第36話 第七階位

 俺がその魔法を生み出そうと思ったのは、森で『第五階位』のモンスターを倒した後だった。


 あれだけ強いモンスターが市街地みたいな人の多い場所に現れた時に『隕星ながれぼし』は使えないだろう。だから、それ以外の方法で祓わなければならない。そう思ったからこそ、俺は新しい魔法を生み出そうと思ったのだ。


 結果として生まれたのは、もっと凶悪でもっと強烈な魔法だったのだが。


『ほう。夜這よばい星よりも威力の大きなまじないを持っていると?』

「うん。そうだよ」

『奇妙なことを言うものだな、わっぱッ! どうやって星よりも威力を高めるのだッ!!』


 その雷公童子の問いかけも最もだろう。


 魔法を知らなかったら俺だってそう思っていた。

 『属性変化』を基礎属性だけしかおさめていないと時だったら俺だってそう思っていた。


 だが、『属性変化』には


 『属性変化』は基礎属性を組み合わせることで、『複合属性』になるのだ。

 それを知らなければ、俺だって『隕星ながれぼし』を超える魔法を生み出せるとは思わなかっただろう。


 俺が最初に使った『複合属性』は『風』と『火』を混ぜ合わせた『爆破』属性。

 たった2つの『導糸シルベイト』を編み込むことで、魔法の火力は基礎属性の約30倍に跳ね上がった。無論、魔力消費も同じだけ跳ね上がるのだが。


「本当は使いたくないんだ。僕はこの魔法を……実は、ちゃんと使ったことがない。途中で怖くなって辞めちゃったから」


 それは、気付きだった。

 ある1つの疑問から、生まれた魔法だった。


『不完全の魔法で我に啖呵たんかを切るか、わっぱッ!』

「ううん、不完全じゃないよ。完成はしてるんだ。でも、この魔法は威力が強すぎてどこまで壊れるか僕にだって


 複合属性の練習中、俺は魔法使いとして、そして元印刷業に関わるものとして当たり前の疑問に至った。


 果たして、3つ目の属性をかけ合わせたらどうなるんだろうと。


 俺がそこに至った必然は、印刷で使う色がたった3色――厳密には4色――しかないというところから来ている。


 色の三原色と呼ばれるそれは、たった3色であるが組み合わせによってどんな色だって再現できる。そして、この3色全てを重ね合わせたらあらゆるものを飲み込む黒になるのだ。


 だとすれば。

 だとすれば、だ。


『基礎属性』を3つだけではなく、さらに組み合わせればどうなるのかという疑問が出てくるのも、仕方のないことだろう。


『ふははッ! 我を前にして気でも狂ったか、わっぱッ! おのれで扱いきれぬ呪いなど、無用の長物ッ! 所詮しょせんうたげでの芸よッ!! 我をそれで殺せるとでもいうのかッ!!』


 そういった瞬間、雷公童子は地面を蹴って紫電と共に飛び出したッ!


 俺はそれを見ながら『導糸シルベイト』を伸ばす。

 生み出す糸は7本。うち2本は『身体強化』に回す。


 それで良い。それだけあれば良い。


「ねぇ、雷公童子。死ぬ準備はできた?」


 近づいてきた雷公童子に向かって、俺は踏み込んだ。

 恐怖は未だに俺を捕らえている。だが、それ以上の怒りがある。


『死の準備だとッ!? 生と死は表裏一体ッ! 生きているということが、既に死への準備なのだッ!』

「あぁ、そう……?」


 なんか独特の生命観を持ってるみたいだな。


「なら、後悔しないでよ。もう死のカウントダウンはんだから」


 俺は5本同時に『導糸シルベイト』を伸ばしたが、雷公童子は地面を蹴って俺の魔法を回避。しかし、雷公童子は『真眼』を持っておらず全ての『導糸シルベイト』を避けきることはできなかった。


 1本だけ、雷公童子に絡みつく。

導糸シルベイト』の属性変化は火。


 残り、4。


『我が生き様に後悔などないッ! ただ前に進むだけよッ!!』


 微妙に噛み合っているような、噛み合ってないようなやりとりをしながら、俺はさらに前に踏み込んだ。父親と訓練を積んだ2週間は剣術だけじゃない。体術だって、特訓したんだ。


『ここで我に飛び込んでくるかッ!』


 しかし、俺は雷公童子に触れることなく薄皮一枚のところで鬼の手から離れて背後に回った。そして『導糸シルベイト』を伸ばす。だが、俺を逃さぬように雷公童子は右足に雷をチャージして、地面を蹴った。


