第2-28話 学校探検隊③

「ちょ、ちょっと。イツキ。なんで戻ってきたの?」

「……僕も知りたい」


 グラウンドに向かって出たと思ったら目の前にニーナちゃんの顔があった。

 全然意味が分からない。どういうことなの?


「出たと思ったら戻ってきちゃった」

「ほ、本当? なんで?」

「……分かんない」


 本当に、分からない。

 これまで色んなモンスターの話を見て聞いてきたが、人を学校に閉じ込めるモンスターの話なんて聞いたことがない。


「もしかして、出られないの……?」

「ニーナちゃんも試してみて。もしかしたら、僕だけかも」

「う、うん」


 俺がそう言うとニーナちゃんは半信半疑といった具合で、学校のエントランスから外に出た。出ていったと思った瞬間、入り口から戻ってきた。


「なんでイツキがここにいるの?」

「いや、ニーナちゃんが戻ってきたから……」


 戻ってきた、という表現が正しいのかは分からない。

 ただ、分かるのは閉じ込められたということだ。

 

「ど、どうすれば帰れるの!?」

「そうだね……。とりあえず他の場所から出られないか試してみよう」

「う、うん。そうね」


 ややパニックになりかけたニーナちゃんを落ち着かせると、俺はそう言った。


 学校の入り口はここだけじゃない。他にも来客用の入り口や、体育館に向かう出口。

 あと、うちの学校は外から保健室に入れるように保健室にも扉があるのだ。


 だから、そこを片っ端から回ってみれば良い。


 そう思って移動しようとした瞬間、ニーナちゃんが窓を指さした。


「ねぇ、イツキ。そういえば窓からは出られないの?」

「やってみよっか」


 俺は近くにあった窓の鍵を背伸びして外すと、窓を開くために押した。

 しかし、返ってきたのは酷く重たい感触。


 ぜ、全然動かない……!

 錆びてるってレベルじゃないぞ……ッ!


 強く押してみるが全く窓は開かなかった。

 どうしよ、『身体強化』して押したら開くかな。


 そう思って窓を見る。

 窓枠壊れそうだな。止めとこう。


 他の窓が開くかどうかも試してみたのだが、どれも同じようにびくともしなかった。


 全部の窓枠が錆びていて動かないなんてことはありえないので、恐らくこの窓にも出入り口と同じように不思議な仕掛けがされていると考えるのが丸い気はする。


 最悪、本当に最悪の場合は窓ガラスを割って外に出れば良い。

 それで外に出られるとは思えないけど、そういう選択肢があるということは頭に入れておこう。


「とりあえず、最初は体育館に行ってみよっか」


 俺はニーナちゃんの手を引いて、体育館につながる出口に向かった。

 


 結論から言うと、全ての出入り口が駄目だった。

 もちろん体育館の他にも保健室や来客用の出入り口に向かったのだが、そのどれもが最初の出入り口と同じ結果になったのだ。


 つまり、外に出ようとしたのに出られなかったわけである。


 しかもそうこうしている内に、外では恐ろしい速度で太陽が沈んで夜になる。

 暗い上に電気も点かないので、俺たちは月明かりを頼りに校内を徘徊した。

 だが、そんな暗闇だというのに学校にある時計はどれも16時45分を指している。


 もう何が起きているのか全くもって理解ができない。


 ここに父親かレンジさんがいて欲しいと本気で思う。


「……ど、どうしよ。イツキ。どうしたら良いの? ね、このままだと私たちずっとここで暮らすことに」

「ううん。そうはならないよ。とりあえず窓ガラスを割ってみよう。危ないから離れてて」


 俺たちが頑張って背を伸ばせば出られそうな窓に向かって、俺は『導糸シルベイト』を伸ばす。そのまま魔法を使って窓ガラスを壊そうとした瞬間、廊下の奥から懐中電灯の光が差し込んだ。


 ……なんだ?


