第2-26話 学校探検隊①

 あれから1週間が経った。

 子供の興味の移り変わりは早いと言うが、ニーナちゃんの興味は移ろうこと無く未だに魔祓いにある。


 だから、俺たちは朝早く集まって1時間ほど体育館の裏――ここなら誰も来ない――で魔法の練習をし、放課後はニーナちゃんと一緒にモンスター探しの散歩をするというのを繰り返していた。


 モンスター探しの散歩とは何かという話なのだが、これは正に言葉通りで俺が提案したものである。


『まずはモンスターを見るのに慣れるところじゃないか』という素人丸出しの意見をニーナちゃんに話したら『それもそうね』と言って採用していただいたのだ。


 ちなみにだが、ただモンスターと会いたいだけなら俺が無節操に魔力を放出すれば良いだけなのだ。それをするだけで、俺の周りには虫がたかる真夏の夜にともしたライトのようにモンスターが集まってくるだろう。


 しかし、それはマズい。

 何がマズいのかというと、これではどんな強さのモンスターがやってくるのか分かったものじゃないからだ。


 第一階位、第二階位くらいならまだ良い。

 だが、第五階位や下手すれば第六階位までやって来かねないそれを、俺は使えるはずが無かった。


 というわけで、俺たちは足を使ってモンスター探しをしているわけである。


 ちなみに、今もその途中だ。

 ランドセルを持ったまま俺たちがどこを歩いているのかというと、学校の中。


 時間はすでに16時を超えた。


 そろそろニーナちゃんが帰らないといけない時間帯なので、ちょっと焦ったように学校の中を歩いている。


 この一週間で色んなところを軽く歩いてみたのだが、結果として分かったのは『モンスターを探すなら学校』という結論だった。やっぱり子供が多いうのでモンスターからすれば魔力が簡単に手に入る絶好の狩場なんだろう。


 他の場所よりも断然、会う確率が高かった。


「イツキ! 今日は4階のトイレに行ってみるわよ!」

「トイレ? なんでトイレ?」

「今日聞いたのよ。夕方になると、あそこにはモンスターが出るんだって」

「モンスター?」

「そうよ。髪の長い女の人が出るらしいわ」


 俺は言葉を繰り返す。

 しかし、トイレにモンスターね。


 ありがちというかなんというか、怪談の鉄板ネタだよな。


 だがまぁ、動物が生きていく中で無防備になる瞬間は睡眠中と排泄中と交尾中というくらいだし、その内の1つに該当するトイレにモンスターが出てくるというのは……うん、まぁありえない話ではない。


 とは言っても俺は学校のトイレでモンスターに会ったことは無いのだが。


 そんなことよりも気になるのは、ニーナちゃんがどこでその話を聞いたのかだ。こういうこと言うとなんだか重たいが、ニーナちゃんが学校で俺以外の人と喋っているのを見たことが無いんだけれど。


「ねぇ、ニーナちゃん。その話はどこで聞いたの?」

「……トイレ」

「え?」

「だから! トイレで噂話を聞いたの! 文句ある?」

「う、ううん……。無いよ……」


 俺はニーナちゃんに圧をかけられて、思わず謝ってしまった。

 いや、まぁ、これは俺が悪いよ。


 ニーナちゃんは話題を切り替えるように「ふん」と鼻を鳴らした。

 

