第2-27話 学校探検隊②
ごう、と炎が生まれるとモンスターの頭が燃え上がる。
目を凝らすとニーナちゃんの妖精がモンスターの頭を覆うように広がって『属性変化:炎』で燃えているのが見えた。
モンスターは炎を避けるように長い首をぶんぶん振り回すが、妖精はべったりと張り付いているので離れない。
えげつねぇ……。
ニーナちゃんの魔法を見ていると、そう思う。
俺が普段使っている『
絶対にモンスターを祓うという祓魔師たちの覚悟が感じられる。
だが、モンスターはさっきまで水を飲んでいた蛇口に頭をつっこむと鎮火。前世で運動部が真夏に同じことをやって涼んでいたのを思い出す。
そして完全に鎮火したモンスターの長い首がぐるりとねじれて、俺たちの方を向いた。
顔にある2つの目が俺たちを見る。
だが、その目の大きいこと大きいこと。顔の半分くらいはありそうだ。それが2つ、全く別の動きで俺たちを見る。不気味だ。
『の、喉、喉がぁ! 乾いて、乾く、乾いたのォ……』
耳元まで裂けたような口が開くと掠れたような、雑音の入ったような、とりとめのない声が放たれて耳を貫く。
その声を聞いた瞬間、しばらく忘れていた生理的な嫌悪感が俺の足元からぞわりと駆け上がってきた。
そうだ。本来、モンスターとはこういう生き物だ。
キューブとか球とか、そんな下らないことで騒ぐようなのは一部なのだ。
俺は素早く『
いま、俺の頭の中にはいくらでも目の前のモンスターを祓う方法が思い浮かんでいる。
モンスターの長い両手両脚を縛り上げて、断ち切ってしまえば良い。
『
あるいは、先週見た球状に削り取る魔法を真似しても良い。
だが、それでは意味がない。
だって、俺がここにいるのはニーナちゃんにモンスターの祓い方を教えるためだ。
ニーナちゃんが俺に『錬術』と『凝術』を教えてくれたように、俺はニーナちゃんが祓魔師になるためのお手伝いをしないといけないのだ。
「ニーナちゃん。もう一度できる?」
「…………ふっ」
ニーナちゃんの呼吸が浅い。顔色も悪い。
ここはいったん距離を置いたほうが良さそうだ。
『か、かわ、皮ぁ! こっ、子供の皮、が、ほ、ほし、欲しいのォ……!!』
ばき、と割れたガラスをその長い手が押さえつける。
右の足が壁に、左の足が地面に接する。
まるでアメーバみたいだ。
そして、モンスターの口が大きく開かれる。
ばっくりと開いた口から無数の歯が見えた。
「ごめん、ニーナちゃん」
バジッ! と、俺の全身を雷が走る。
雷公童子の遺宝を使った全身強化だ。
俺はそのままニーナちゃんを抱き抱えると、思いっきり地面を蹴った。
『お、おんな、女の子! わ、わたし、私も可愛い女の子になりたァい!!』
同時にモンスターが飛んで、噛み付いてきた!
