第3-07話 崩壊! 友達大作戦!

 夏休みがやってきた。

 ちなみに、ニーナちゃんと田舎に出張した日からちょうど1週間。


 俺は父親の車に乗って、山梨県の富士山麓に向かっていた。


「そういえば、イツキ。先週出てきた新しい魔法だが、それに対抗するために阻害魔法の性能をあげるらしい。お前のおかげだ」

「本当? じゃあ、パパ。今度『阻害魔法』について教えて」

「む? まだ教えていなかったか。そうだな。合宿が終わればすぐにでも教えよう」


 車の後部座席には3日間の着替えが入ったリュックもある。

 この日のために母親と一緒に買いに行ったものだ。


 どうして富士山に向かっているのかというと、そこに祓魔師たちの訓練を行う訓練場があるからだ。祓魔師の合宿をそこでやるらしい。


 ちなみにアヤちゃんは先に出たらしく、今日は父親と二人きりだ。

 

 さっきから視界の端にはでっかい富士山がずっと見えている。

 この日本が前世でいた日本と全く同じ日本なのか、俺には未だに区別がついていないがそれでも富士山は何も変わることなく存在しているのを見ると、やっぱりここは日本なんだと思う。変な話だ。


「それにしても……合宿で受けるのは本当に『共鳴魔法』だけで良かったのか?」

「うん。だって、他の授業ってレンジさんとパパでしょ? だったら、後でもつきっきりで教えて貰えるかなって思って」

「……う、うむ。そうか。それならば何も言わないのだが」


 ハンドルを握りしめた父親に返すと、短くそんな言葉が返ってきた。


 ちなみにだが祓魔師の合宿と言っても全員が全員、同じ訓練メニューを受けるわけではない。

 どういうことかというと、例えば陸上にも長距離と短距離があるように祓魔師にもそれぞれ適性があって、自分にあった訓練メニューを受けるのだ。


 そして、今回俺が選んだ合宿の内容は『共鳴魔法の使い方』。

 父親が言うには、びっくりするくらいの不人気授業らしい。


 ただ、それも仕方ないかなと思ったりする。


 何しろ今回の合宿はうちの父親――現役の『第五階位』が近接格闘戦を教えてくれる授業と、その父親とペアを組んで戦ってきたレンジさんの魔法講義が同時開催。


 そっちの方が祓魔師の卵たちに人気というのはよく分かる。

 俺も日常的に父親やレンジさんに修行をつけてもらってなかったら、絶対にそっちを選んでいたからだ。


 というか、それを考えると俺の立ち位置って相当恵まれているんだな。

 

 ……まぁ、それを今更噛みしめるというのも変な話だが。

 

「なぁ、イツキ。試しにだが、パパの授業をちょっとでも受けてみないか……?」

「え? でも、パパが昨日言ってたじゃん。合宿は僕と一緒にやってる練習みたいなことはしないって。みんな付いてこれないからって」

「ま、まぁそれはそうなのだが……」

「それにみんなとやるよりも合宿が終わってからパパから直接教えてもらう方が良いと思うんだけど……」

「むぅ……」


 シンプルに俺が思ったことを父親に聞いてみると、わずかに唸ってから黙り込んでしまった。


 そんな変なこと聞いたかな?


 いや、でもそれは父親が言っていたことだ。

 俺は3歳のころから身体作りをしてきたので、多少荒い訓練をしても大丈夫だが他の祓魔師見習いたちが必ずしもそうとは限らない。


 だから、出来ない祓魔師に合わせて合宿を進めることになると。

 

 つまり、言葉を選ばずに言ってしまえばレベルを落として授業をするのだ。そこに俺が混じっても……得るものは少ないだろう。


 それは別に父親に限った話じゃない。

 レンジさんの授業だって同じだ。


 レンジさんとの魔法練習は……確かにここ最近は出来ていなかったものの、基本は週1ペースでやっている。そんな俺が普段の生活で学べないのは『共鳴』だけなのだ。


 これを『共鳴』を学ばずして何を学ぶというのか。

 前世と現世を合わせても過去一と言っていいくらいの学習熱意に溢れている俺は、そういう覚悟で合宿場に向かっているのである。


「イツキがくれば盛り上がると思うのだが……」

「えー。パパの方が人気だよ」


 それに、それにだが、ひょっとしたら合宿で友達ができるかも……!

