第3-05話 田舎に行こう!②

 第三階位か第四階位というイレーナさんの見立てを聞いて、俺はここ最近で第四階位のモンスターってどんなのがいただろうと考えてみた。


 すると、すぐにあるモンスターが思い当たった。

 夜中の学校で先生2人をキューブにしていたやつだ。


 ……結構、めんどくさそうだな。


 俺は眉をひそめると、運ばれてきたメロンソーダを口に含む。


 教室の一室を『開かずの間』にして、閉じこもっていたようなやつである。


 下手をすれば、あんなやつがこんな町にいるのか……。

 次に会うやつは、まともな性格をしていることを祈りつつ俺はメロンソーダを飲み込んだ。


 そして、イレーナさんに聞いた。


「ねぇ、イレーナさん」

「どうされました?」

「本当に120人も行方不明になってるの?」

「えぇ。共有された情報にはちゃんとそう書いてあります」


 そういってイレーナさんはスマホの画面を見せてくれる。


 そこにはPDFに簡単な事件概要がのっていた。

 というか、祓魔師界隈って電子データでやりとりするんだ。うちの会社はまだFAX使ってたぞ。


 なんて、ちょっとしたITの波を感じながら俺は事件概要を見ていくと被害者数の欄で指を止めた。確かにそこには122人と書いてある。相変わらず凄い数字だ。


 その瞬間、PDFファイルが少し暗くなった。

 俺が画面をタッチすると、スマホが光量を取り戻す。

 イレーナさんのスマホ、画面が暗くなる間隔が短いな。


 俺はスマホから視線を外して、ちらりと後ろを振り向く。


「でも、そんなにたくさん行方不明になってるのに……」


 そこには常連客が店主の女性と楽しげに談笑している様子が見て取れた。


 とても普通の光景だ。

 まるで、1ヶ月で100人も行方不明者が出ているとは思えない。


「あんまり慌ててる感じしないよ」

「えぇ、まぁ。それもそうでしょう。この町の人口減少は1年間に平均して240人。行方不明者数は、その半分の数字です。町から人が減っていくのは、この町では普通のことなのですよ」

「どうして減っちゃうの?」

「都会に出るんです」


 そういうものなんだろうか。

 俺は前世も現世も東京住まいだから、そこら辺の感覚がいまいち分からない。


 でも確かにこの町に来てからというもの若者の姿を全然見ていない気がする。

 けど、若者がこの町に残りたがらない気持ちも分かる。だって何も無いのだ。コンビニも、スーパーも、近くにない。見回した限り遊べるような場所がない。そりゃ若者は逃げるわ。


 それで、それが1年間で240人。

 この町の人口規模が多いのか少ないのか分からないけど、行方不明者はその半分だから誰も気にしてないと。


 元から人が減っていく町だから、誰も気にしてないのかな。


 ……うん? いや、待て。それはおかしくないか。

 だって1年間で240人減ってて、今は1ヶ月で120人も減ってるんだろ?

 しかも人口流出じゃない。行方不明者だ。


 減ってるペースでいったら普通の何倍だ? ええっと240を12で割って……。


「ボク、プリン食べる?」

「え?」


 そんなことを考えていたら、店主の女性がプリンを持ってきてくれた。


 急に現れたプリンに目が行く。

 女性が持ってきたのは、ただのプリンじゃなかった。生クリームとチェリーがのった喫茶店仕様である。こんなのお子様ランチでしか見たこと無いぞ。


 俺はびっくりしたが、何よりもびっくりしたのは俺がプリンを注文していないということだ。


 頼んでないのに……?

 なんて心のなかで首を傾げていると、女性は茶目っ気たっぷりに笑ってから続けた。


「お嬢ちゃんばかり食べたらお腹減るでしょ」


 言われて横を見ればニーナちゃんが、もくもくとパンケーキと格闘していた。

 そういえばニーナちゃんって何かを食べる時に喋らないんだね。育ちの良さが出ちゃってる。


 俺はそんなニーナちゃんから視線を外して女性に向き直った。


「良いんですか?」

「良いのよ。サービスだもの」

「ありがとうございます!」


 差し出されたプリンをありがたく頂戴することにした俺は、スプーンをもらうと一口運んだ。


 甘い。

 甘いし、美味しい。


「あら、ニーナもイツキさんもデザート食べるなら私も何かいただきましょうか……」


 イレーナさんもカバンにスマホをしまい込んで、メニュー表を見る。

 さっきまで何か大事なことを考えていたような気がするけど……まぁ、良いか。モンスターが出てくる前に色々と考えていたってしょうがない。


 とにかく夕方になるまでは待ちなんだ。

 戦うよりも前にあれこれ考えても仕方ないし、今はプリンを食べながら待とう。


 イレーナさんはイレーナさんでパフェを頼むと、俺たちは待ち時間を潰すために雑談をした。

 

