第3-06話 田舎に行こう!③
喫茶店で倒れた女性店主を運ぶために救急車を呼び、後処理を担当する警察に来てもらっている間にイレーナさんが俺の身体を妖精でチェックしてくれた。
何をどうチェックしたのかというと、店主から提供された飲み物や食べ物に毒が無いかのチェックである。モンスターが提供したのだ。それを警戒して当然だろう。
「モンスターの話を聞いている限り、魔力を吸い取るのが目的みたいだったので致死性の毒は含まれていないと思うのですが……念の為、ちゃんと検査しておきましょう」
なんて、イレーナさんに言われれば俺も反対のしようがない。
というか、むしろこっちからお願いしたいくらいだ。
イレーナさんは小さな妖精を生み出すと、俺に妖精を手渡した。
「身体の中に入った妖精が毒を検査して、もし毒があれば解毒してくれます」
そういってイレーナさんは、見本を見せるように妖精を飲んだ。
それをみて、俺とニーナちゃんも同じように妖精を飲み込む。
ほわ、と温かい感触が喉元を通り過ぎた。
「……それにしても、やられましたね」
喫茶店の灯りをつけて、明るくなった部屋の中でイレーナさんがそう呟く。
「『思考誘導』は『洗脳魔法』の初歩中の初歩。本来は『
「いつ魔法をかけてきたの?」
「事件簿が書かれたPDFに仕込まれていたのでしょう。恐らくは、この中に」
イレーナさんはそういってスマホを見せてきた。
そこにはロック画面と、大きく表示された時計が現在の時間が表示されている。
しかし、その画面はいつまで経っても暗くならない。
……もしかして、スマホのディスプレイが暗転する間隔が短いと思ってたのは俺の勘違いで、あれが魔法の仕掛けだったのか?
いや、でもスマホの文章には『
俺が魔法について困惑していると、イレーナさんが続けた。
「紙を使った魔法には古い方法がいくつかありますが、電子端末に魔法をしかけてくるなんてことは今まで聞いたことがありません……。モンスターが作った新しい魔法でしょう……これは厄介ですね」
「紙? 紙を使った魔法があるの?」
「えぇ、例えば契約陣。モンスターと契約して、言うことを聞かせるようにする古い魔法ですね。日本だったら霊符などが有名だと思います」
有名だと思います、と言われてもさっぱり分からん。
あっ、もしかしてあれか。『
俺は胸元に入れているそれに手を当てる。
破魔札は第六階位である雷公童子の腕を吹き飛ばした魔法だ。
どういう原理で魔法を使っていたのか全く分からなかったが……なるほど。
意外なところでつながるものだ。
「正式には『
「え? 無くなっちゃったの?」
「えぇ。効率が悪いんです。紙に書いて、それを媒介にして魔法を使うよりも先に魔力の塊である妖精にお願いした方が、ずっと早くて魔力のロスもない」
それは日本の『
同じなんだろうなぁ……。
ちょっと前に父親から教えてもらった魔法の歴史を思い返しながら、俺はイレーナさんがスマホをポケットにしまい込むのを見た。
「それに『
そう言うイレーナさんの表情は硬い。
これはあれか。ウィルス対策ソフトを入れてるからって油断してたら、最新のウィルスにPCをぶっ壊されかけた感じか。
いや、まぁ俺はパソコンよりもスマホ派だからそんな経験は無いんだが、イレーナさんの口ぶりはそんなことな気もする。
「新しい魔法は、早めに報告書をあげないとです」
そしてイレーナさんが深くため息を付くと、ようやくパトカーが到着した。
やってきた警察に後処理をお願いして、俺たちは喫茶店を後にした。
後にしてから、ふと思った。
「ねぇ、イレーナさん」
「はい? どうされました?」
「さっきのモンスターが使ってた『思考誘導』って、勉強したら僕でも使えるようになるの?」
「うーん。どうでしょう。厳しいと思います」
イレーナさんは手元で無数の妖精を生み出しながら、そう言った。
そして、生み出した妖精を街中にばらまく。
他にこの町にモンスターを取り残していないか、妖精を使った索敵だ。
その様子を見ながら、俺は尋ねた。
「どうして?」
「人の思考を歪める魔法は禁術なんです。ですので、学ぶ方法も教えてくれる方も現時点ではいないでしょう。いえ、禁術を知っている
そういって夜空に散らばる妖精を見ながら、イレーナさんは教えてくれた。
俺もそんなイレーナさんの視線を追うように空を見上げると、びっくりするぐらいの星が空に見えた。
周囲が暗いからだろうか。
東京じゃこうはいかないな、と思いつつ。
「モンスター相手に使えたら、便利だと思ったんだけど……」
「えぇ、イツキさんならそう言うと思いました。でも、実際のところモンスターに思考誘導は効かないんです」
「え!? そうなの?」
「はい。そういう実験は過去にいくつか行われてて……良い結果が出たものはありません。モンスターの思考は元から歪んでいるので外からの誘導を受けづらいのではないか、という仮説もあったりします」
「あー……」
言われれば、納得してしまう。
これまで戦ってきたモンスターで、人と全く同じ思考をしていたモンスターを俺は知らない。唯一、会話が普通に通じたと思ったのは森で戦った『第五階位』のモンスターだが、あれも生まれたばかりで子供みたいな感じだったから、あまり参考にはならない。
雷公童子も、前に戦ったキューブ姉妹も、そして今回のモンスターも、思考は理解できるが納得はできない連中ばかりだ。
そんなことを考えていると、ニーナちゃんにぐいと手を引かれた。
振り向いたら、ちょっとご立腹の様子。
「イツキ。何か言うことは無いの?」
「言うこと……?」
急に聞かれて俺は少し考え込む。
言うこと、言うこと……あっ!
思い当たった俺は胸の中で手を打つと、ニーナちゃんにちゃんと向き合って、お礼を言った。
「ニーナちゃんのおかげでモンスターを倒せたよ。ありがとう」
「どういたしまして」
満更でも無さそうに答えるニーナちゃんに、俺はもう一度「ありがとう」と重ねた。
本当にニーナちゃんがいなかったら危ないところだった。
いや、まぁいざという時は破魔札がどうにかしてくれただろうが、これは本当に最後の最後の安全策。これを使わずに対処できたということが大事なんだ。
そう思って空を見上げていると、妖精たちが素早く戻ってきた。
その光景はまるで流れ星みたいである。
「他にはいないようです。どうやら、田舎だから放っておかれたモンスターだったようですね。祓魔師に見つからなかったから新しい魔法を生み出したのか、それともモンスターの中で新しい魔法が共有されているのか。……少し、大変なことになりそうです」
イレーナさんはそんなことを言いながら、集めた妖精たちを消していく。
最後の妖精がイレーナさんの手元に戻ってきて、本当に他のモンスターがいないことを確認した俺たちはパトカーで近くの地方都市まで送ってもらった。今日はホテルで一泊して、翌日には東京の予定である。
「何だか疲れたわね、イツキ」
「そうだね、ニーナちゃん」
そう言いながら俺にもたれかかってくるニーナちゃんの重みを感じながら、俺は窓の外を見た。
それにしても新しい魔法か。
……俺もなにか防御系の魔法を生み出さないとな。
そんなことを思いながら俺は雷公童子の遺宝を手先で遊ばせた。
遊ばせている間に、ニーナちゃんは眠ってしまった。
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