第3章 氷華

第3-01話 祓魔師は高給取り

 家が建った。


 梅雨も終わって、7月がやってきて、夏の暑さがこれから本格的になるんだろうな。でももう暑いんだけどな。なんてことを考えていたら、家が建った。


 雷公童子が全部ぶっ壊したせいでバラバラになった家の瓦礫を撤去して、家を基礎から打ち直して、その上に建てるという全面作り直しである。よく半年ちょっとで建ったものだと思うが、話によれば普通の家は今どきだと2〜3ヶ月くらいで経つらしい。


 現世はともかく前世でも家なんてマンションにしか住んだことのない俺には、一軒家がどれくらいで建つなんて知るはずもなく、母親に「家って早く出来るんだね」と言ったらそんなことを教えてもらったのだ。


 とはいっても、ウチは普通の家よりも広いし今どき珍しい和風の建築だし。もしかしたら、それが理由で家が建つのには時間がかかったのかもしれない。ちなみに、引っ越しは1週間も経たずに終わった。


 そんなことをつらつらと考えている俺がいるのは新居のリビング……と、呼んで良いのか分からないが、そういう役割の和室だ。キッチンの隣の部屋で、家族揃って食事を取る部屋である。


 そのリビングにはわざわざ新調してきたローテーブル――そんな御大層な名前で呼ぶのも恥ずかしいが、ちゃぶ台が置いてある。


 そのちゃぶ台の上には白いケーキが置いてあって、チキンが置いてあって、サラダとか、そういうものが置いてある。


 はたから見れば季節外れのクリスマスに見えるかもしれないが、全く違う。

 何が違うってエアコンが冷房で入っているのがまず違う。そして、部屋の中は飾り付けなんてされていない。


 どういう状況なのかというと、家が建ったので霜月家が家族揃って祝いに来てくれたのだ。それで持ってきてくれたのが、ケーキとチキンだったのだ。


 もしかしたら、クリスマスを潰されてしまったので、それをやり直すという意味もあったのかもしれない。流石に無いかも知れない。


 そんなことを考えていたら、俺たちの前にいる大人たちにカメラを向けられた。


「はーい。イツキくん。笑って」


 レンジさんの奥さんである桃花ももかさんに言われて、俺はぎこちない笑顔を浮かべる。俺の隣にはアヤちゃんがいて、俺の膝にはヒナが座っている。


「はい、チーズ」


 そんなことを言って、桃花さんが俺たちの写真を撮ると母親に共有していた。

 なんでチキンとケーキが同時に机の上に出ているのかと言うと、撮影用である。写真撮影が終わるやいなや、俺はいそいそとケーキを箱にしまう。


 こういう記念事では毎回写真を撮られるが、未だに慣れない。


 何でだろう、と考えたらすぐに答えが出た。

 俺の前世の人生は写真を撮られる機会がほとんど無かったからだ。


 冷静に考えれば前世で最後に写真を撮られたのは、印刷会社に入社したばかりの時に社員証の写真を撮った時である。その前は高校の卒業アルバムだ。大学生の時はサークルに入ってなかったし、奨学金があるからとバイトなんてやっていなかったので写真なんてものとは無縁だった。


 そう考えたら、自分の映った写真の枚数というのは人生のメリハリ度を現す指標になるのかも知れない。もしかして前世の俺が映った写真の枚数、下手したら2桁前半とかなんじゃないか……。


 写真について考えていたら、ちょっと恐ろしい事実に思い当たりそうだったので俺は深呼吸して無駄な思考を消した。


 消した瞬間、レンジさんが笑顔で話しかけてきた。


「良かったね、イツキくん。家が建って」

「うん。マンションも良かったけどね」

「本当? 自分の部屋がないのは辛いんじゃない?」


 辛いか辛くないかで言えば、最初は辛かった。

 寝る前の魔法練習は出来ないし、両親に隠れて技名決めの辞書を引く機会も減ってしまったからだ。でも、住めば都とは言ったもので1ヶ月もすれば慣れてしまったのだが。


 でも、そんな話をするわけにもいかず、俺が「全然大丈夫だったよ」と言おうとしたらヒナが俺の服を引っ張って、言った。


「にいちゃはねー。全然つらくないよ! ヒナと一緒だったから」

「あれ? ヒナちゃんと同じ部屋だったの?」

「そ! ヒナと一緒だからつらくないの」

「じゃあ、ヒナちゃんは今1人の部屋なの?」

「うん。でもね、時々にいちゃの部屋にいってるの」

「そうか。お兄ちゃんは優しい?」

「うん! 優しいよ」


 新居に引っ越したタイミングで、ヒナも1人で寝るようになった。

 なったのだが、まだ慣れないみたいで時々俺の部屋にやってきて一緒に寝ている。


 一通りレンジさんに構ってもらって満足したのか、ヒナはそのままアヤちゃんのところに向かった。女の子同士、気の合うところもあるのだろう。


 そんなことを考えていた俺の真横に、レンジさんが座る。


「聞いたよ、イツキくん。1日に2体の第五階位を祓ったんだって? もう立派な祓魔師じゃないか」

「あれは……僕だけじゃないです。イレーナさんの力もあって……」


 レンジさんの言っているのは、ニーナちゃんと一緒に学校に閉じ込められたときの話だろう。


 俺が初めて雷公童子を呼び出すのに成功して、そして同じ日に『導糸シルベイト』の重ね合わせを使った日のことだ。


 あれからもう1ヶ月以上も経つのかと思えば、時間の流れが一瞬すぎて怖い。

 1日1日を大切にしないと、すぐに年月が過ぎ去ってしまいそうだ。


「うん? イツキくんがそう言うなら、そういうことにしようか」

「レンジさんは怪我とかしてないですか?」

「うん。まだね」


 笑うレンジさんのコップに、俺はオレンジジュースを注いだ。

 レンジさんが「悪いね」というのを聞きながら、俺は自分のコップにも入れる。


 これは祓魔師あるあるなのだが、基本的に酒を飲まない。


 飲めないのではなく、飲まない。

 いつ急に仕事が入るか分からないというのもあるだろうし、6年間しかこの世界に足を入れてない俺でも、大人になってから酒を飲みたいかと言われれば首を横に振るだろう。


 流石に、いつどこからモンスターが出てくるか分からないのだ。

 酒を飲んで死ぬのはまっぴらである。とは言っても、前世から俺は酒もタバコもやっていなかったから何も問題ない。平常運転だ。


「イツキくんは魔法の練習をちゃんとやってる?」

「は、はい! 今は『凝術リコレクト』……あ、えっと、イギリスの魔法を練習してます」

「イレーナさんから教えてもらったのかい?」

「ううん。ニーナちゃんっていって、イレーナさんの子供から教えてもらってるんだ」

「あぁ。彼女か……」


 レンジさんはそう言いながら、少しだけ遠い目を浮かべた。

 そういえば前の父親もそうだったんだけど、なんかみんなニーナちゃんの過去に何があったか知ってない? そんなに有名なの?


 とはいえ、イレーナさんから軽く聞いた限りだと流石に深堀りできないような話だったので、俺はそれ以上聞けていないのだが。


「でも、練習しているなら何よりだ。実はねイツキくんとヒナちゃんを、あるものに誘おうと思ってやってきたんだ」

「あるもの?」


 俺は首をかしげる。


「再来週から夏休みだろう?」

「うん。そうだけど」

「夏休みといえば決まってるだろう? 『夏合宿』だよ」

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