 なんて思ったりもしている。ただ、父親が教官をやる授業で友達を作るのはハードルが高いだろう。だから、なるべく知らない人が多い環境でやりたいのだ。


 ちなみに、入学前に立てた『目指せ友達10人』の決意は未だに継続中である。

 目標達成まであと8人。遠すぎるだろ。


 その後もしばらくの間、父親と雑談を交わしていると合宿場にたどり着いた。


 合宿の駐車場は色んな車が止まっていたが、どれもこれも高級車ばかり。なんか富豪が集まってキャンプでもやるのかという勢いだ。こういうのを見ると、祓魔師も夢のある仕事だなと思う。高すぎる殉職率に目をつむればだが。


 なんてこと考えながら俺は車から降りて後部座席にあるリュックを手に取って、父親の後を追いかけた。向かう先は合宿中に使う寮である。


「ようこそいらっしゃいました。宗一郎さん、イツキくん」


 寮に入るなり、出迎えてくれたのは施設の管理者と自己紹介してくれた男の人だった。

 とても丁寧に頭を下げて、俺たちを寮に迎え入れてくれた。


「さっそくお部屋に案内いたします。こちらにどうぞ」

 

 父親の話によれば、この寮は4人部屋で合宿中は相部屋を使うらしい。

 余談だが、この合宿の最年少は俺だ。


 合宿にやってくるメイン層は12〜16歳くらい。当たり前だが、『絲術シジュツ』ができるのが大前提だ。


 周りには上級生しかいないから、もしかしたらイジメられるかもしれない。ちょっと心配だ。でも、もしかしたら仲良くできるかも……!


 なんて、期待とも不安ともつかない気持ちで施設の管理者に案内されたのは二人部屋だった。


「……あれ? 4人部屋じゃないんですか?」

「えぇ。宗一郎様と同じ部屋を」

「あ、パパと……」


 なるほど。なるほど?

 まぁ、たしかにそっちの方が良いのか?


 ちらりと父親の顔を見るとちょっと意外そうにしていたので、これは管理者の人が気を効かせてくれたのかも知れない。


 まぁ、でもそうか。

 合宿と言いながら父親と一緒に来た6歳の子がいて、周りの祓魔師たちが12歳以上なんだったら、父親と同じ部屋にするか。常識的に考えれば、誰だってそうする。


 ちなみにだが寮は男女で同じ建物を使っていて、区画で分けられているらしい。

 『女性区画には立ち入らないように』と言われた。なんか合宿ぽいな、とその説明を聞きながら俺のテンションは上がった。


「では、宗一郎さんは10時になりましたらホールにお越しください。そこで生徒たちとの顔合わせになります」

「あぁ。分かった」


 荷物を置きながら、父親が静かにうなずく。


「イツキくんは準備ができたら、第二視聴覚室にいらしてください。すでに先生がお待ちです」

「はい!」


 父親の荷物の近くに自分のリュックを置いて時計を見ると、9時30分。

 『準備ができたら』と言われても、共鳴魔法の練習に何が必要なのか分からないので、俺は普段使っている運動用の服に着替えてから、父親と一緒に部屋を出た。


「イツキ。1人で向かえるか?」

「うん。大丈夫だよ」


 そう返して、俺は階段のところに貼ってある地図を頼りに第二視聴覚室に向かった。


 まぁ相部屋はダメだったが、友達なら訓練でも作れるだろ。

 いや、もしかしたら部屋が一緒というより同じ訓練を受けたほうが友達にはなりやすいかも知れない。だとしたら、共鳴の授業に期待大だ。


 なんて、そんなことを考えながら第二視聴覚室にたどり着いて扉を開けた。

 開けたら部屋の中に1人だけいた若い女の人がびくっ! と身体を震わせて、俺の方を振り向く。


 背が低い女の人だな、と思っていると、あたふたと慌てながら俺の方にやってきた。


「あっ! よ、良かった! 来たぁ! 君が如月イツキくん!?」


 俺のところに走ってやってこようとして、自分の靴につまづいてこけた。

 そんなことある?


 それでも女の人はめげずに、顔をあげて言った。


「はじめまして。し、白雪ルリです! 本日から『共鳴魔法』を担当します。苦手なこと沢山ですが……よ、よろしくお願いいたします!」

「……如月イツキです。よろしくお願いします」


 急に始まった自己紹介に俺が答えると、白雪先生は頑張って作ったっぽい笑顔で言った。


「じ、じゃあ、早速ですけど、『共鳴魔法』の練習を始めましょう!」

「ちょっと待ってください!」

「ど、どうしました? 分からないところとかありました!?」

「そうじゃなくて……。その、僕以外に誰もいないと思うんですけど」


 そういって俺は視聴覚室の中を見回す。

 綺麗な白い机に白い椅子。


 それがたくさん置かれた部屋の中にいるのは、俺と白雪先生だけである。

 しかし、白雪さんは「そ、そうです。イツキくん1人です」と頷くと、続けた。


「『共鳴魔法』は不人気すぎて、今回の合宿で受けてくれたのはイツキくんだけだったんです。笑っちゃいますよね。あはは……」


 そういって乾いた笑いを浮かべる白雪先生の笑いを聞きながら、俺は再び誰もいない部屋の中を見回した。


 なるほど。

 どうやら俺の密かな友達作り大作戦は早々に打ち砕かれたみたいである。

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