まるでバッタみたいな動きに思わず、気持ち悪さが勝つ。
しかし、俺たちには当たらない。先に逃げているからだ。
逃げる俺たちを見たモンスターは、長い四肢をまるでゴキブリのようにせわしなく動かすと、当然ながら追ってきた。
「ニーナちゃん! もう一度、やれる?」
『廊下は歩きましょう』と書かれたポスターの横を全力で駆け抜けて、ニーナちゃんに意識を取り戻させるために大声で叫ぶ。
それにニーナちゃんは真っ青な顔色をして応えてくれた。
「……っ! 燃えて……ッ!!」
モンスターの両手が床のタイルに触れた瞬間、発火。
それによりモンスターが手を滑らせると、前方につんのめって頭を大きく打ち付けた。
ゴッ! と、重たい嫌な音が響いてモンスターの頭がタイルに激突。
だが、タイルの方が負けて凹んだ。硬すぎだろ、頭。
しかし、モンスターは頭が地面に触れたまま四本の腕を這わせてこっちに向かって走ってくる。執念が凄い。
『か、皮を被ってぇ! あ、あたし、わたし、私も! 美少女にィ!』
皮被って美少女になりたいならVtuberになれば良いんじゃないか。
こっちの日本にYouTubeがあるかどうかは知らないけど。
「い、イツキ! 前!」
「……うん。分かってる」
次の瞬間、お姫様抱っこしているニーナちゃんが俺の服を引っ張って前を指差す。
そこには音楽室の入り口が迫ってきていた。
当たり前だが、学校の廊下は無限じゃない。すぐに終わりが来るのだ。
「ニーナちゃん。しっかり捕まってて。
「え? ひゃぁ!」
俺はそのまま床を踏み抜いて跳躍。
音楽室の扉を蹴って後ろに飛ぶことで、強制的にUターン。
そのまま『
後は重力に任せて廊下に着地。
そのまま、いま来たばかりの方向に向かって走って戻る。
「な、何!? いま何したの、イツキ!!?」
きょろきょろするニーナちゃんが、俺を見て、音楽室にツッコんでいくモンスターを見て、もう一回俺を見た。
「……別に、何もしてないよ」
俺なりに見様見真似でやってみたワイヤーアクションだったが、何とかUターンを成功させることができて、内心ほっと胸を撫でおろす。
いつぞや森で戦った『第五階位』のモンスターの真似ごとだったが、向こうはもっと上手く身体を操作していた。それに父親やレンジさんだったら運動神経が良いから『
まだまだだな、と思う。心底そう思う。
ニーナちゃんにモンスターを祓う方法を教えているが、俺はまだまだ教わる側の人間なのだ。
そして、俺たちが目の前からいなくなったことに気が付かないモンスターが勢いそのままに音楽室に突っ込む――直前に、俺はそれを『
鏡が割れて、タイルが凹んでいるのだ。
流石にこれ以上、学校を壊させるわけにはいかない。
そして、『
「今度こそ、モンスターに
「……そうね、今度こそ」
ニーナちゃんはさっきよりも落ち着いた様子で、わたわたともがいているモンスターを見た。見ながら言った。
「祓って」
その願いを聞き入れた妖精がモンスターの
次の瞬間、モンスターの口から炎が溢れだした。
苦しみに悶えるようにモンスターが全身をばたつかせる。
大きな目がどろりと溶けて、燃え盛った。
流石にそれには耐えきれなかったのだろう。
モンスターが死んだ。
死んで、黒い霧になった。
しゅぅ……と、換気中の窓から霧が抜けていく光景を見て、俺は思わずニーナちゃんに向き直った。
「やった! やったよ! ニーナちゃん!!」
ニーナちゃんはその光景を受け入れられてないのか、しばらくぽかんとした顔で音楽室の扉を見ていると、ぽつりと言葉を紡いだ。
「……う、嘘。祓った、本当に、私が……?」
「そうだよ、ニーナちゃんが祓ったんだよ!」
次の瞬間、ぱっと顔色が変わってニーナちゃんは俺に抱きついてきた。
「や、やった! やったわ!!」
女の子に抱きつかれた経験なんて前世も現世も合わせてヒナしか無い俺は思わずびっくりしてフリーズした。いや、3歳の時にアヤちゃんに押し倒されたな。
「わ、私でもモンスターを祓えたわ! これで、私も
「そ、そうだよ。これでニーナちゃんも祓魔師だよ!」
「イツキが教えてくれたからよ!」
ばっ、と俺から離れてニーナちゃんは笑顔で言う。
思わずその笑顔を見て、どきっとしてしまった。
そういえば、本当にそういえばなのだが、ニーナちゃんの笑顔を見るのは初めてかも知れない。いつも仏頂面だったニーナちゃんが笑うと……なんというか、こう破壊力が凄いな。
「イツキのおかげで、私も
そういって目を輝かせるニーナちゃんに、俺は照れくささを隠すために言った。
「ううん。まだ、イレーナさんがニーナちゃんを見直すかどうかは分からないよ」