 俺に向かって落雷の速度でやってくる雷公童子を相手に、『導糸シルベイト』の目測を誤った。

 2本が空を切って、2本が雷公童子に絡みつく。


 残り、2。


『油断したな、わっぱッ!』


 そして雷公童子が俺の身体を掴んで、持ち上げた。


 だから、


「ねぇ、雷公童子」

『今さら命乞いか?』

?」


 それだけ至近距離にいて、俺が『導糸シルベイト』を外すなどありえない。

 俺の不適な笑みに、雷公童子は思わず俺を手放した。


『……ッ!』


 そして、地面を蹴って離脱する。

 だが無駄だ。その行いの全てが無駄なのだ。


 既に俺の『導糸シルベイト』は、雷公童子を捕らえている。


「いま、カウントダウンは0になった」


 刹那、世界が雷公童子を中心に歪んだ。

 ぎゅるり、強力な重力場でも発生しているかのように光がじ曲がった。


に手を出したこと、後悔しながら死んで欲しい」

『ぬッ! これは……ッ!!?』


 基礎属性は5つ。

 その全てを重ね合わせた時に何が起こるのか。


「飲み込め、『朧月おぼろづき』」


 その答えが今まさに、俺の目の前にある。


『な、なんだこれはッ! 一体なんのまじないなのだッ!!?』


 刹那、雷公童子の腹部に生み出されたのは漆黒の球体。


 そこに向かって、雷公童子が飲み込まれていくッ!


『に、逃げれん……ッ! 呪いも使えぬッ!! なぜだッ!!!』


 無論、ただ飲み込まれていくのではない。

 その身体が煙に見間違うほどに、小さく、細かく分解され吸い込まれていくのだ。


 5つの属性を全て組み合わせることで生み出される『複合属性:夜』。

 それはあらゆる存在をただ一方的に飲み込むだけの虚無の属性。使用には、『基礎属性』魔法の81万倍の魔力を消費するのだが……まぁ、第七階位の俺にとっては何も問題ない。


「だから言ったでしょ」


 その魔法は生み出した漆黒の球体を、対象物粉塵が覆い隠す。

 それはまるで薄雲の奥で光り輝く月のように見えるが故に、名を『朧月おぼろづき』と言う。俺が名付けた。


「僕は絶対に祓うって」


 これを最初に使った時は、あまりの威力に驚いて思わず魔法を消してしまったのだ。

 だから飲まれていく相手が魔法使えないというのは知らなかったのだけど、知れてよかった。


『……ありえぬッ! ありえぬッ!! ありえぬッ!!!』


 雷公童子はもうその身体の1割も残していない。

 もうそこから抜け出せることは絶対にない。


『我が、人に負けるなど。わっぱに負けるなど……ありえぬのだッ!』

「ううん。違うよ」

『……ッ!』

「雷公童子、あんたは僕に負けたんだ」


 俺の言葉を最後に、雷公童子はこの世から完全に消え去った。

 それが何百人もの祓魔師をほうむってきた、『第六階位』のモンスターの最後だった。


 ……手強い相手だったな。

 間違いなくこれまで戦ってきた相手の中で一番強い相手だった。

 俺の全てをぶつけて、祓える相手だった。


「だから……僕の、勝ちだ」


 だが、それに変わりない。

 俺はほうっと息を吐き出して、空を見上げた。


 クリスマスイブの空は、サンタが飛んでいれば分かるほどに澄み切った夕暮れが浮かんでおり、俺の吐いた息が真っ白に染まって消えていった。


「母さんたちを呼ばないと。いや、その前に『朧月おぼろづき』をどうにかしなきゃだな……。いや、放っておけば消えるか……?」

 

 見れば漆黒の球体は蒸発しているかのように、小さくなっていく。

 どうやらこのまま放っておいても問題はなさそうだな。


 俺がその様子を見ていると、その奥から女性の叫び声が耳に入ってきた。


『う、嘘よッ! 雷公童子様がッ! 雷公童子様が人間相手に負けるはずが無いわ!!』


 影をしたたらせて現れたのは、女性型の鬼。

 

 あぁ、そういえばいたな。こんなの。

 

 俺は再び『導糸シルベイト』を練り直すと、鬼に向かって放った。

 

 ここから先は――特に、語ることもないだろう。

 ただ、全てが終わるのにそう時間がかからなかったということだけ、付け加えておく。

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