 光に反応した俺が『導糸シルベイト』を光の持ち主に向ける。

 瞬間、懐中電灯を持った人物の顔が見えた。


 だが、俺の警戒とは裏腹に、そこにいたのはとても見慣れた人で、


「イツキくん? ニーナちゃん?」

「せ、先生!?」


 そこには、混乱と困惑の表情を浮かべた担任の先生がいた。


「も、もしかして二人も出られなくなったの!?」

「もしかしてって……先生もですか!?」

「そ、そうなの! 日誌を教室に忘れちゃって取りに戻ったら誰もいなくなってて……。職員室に誰もいないし、急に真っ暗になるし……。スマホもパソコンも圏外だし……もう、先生もどうして良いか……」


 そういって先生はその場にへたりこんでしまう。

 それを大人失格だなんて責めることはできない。

 

 急にこんなことに巻き込まれてしまえば、そうなるのが当然なんだ。

 モンスターという存在を知ってて、魔法という存在を知っている俺たちですらも何が起きているのか分からないのだから。


 魔法を知らない普通の人である先生がパニックになって取り乱していないだけ、冷静と言えるかも知れない。


「……イツキくんたちは、何をしてたの?」


 先生にそう聞かれて俺は正直に伝えるべきかをちょっと迷って、結局正直に言うことにした。


「どこからも出られなかったので、窓ガラスを割って外に出ようと思って……」

「え、えぇ!? で、でも確かに! そうすれば出られるかも!」


 そういって懐中電灯を拾って立ち上がった先生は少しだけ希望を見た顔で続けた。


「確か工具入れが職員室にあるの。そこにハンマーがあるから、窓を割ってみよう!」


 急に乗り気になった先生が懐中電灯を職員室のある方向に向けると、その光の方向から、ひた、ひた、という足音が聞こえてきた。


 裸足で床のタイルを踏みしめているような音。

 もしかして、他にも学校に閉じ込められている児童か教師がいたのか。


 そう思って俺が廊下の先に視線を送ると、果たしてその先からやってきたのは身長が2mもあるかのような巨大な人だった。


 けれど、その全身は雑巾みたいに絞られていて、あっちにいったりこっちにいったりと、やじろべえみたいな感じで歩いてくる。


『み、右ィ。左ィ。右ィ……』


 ぼそりぼそりと口にしながら、こちらに歩いてやってくるモンスターに懐中電灯の光があたった瞬間、先生が口を開いた。


「だ、誰ですか。あなたは!」


 ……モンスターが見えてる?


 先生が元から霊感を持っていたからなのか、それともこんな異質な状況が見せているのか分からなかったが、先生は俺たちの壁になるように前に出た。


「こ、こっちに来ないでください! 警察呼びますよ!」

『ひ、左ィ。右ィ。続けて右ぃ……!』


 さっき圏外だって言ってたような? と思ったが、相手に警告するのに真実である必要もない。


 俺は先生が気を引いている間に生み出した『導糸シルベイト』を、モンスターに伸ばす。そのままモンスターの首を跳ね飛ばそうとした瞬間、


「……ん?」


 俺の『導糸シルベイト』が『形質変化』しなかった。


 なんだこれ?

 俺はもう一度、『導糸シルベイト』を伸ばす。


 糸は伸びる。『絲術シジュツ』はちゃんと出来ている。


 けれど、その先に変化しない。

 魔法にならない。ただ魔力を練って伸ばしているだけだ。


「ニーナちゃん。僕の代わりに、お願い」

「……うん。分かった」


 ニーナちゃんは俺の手を痛いくらいに握りしめて、祈った。


「燃えて」


 ニーナちゃんの頼みを聞き入れた妖精がモンスターの身体を発火させる。

 

「えっ!? 燃えた!!?」


 急に発火したモンスターに驚いた先生が声をあげる。


 ニーナちゃんは魔法が使えるのか。

 

 ……ん? じゃあなんで俺は使えないんだ??


