第3-02話 共に鳴れ

「夏合宿……?」


 初めて聞く言葉に思わず首を傾げる。


 いや、夏合宿という単語自体は知っている。あれだろ? 強豪の運動部とかが夏休みにやってるやつだろう。何人も集まって練習するやつだ。まぁ俺は前世で帰宅部だったから、合宿なんてしたこと無いんだけど。


「合宿って何するんですか?」

「そうだね。普通だったら魔法の練習とか、身体の動かし方とか、そういうのをやるんだけど……イツキくんの場合は、そうだね。『共鳴』の訓練とかじゃないかな」

「共鳴の、訓練……」


 レンジさんの口から出た『共鳴』という言葉。

 これも、言葉だけは知っている。


 それはヒナを助ける時に、俺が意図せずに使った技術。

 だから、ぶっちゃけた話、実際にそれがどういうものなのかは分からないのだ。


「イツキくんも『共鳴』は知ってるだろう?」

「名前くらいは……」

「えっとね、『共鳴』は祓魔師の中でも扱う人間が少なくてさ。確かに使えるなら便利な技術なんだが……ちょっと軽視されるんだよね。しょうがないんだけど」


 レンジさんはそういって、オレンジジュースを飲んだ。

 俺もレンジさんの後を追うようにしてオレンジジュースを飲む。


「『共鳴』は人を魔法の技術でね。『廻術カイジュツ』や『絲術シジュツ』みたいに、“魔”を祓うのには向いていない。どっちかといえば、『生成り』になった子を助けたり、怪我を治したりする……そういう魔法の技術なんだ」


 レンジさんはそういって笑う。


「でも、正直言って『共鳴』を使うのには魔法の才能がいる。でも魔法の才能がある祓魔師は『共鳴』の技術を学ぶよりも、“魔”の祓い方を学んだほうがよっぽど良い。そっちの方が、より多くの人が救えるからね」

「だったら、僕は……モンスターの祓い方を学ぶべき?」

「でもイツキくんはその歳でもう大体の攻撃魔法は使えるようになったんだろう? だったらさ、共鳴の練習をしても良いんじゃないかなな。ほら、ヒナちゃんのこともあるし」


 そうレンジさんに言われて、俺はヒナを見た。

 俺が『生成り』から助けたヒナを。


 そして、思った。

 確かにレンジさんの言う通りだ、と。


 モンスターの理不尽にさらされた人を助けるために、『共鳴』の技術を学んでおいた方が良い。モンスターはいつどこに現れて人をぐしゃぐしゃにするか分からないからだ。


 だからもし、俺の目の前に生成りになった子が出てきた時に助けれず見殺しなんてしたくない。それに何よりヒナの『生成り』が再発したとしても、それを止めたい。止めれるように、なっておきたい。


 無論、再発しないのが一番だ。


 けれど、俺はヒナがモンスターになって欲しくないと思うし、なったときにヒナを祓えと言われたって断固として拒否する。血は繋がっていないけど、ヒナは妹なのだ。家族だ。だったらヒナを守るために、その技術を学んでおくべきだ。


「あとね、これはここだけの話なんだけど」


 こっそり、と言わんばかりにレンジさんが声を潜めて俺の耳元でささやいた。


「共鳴には『共鳴魔法』と呼ばれるがある。イツキくんは……興味無い?」

「共鳴魔法……?」


 今度は知らない言葉がでてきたな、と思った俺が首を傾げるとレンジさんは楽しそうに笑った。


「ま、噂レベルだけどね」

「……噂ってことは、無いってことですか?


 ちょっと存在が信じられないな、と思って俺は尋ねた。


 というのも、俺がこれまで学んできた魔法はかなり体系化されている。

 どういうことかというと、魔法にはちゃんと学ぶべきロードマップみたいなものが用意されていて、それに乗っかって学べばある程度の才能は関係するものの……それなりに魔法が使えるようになる。


 そういう風に設計されている。

 例外と言えば魔力量の増やし方だろうが、あれは俺が転生したから見つけたバグみたいなものだ。流石に見つかってないことを責められはしない。


 だが、だからこそ疑問がでてくる。

 それだけ体系化されている魔法に『噂話』なんて存在するんだろうか?


 でも俺の疑問なんて、レンジさんはどこ吹く風で、


「どうだろうね。でも、俺は『第七階位』も君が生まれるまでは伝説だと思ってたよ」


 そんな風に肩をすくめた。


 そして、そう言われてしまえば俺も何も言えない。


 確かに祓魔師界隈において『第七階位』は数百年に一度生まれる天才という扱い。従って俺もそういう扱いを受けているのだ。


 決して俺が人に言えないような秘密のトレーニングで魔力量を増やしたなんて誰も考えていないわけである。


 確かにそう言われてみれば『共鳴魔法』という魔法も存在しているのかも知れないという気になってくる。


 来るのだが……まぁ、でもそんな噂話はともかくとして『共鳴』に関しては、将来に備えて学んでおくべきだろう。


 それに何より、夏合宿という響きが良い。

 何が良いって夏と合宿の組み合わせである。一年を通してイベントの時期と言えば夏。そしてイベントの名称である合宿。これら二つの組み合わさった夏合宿というイベントの権化に行かないという選択肢がない。前世と違って現世では人生を充実させたいのだ。



 と、俺が人に言える理由と人に言えない理由の両面から『夏合宿』に行く決意を固めていると、ヒナを母親に預けたアヤちゃんがやってきた。


「イツキくん。久しぶり」

「久しぶりだね、アヤちゃん。元気してた?」

「うーん? ふつう? かも」


 そういってアヤちゃんが笑う。

 その笑顔を見るのが久しぶりだったので、俺も少し懐かしさを覚えた。


 それにしても、本当にアヤちゃんに会うのは久しぶりだ。

 2ヶ月ぶりとかかも知れない。ここ最近はレンジさんが忙しくて、霜月家に行くことが少なかったから。


「そういえばアヤちゃんは友達できた?」

「うん! もうクラスのみんなと友達だよ」

「……そ、そうなんだ」


 小学1年生にコミュ力で負けてしまい、俺は閉口。


「イツキくんは?」


 その返しに純粋な瞳でそう聞かれてしまえば、俺も答えに窮した。

 自分で聞いておいてあれだが、まさか夏休みに入る前なのにクラス全員と友達になってるなんて思わないじゃんね。


「ぼ、僕は隣の席の子と仲良くなったよ! 友達!」

「そうなんだ。他のクラスの子とは?」

「朝あったら『おはよう』って言うよ」


 嘘はついてない。

 ニーナちゃんは家にまで遊びにいった友達だし、他のクラスの子も朝や夕方に顔を合わせればちゃんと挨拶くらいはする。


 そういえばニーナちゃんって夏休みはどうするんだろう?

 

 イギリスに帰ったりするのかな。

 イレーナさんが日本にいるから流石に帰らないのだろうか。


 そんなことを思考の片隅で考えた俺だったが、すぐに考えを切り替える。

 自分で振った話題だが、このまま友達の話題をトーク元にすると誰が困るって俺が困る。


 なので俺は早々に話題を変えた。


「そういえばアヤちゃん。最近、魔法の練習してる?」


 俺がそう聞いた瞬間、一瞬アヤちゃんの表情がこわばる。

 そして、とても苦い顔で言った。


「えっとね、イツキくん。実はね、私……魔法が、使えなくなっちゃったの」

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