 主に話したのは夏休みの予定。どこに行くのか、何をするのかである。

 その話を聞いていると、なんでもイレーナさんとニーナちゃんは2週間だけイギリスに帰るという話を聞いた。


 お父さんの命日に戻れなかったから、夏休みを利用して帰るらしい。

 だからこの魔祓いがイレーナさんにとって休み前の最後の任務になるのだと。


 一方で俺は家が建て直った話だとか、夏休みは合宿に行くのだとか、そういう話を代わりにした。


 そんなことよりも先に話すべきことがあるような気がしていたのだが、それが何なのかを思い出せない気持ち悪さがずっと胸の中にある。けれど、それを口にするのも変だなと思いつつ……17時になった瞬間、店主の女性がやってきた。


「ごめんなさい。このお店、17時までなの」

「あら。では、お会計にしましょう」


 見れば常連客たちも帰る準備を始めている。

 17時って早いな。個人経営だとそんな感じなのかな?


 なんてことを思いながら俺たちが会計をしようとして立ち上がった瞬間、お店の店主が俺に向かって聞いてきた。


「ねぇ、ボク。この人、お母さん?」

「ううん。友達のお母さんだよ」

「あぁ、お嬢ちゃんの」

「うん。友達なんだ」


 そういってニーナちゃんを向こうとした瞬間、がし、と強くニーナちゃんに手を握られた。その手は激しく震えている。


「……イツキ」


 さらに呼びかけられてしまって、どうしたんだろうと思って振り返ろうとした瞬間、さらに店主が続けた。

 

「ボクはお母さんはいるの?」

「うん。いるよ」


 店主の後ろを常連客が『またね』なんて言って抜けていく。

 のっと落ちていった太陽が、空の向こうからオレンジ色の光を差し込んだ。


 あぁ、そうか。この町は山間にあるから日が沈むのが早いんだ。

 灯りの付いていない店内に差し込んだ夕日が俺たちの影を伸ばしていく。


 伸ばして、伸ばして、黒く染めていく。


「そうなの良かったわね。ねぇ、ボク。いま幸せ?」

「うん。幸せだけど……」


 変なことを聞く店主だなと思った瞬間、ニーナちゃんが叫んだ。


「イツキ! 待って!」

「き、急にどうしたの? ニーナちゃん」

「前! なんで気が付かないの! 目の前にいるのは、ッ!」


 叫んだニーナちゃんから飛び出した紫色のモヤが俺を包むと、激しく揺さぶる。いや、俺だけじゃない。イレーナさんも同じようにニーナちゃんの妖精が包む。


 包まれた瞬間、バチ、と思考が切り替わった。


 なんで気が付かなかった。

 どうして考えないようにしてたんだ。


 ……最初に思い当たったじゃないか。

 120人も消えているこの状況の異質さに。


 まるで急に夢から覚めたかのように冷静になる俺をよそに、店主が苦々しく呟いた。


『お前、メニューを見てなかったのか』

「……日本語の文章、苦手なのよ」


 いら立つような店主の声に、恥じるようなニーナちゃんの声が帰ってくる。


『しまったな。あぁ。これはしまった。事をいでしまったな』


 次の瞬間、イレーナさんの妖精が店主を激しく打ち付けた。

 その衝撃に耐えきれず、身体からモンスターががされる。


 そして、そこから飛び出してきたのは黒い帽子に黒いスーツを着たモンスター。

 見るからに男性型だが、顔がない。のっぺらぼうだ。


 寄生型のモンスター。

 だが、ただのモンスターじゃない。


 俺は『導糸シルベイト』を展開しながら、冴えた頭で向かい合う。


 どこからか考え方を誘導されていた。

 数字が大きいことに気がついたとしても、大したことだと思わないように。考えないように。

 

 ……どうやってやったんだ?


 その手法を知りたいと思う。

 どのタイミングで仕掛けられたのか、知っておきたいと思う。


『……少し情報を流しすぎたな。強い祓魔師を誘導しようと思っていたんだが』


 だが、それを考えるのは後だ。

 今はこちらのモンスターを祓うのが最優先。


 俺は『導糸シルベイト』を伸ばす。

 狙うはモンスターの首。帽子とスーツの境だ。


『ひゃは……ッ! 大失敗だ……ッ!!』


 モンスターがそう笑った瞬間、俺の『導糸シルベイト』が形質変化。

 首を中心に丸く消し飛ばすと、モンスターは黒い霧になって絶命した。

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