 疑問は深まる。

 深まるが、目の前のモンスターが動いているのを見て俺は身構えた。


 当たり前だが、昨日の今日で魔法が使えるようになったニーナちゃんがモンスターを一撃で祓えるわけがない。

 さらに言うなら、目の前にいるモンスターは目も口も絞られて閉じているので妖精が身体に入り込む隙間が無いから手足の長いモンスターを祓った方法も使えないのだ。


 他の手が無いか俺が探っていると、ぶつ、と急に校内放送のスピーカーが起動した。


『あ、あァ〜! テステス。マイクのテスト中。これ聞こえてるのかしら? 聞こえてるなら返事しなさいよ。如月イツキぃ!』


 聞こえてくるのは、あまりの音圧にすっかり割れてしまっている声。

 なんとなく聞き覚えのある口調に、嫌な予感がした。


『ようやく捕まえたわ。アンタ、よくも私の可愛い可愛い妹たちをぶっ殺してくれたわねェ……! よって判決は死刑ェーッ! 首ねじ切って、身体を1辺5cmの立方体キューブに切り分けて多摩川に流してやるわ! それで残った頭を磨いて磨いて球にしてボーリングで遊んでやるわよッ! 眼球くり抜いて指ツッコんでやるから覚悟しとけよ、オラァ!』


 キィィィイイイン!

 と、マイクのハウリングの音が響く。


『ただで死ねると思うなや、如月イツキぃ……! この学校にはアタシが生み出した可愛い可愛い妹たちがアンタを探して歩き回ってるッ! 魔法を使えぬ己の無力さを噛み締めながら死ねやクソガキがぁ!!』


 このモンスター口が悪い。

 とにかく口が悪いのだが、そんなことよりも……この状況、とてもマズい。


 何がまずいって、今のこいつの言葉だ。

 モンスターをのは、『第五階位』以上。そんな馬鹿みたいに強いモンスターがずっと俺を狙っていたのか。


 道理でこの学校、モンスターが多いわけである。


 いや、納得してる場合じゃないな。

 あのモンスターの口ぶりからして、どうやら俺だけが狙い撃ちされているっぽい。


 ……あぁ、クソ。

 死にたくない。

 

 ぞわり、と久しぶりに俺の身体を恐怖が包む。


 せっかくこの歳まで頑張って頑張って強くなってきたんだ。

 死にたくないために、生き残るために強くなってきたんだ。


「……ふっ」


 息を吐き出す。


 脚が震える。久しぶりだ。

 久しぶりに、恐怖が俺を離さない。

 

「イツキ……?」

「イツキくん。今の声って……」


 先生とニーナちゃんが俺を見る。

 モンスターが起き上がる。ひたひたとこっちにやってくる。


 目の前にいるモンスターを祓わないといけない。ニーナちゃんと先生に状況の説明もだ。

 それに、ずっとここにもいられない。早く抜け出す方法を探さないと。


 いま俺は何をすべきなのか。どうすれば良いのか。何からするべきなのか。

 思考の中がぐちゃぐちゃになって、情報がとりとめなく頭の中を流れていく。


 ――あぁ、そういえば。

 新卒のときに、社長から『最初にやるべき仕事は優先順位を付けること』なんて、言われたっけな。


 息を吸い込む。

 息を吐き出す。


 だとすれば、俺がいまやるべきことは、


「……しッ!」


 俺はニーナちゃんと先生の視線を振り切るように、前に踏み込んだ。


 以前、近接戦の訓練をしている時に父親が言っていた。

 普通の祓魔師は、遠距離魔法と近接戦のどちらかしか鍛えないから死ぬのだと。

 だから、俺には両方を教えるのだと。


 あぁ。つまりは、そういうことだ。


「はぁッ!」


 俺はモンスターの手前で大きく踏み込むと、跳躍。

 突然の俺の動きにモンスターは対応できず、その場で硬直した。


 なんというチャンス。

 父親だったら、絶対にそんな隙など作ってくれない。

 だから俺は一切避けようとしないモンスターに向かって、全体重を乗せた蹴りを叩き込めた。


 ドウッッツツ!!


 まるで、車が激突したような重たい音を立ててモンスターが吹き飛んだ。


 当たり前だ。

 その技は自分の身体を砲弾に見立て、最も重たい一撃を放つ。

 そうであるが故に名を『躰弾テイダン』と言うのだから。

 

 モンスターは吹き飛んだ勢いそのまま廊下の壁に激突し、頭をぶつけて気絶。

 だらりと力の抜けた手足を、地面に垂らしていた。


「……ニーナちゃん。先生。何があったのかは、後から説明するから」


 俺はその姿を見ながら速る心臓を押さえつけるように、平凡をよそおって言った。


「今は、ここから逃げよう」

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