


 声で言うなら高い声の出し方や低い声の出し方を感覚的に知っているから『共鳴』しろと言われても簡単にできる。だが、『導糸シルベイト』は知らないから「感覚で」と言われても出来ないのだ。


 困った。

 どうにかして『導糸シルベイト』を感覚で捉えられるようにならないだろうか。

 

 そもそも『導糸シルベイト』の感覚ってなんだよとなると、あれは魔力で出来ているので魔力の感じ方だ。

そして、魔力の感覚となると濃淡くらいしか思いつかない。思いつかないのだが、そこに思い当たった瞬間、ふと思った。


 似たような話をどこかでやったな、と。


思い返せば忘れもしない。

 ニーナちゃんとの特訓でやった『錬術エレメンス』だ。


 あれは重たい魔力と軽い魔力をそれぞれ分離し、『重たい魔力』を妖精にするという魔法だったが……今回の『共鳴』ではその逆。むしろ、魔力の中にあるムラを均質にするのが『波長を合わせる』ということなんじゃないのか?


 いってしまえば『廻術カイジュツ』の先の先。

 完全に魔力を均質にしてしまえば、『共鳴』するんじゃないだろうか。


 閃きと言ってしまって良いのかも怪しいくらいの思いつきだが、やってみる価値はありそうだ。


 俺は丹田にあった魔力を両手に持ってくると、手の中で『廻術カイジュツ』を行う。魔法の早撃ちクイックショットで、慣れ親しんだ動作だ。いつもは軽い魔力を放つためにやっているそれを、普通の『導糸シルベイト』を作るために行う。


 そして、俺は生み出した『導糸シルベイト』を伸ばして、手の中で絡め合わせた。


 さぁ、これでどうだ。


 次の瞬間、俺の両手を不思議な感覚が襲った。


 その感覚をどう例えようか。


 まるで、手の中にある『導糸シルベイト』同士が独りでにビリビリと震えていると思ってしまう感覚。『導糸シルベイト』が2本あるというのは分かるのだけど、気を抜けば1本に感じてしまうような不思議さ。


 俺はその感覚に驚いて、思わず『導糸シルベイト』同士を離した。

 次の瞬間、『導糸シルベイト』がわずかに虹色の光を放って裂ける。


 ……もしかして出来てた?


「む、難しいですよね。コツは『導糸シルベイト』を生み出すときの力の込め方を同じくらいにする感じで……」

「先生」

「は、はい! なんでしょうか!?」


 俺の呼びかけに、びくっと身体を震わせて先生が俺を振り向いた。

 これじゃ、どっちが先生じゃ分かんないや……と、思いながらも俺は続ける。


「もしかしたら、できたかも……です」

「うぇッ!? い、いやでも、まだ始めて10分も経ってないですけど……」


 先生がちらりと時計を見ると、そこには9時45分と表記がある。


「実は、他の魔法で似たようなことをやったことがあって……」

「あ、あぁ。なるほど。そういうことですか……?」


 白雪先生は最初こそ納得しているようだったが、喋りながら疑惑に変わったのか静かに首を傾げていた。


 しかし、実際問題10分で出来たわけではない。

 ニーナちゃんとやってきた『妖精魔法』が思わぬところで、くっついただけだ。


 ……やっておくべきだな、色んな魔法の練習。


 俺がそれを身に染みて実感していると、白雪先生はカバンの中から新しいリンゴの模型と本物のリンゴを取り出した。


「も、もし『共鳴』ができてるのであれば、さっき私がやったことと同じ感じになると思うので……イツキくんも、似たような感じでリンゴを壊してみてください」


 先生に言われて、俺はさっきと同じ感じで『導糸シルベイト』を作り出す。

そして、模型と本物にそれぞれ巻きつけた。


巻きつけると、糸を伸ばして絡め合わせる。

だが、失敗。ただ絡み合っただけだ。


 だが模型とリンゴに巻きつけた瞬間に、ちょっと『導糸シルベイト』がブレる感覚があった。それで失敗したんだな、と頭の片隅で考えながら俺は『導糸シルベイト』をいったん解除。


そして、もう一度リンゴに巻きつけてから……糸を伸ばして、絡み合わせる。

 次の瞬間、俺の手元にビリビリと来る感覚。


 成功したっぽい感覚と同じやつだ。


 俺はその感覚を感じ取ってから、糸を切り離す。

 その瞬間、『導糸シルベイト』は切れる間際に虹色に光った。


「……ど、どうですか?」

「やってみます」


 心配そうに覗き込んでくる先生の問いかけに短く返して、俺はリンゴたちを見下ろした。そして、その片方に向かって魔法を放つ。


使い慣れた『形質変化:刃』による斬撃。

それが綺麗に本物のリンゴを両断した瞬間、模型のリンゴも綺麗に断ち切れた。


すと、と心地良い音を立てて2つのリンゴが綺麗に斬れたのだ。


「……できた」

「で、できてる……」


 俺と白雪先生が全く同じことを口にする。


 出来てる。

 出来てるよな、これ……。


 思っていたよりもあっさりと成功したものだから、俺はちょっと半信半疑になりながら壊れたリンゴを見つめる。


 しかし、どれだけ見ても片方だけしか斬っていないリンゴは、しかし2つとも全く同じ形に斬れていた。


 『共鳴』の基礎の基礎、成功である。

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