「次こそはモンスターを祓ってやるんだから」


 次こそ、というのは一昨日に出会ったモンスターのことだろう。


 生徒が帰った音楽室からピアノをく音がするということで、俺たちが覗きに行くとでっかい人差し指の姿をしたモンスターが無言で、ピアノを弾いていた。


 俺はピアノに詳しくないが人差し指1本で弾ける音楽はそんなに無いらしく、やけに単調な曲だったのを覚えている。


 んで、その人差し指が俺たちに気がつくや否やこっちにぴょんぴょんやってきたので、俺が祓ったのだ。その横では、ニーナちゃんが顔を真っ青にしていた。


 多分、あれは第一階位だったな。


「ねぇ、イツキ」

「どうしたの? ニーナちゃん」

「実は私、ちょっとだけ『凝術リコレクト』が分かってきたのよ」

「え、そうなの?」

「ほら、見て」


 ニーナちゃんはそう言うと、手元に紫色のモヤを出した。

 これが彼女の妖精だ。とは言え、不完全だけど。


「お願い。燃えて!」


 ニーナちゃんがそう願う。

 次の瞬間、俺の目の前で紫色のモヤがぶるりと震えると、ぼっ! と炎になった。


「えっ! 本当に燃えてる!」

「これはね、『鬼火ウィルオウィスプ』って呼ぶの。『凝術リコレクト』の基礎の基礎よ!」


 そういって嬉しそうにするニーナちゃん。

 俺はその燃え盛る炎を見ながら、ちょっとだけ分析。


 やっていることは、『属性変化:火』だろう。

 ただ、『導糸シルベイト』と違って、ニーナちゃんの魔法は術者が何かをしなくても、妖精が勝手に自分の身体を変化させている。


 それはつまり、1人で2人分の動きができるということだ。


 メリットが大きいというどころじゃない。


 だから、俺も早く使えるようになりたくてニーナちゃんに聞いた。


「ねぇ、ニーナちゃん。どうやって使えるようになったの?」

「うーんとね、あの時にママがやってた魔法を真似してみたの」


 あの時というのは1週間前のあれだろうか。

 しまったな。イレーナさんの登場に意識を持っていかれていて、魔法をちゃんと見れていなかった。


「えっとね、魔力が周りに散らばらないように魔力を2つに分けるの」

「2つ?」

「そう。核になる魔力と、それの周りを囲う入れ物の魔力の2つ」


 そういえば、ニーナちゃんがウチに遊びに来た時も似たようなことを言ってたな。


 入れ物があるとやりやすいと。

 なるほど、だから魔力でそれを代わってやれば良いのか。


 ……俺はまだ人形相手で挑戦しては無いんだけど。


 でも、ニーナちゃんの言葉でちょっと閃くものはあった。


 これはつまりあれだ。

 俺がいつか『錬術』の時に試してミスった、大福のように魔力を展開する手法じゃないのかな。いや、大福でもアンパンでもカレーパンでも良いんだが、とにかく中身と外側の魔力の質を変えるということだ。


 なるほど、後で試してみよう。


 そんなことを思いながら俺たちが噂の4階のトイレに行くと、水漏れのような音が聞こえてきた。誰かが蛇口を開けっ放しにしたのだろうか。それともトイレが壊れたまま放置されているのだろうか。


 そんなことを思いながら俺たちが恐る恐るトイレに向かって顔を伸ばすと――モンスターがいた。


 黒い髪はボロボロで、乱雑に伸びている。皮膚は荒れていて栄養状態はとても悪そうに見えた。それになによりも首が長かった。首だけで1mあるんじゃないだろうか。いや、長いのは首だけじゃない。腕も、足も、それぞれ1mはある。


 なんとも言えないチグハグなやつ。

 俺はソイツを見て、そんな印象を受けた。


 しかもソイツは手洗い場の床と天井と壁に腕と足を蜘蛛の巣みたいに伸ばして身体を固定しながら、蛇口の水を飲んでいた。……うーん。気味が悪い。


 けれど、バレてはいない。

 バレていないのなら、チャンスだ。


「ニーナちゃん。今のうちに、魔法を」


 俺が小声でそういうと、ニーナちゃんはガクガクと震えながら俺に向かって、何かを探すように手を伸ばした。


「……イツキ、手、握って」

「うん」


 前もそうだったので俺はニーナちゃんの手を取ると、ニーナちゃんは少しだけ落ち着きを取り戻した。取り戻したように、見えた。


 そして、彼女は大きく息を吸い込むと妖精をモンスターに向かって飛ばした。


「お願い! 燃えてっ!」


 ニーナちゃんがお願いをした次の瞬間、モンスターの頭が大きく燃え上がった。

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