「そ、それくらいは分かってるわよ。でも、だからこそママをびっくりさせるために頑張るの! 強くなるのよ! イツキと一緒に!」
目をキラキラさせるニーナちゃんに、俺は言葉を失って……そして、頷いた。
「そうだね。一緒に頑張ろう!」
俺がそう言うと、ニーナちゃんははっとした表情を浮かべる。
ころころ表情が変わる。入学式の時とは大違いだ。
「イツキ、大変。時間が!」
「時間? あっ!」
そういえば、ニーナちゃんは門限があるんだった。
俺たちは『廊下は歩きましょう』と書かれたポスターの横を二人で歩いて抜けながら、1年生の教室がある2階に降りた。
降りる途中にニーナちゃんは嬉しくなったのか、握っていた俺の手を更にぎゅっと強く握った。
……なんかこれ、恥ずかしいな。
何を今更、と自分でも思うが恥ずかしいものは恥ずかしいのである。
しかし、手を振り払うのも変な話だ。
だから俺は自分の意識をそらすために、話題を振った。
「ねぇ、ニーナちゃん。学校の噂話知ってる?」
「噂話? なんの噂話?」
学校のトイレに不審者が出る、という怪談を聞いた時に、俺はふと思い出した話がある。
多分、それはトイレの怪談と
「学校にある階段はね、上るときと降りる時で段数が違うんだって」
「その話、本当なの? ちょっと信じられないんだけど」
「噂だよ」
それは良くある冗談として俺は言ったのだが、ニーナちゃんはちょっとムスッとした顔をして、
「……数えてみるわ」
「え?」
「だから、気になるから数えてみるの!」
そういうと、3階から2階に降りる段数を数えはじめた。
急にどうしたんだろう、と思ったけどモンスターを初めて祓ってテンションが上がっているのかも知れない。俺も初めてモンスターを祓った時はテンションがあがったのを覚えている。
……いや、上がったっけ?
昔のことだから覚えて無いや……。
そんなことを思っていると、踊り場まで降りたニーナちゃんが振り向いた。
「何段だった?」
「13よ」
そういうと、もう一回登りながら段数を数え出した。
そして、数え終わると渋い顔をして俺の方を振り向いた。
「どうだった?」
「13よ。変わらないじゃない」
「……だから噂だって」
俺はそう返して、今度は二人で一緒に階段を降りた。
そういえば、こういう学校の怪談って誰が最初に言い出したんだろう。
トイレに不審者というのはモンスターを見たということで分かるのだが、階段の段数が1段増えるはちょっと分からない。
そんなことをするモンスターがいるとは思えないからだ。
なんて、どうでも良いことを考えながら1年1組の教室に入ってランドセルを持った時に俺は違和感を覚えた。
……なんか、音がしないな?
グラウンドの方を見る。
普段だったらこの時間は校庭で遊んでいる児童がいるのだが、今日に限っては1人もいない。時間はまだ16時30分。
もう全員帰った?
そんなこと、あるんだろうか。
「イツキ。どうしたの? 帰らないの?」
「ううん。帰るよ」
ランドセルを持ったニーナちゃんの後を追うように、俺も黒いランドセルを持って教室から出る。
靴箱に行く。
その途中で誰にも会わない。
いや、別に珍しい話じゃない。
1年生はみんな帰ってるからだ。
でも、音がしないというのは……。
「……あれ?」
「どうしたの? ニーナちゃん」
「見て、イツキ。
ニーナちゃんが指差した先にあるのは下駄箱。
そこには普通、下校した生徒のシューズが入れてある。
けれど、無い。何もない。
うちのクラスだけじゃない。他のクラスもだ。
1年2組、3組、2年生の使っているシューズ入れにもシューズが無い。
そこには、あるはずだ。
あるはずなのだ。
だってみんな下校しているんだから……。
その時、ふっと西日が強くなった。
そしてそれを追いかけるようにグラウンドに影が降りていく。
……ありえない。
まだ、6月だ。暗くなるのは18時とかで、まだ17時にもなってないのに暗くなるはずがない。無いはずなのに……!
「な、何? 急に暗くなって……?」
「ニーナちゃん。帰ろう。急いで!」
何かが起きている。
俺の知らない何かが、このタイミングで。
俺はニーナちゃんの手を引いて早く靴に履き替えると、グラウンドに出た。
出た瞬間、校舎に戻っていた。
「……なんで?」
俺はそういうと、もう一度外に出ようとするが出られない。
まっすぐ学校の入り口を通り抜けたはずなのに、目の前にはニーナちゃんがいる。
二人して、あっけにとられた顔を浮かべる。
何が起きたのか全く理解できない。
出来ないけれど、外に出れなくなったことだけは理解できた。
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