第35話 如月イツキという生き方

 超至近距離での『焔蜂ホムラバチ』。


 その初速は音速を軽く超えるんだッ!

 避けれるもんなら、避けてみろッ!!!


 俺の覇気を見た雷公童子は、しかしその体表に雷を流した。


 バジッ!!

 冬に静電気が流れた音を数百倍にしたような雷の音が爆ぜた瞬間、俺は信じられないものを見た。


 俺の『焔蜂ホムラバチ』が雷公童子の体表をのだ。


『良いまじないだ。しかァし! 雷によってほむらが起こるのが自然の道理ッ! 従って、焔で雷に勝てぬも道理であるッ!!』

「……ッ!?」


 そ、そんな訳あるかッ!


 俺は喉元まで出かかったツッコミを飲み込んだ。


 何だその無茶苦茶な理屈! 通るわけがねぇだろ!!


 だが、俺の魔法が防がれたのは事実。

 何をどうしたのかは知らないが、炎が通用しないのならこっちだって別の手を打つだけのこと。


 『実った』かなんだか知らねぇが、パーティーを邪魔しておきながら人を食べ時のいちごみたいに言いやがって。果物農家かお前は。


 俺の生み出した1ミリにも満たない太さの『導糸シルベイト』が、まっすぐ雷公童子の頭を捉える。


 それはまるで、レーザーポインターのように。


 細い『導糸シルベイト』だと思うだろうか。

 頼りない『導糸シルベイト』に見えるだろうか。


 だが、前者は正しく後者は決定的に正しくない。


 俺が前世で勤めていた印刷会社は地元に根付いたとても小さな会社だった。

 小さい会社だったからこそ地場の中小企業との繋がりが強く、そこで学んだことが多くある。例えば金属加工の機器には、水を強力に加圧し1ミリ以下の穴から放つことで見事に斬ってしまうものがある。


 俺は話に聞いただけで、本物を見たことがあるわけではないが、その仕組みさえ分かってしまえば問題ない。


 生み出すは水。

 押し出すは風。


「『天穿あまうがち』」


 刹那、『導糸シルベイト』を駆け抜けるのは高圧の水流ッ!

 

 その初速は『焔蜂ホムラバチ』を軽く超えた。

 雷公童子はわずかに目を見開くと、反射的にその右腕を掲げる。雷の壁が生み出されるが、俺の『天穿あまうがち』の方が強い。


 壁を切り裂いて、雷公童子の額を貫いた。

 ドッ! と、音を立てて頭に穴が開く。


 しかし、倒れない。


『水を素早く飛ばす呪いはこれまで何度も見てきたが』


 雷公童子の紫電が爆ぜる。


 ……まだ足りないか。

 だが、それなら火力をあげるだけだ。


『誇れッ! わっぱのが最も速く、最も強いッ!!』


 刹那、雷公童子が一歩踏み込んだ。

 俺の魔法を嫌って近距離戦に持ち込むつもりか。


「……あ、そう? ありがと」


 だが、当然やりたいようにはやらせない。

 喋っている間に、俺は既に次の手を打っている。


 とにかくこいつをこの場から遠ざけるのだ。


 俺は無造作に庭先に転がっていた石を蹴った。


 そこら辺にいる子供がやるような当たり前の動作。

 だからだろう。雷公童子はその反応が遅れた。


 しかし当然、そこには俺の『導糸シルベイト』が巻き付いている。


『むッ!』


 遅れてそれに気がついた雷公童子が地面を蹴ったが、俺の方が一手速い。


 ドンッッツツ!!!!


 石が雷公童子に触れた瞬間、爆発!

 黒い鎧には傷が入らなかったが、それでも雷公童子の身体をふっ飛ばした!!


 森で戦ったときにモンスターたちが使ってたドングリ爆弾の応用だが……初めてやったにしては上手くいった。使って分かったけど、そんなに難しい魔法じゃないなこれ。


 近くにある物体を包んで『形質変化』を込めるだけだ。


 単純だが、それ故に身の回りにあるものが武器に変わる。

 それは、脅威だ。


 雷公童子が吹っ飛んでいったのを見て、薙刀を握りしめたままその場に座り込んでいる母親に俺は叫んだ。


「母さん! 今のうちに逃げて!」

「い、イツキ! で、でも!」

「パパたちを呼んできて! ここは僕1人で止めとくから!」

「イツキを置いて、逃げるなんて……!」

「早く! あいつが戻ってくる前に!!」


 俺の叫びに、母親は思案しているようだった。


 俺を置いて父親を呼んできても良いのか。その迷いが浮かんでいた。

 なんで早く行かないの……ッ! そう思った俺の頭に、最初にこの世界に転生したときの母親の言葉が脳裏をよぎる。


 『無事に育ちますように』というその言葉を。


 ……そうだ。

 母さんは、死んだ子供のことがトラウマなんだ。

 だから、ここで俺が死ぬかも知れないと思ってるんだ。


 必要なのは『焦り』じゃない。『安心』だ。


「……大丈夫だよ。母さん」

「でも……」

「俺は『第五階位』のモンスターを祓ってる。あいつを祓えなくても、隙を見て逃げ出すから」

「…………」


 母親は無言。

 なら、もうひと押しだ。


「母さん。僕だけじゃない。ヒナもいる。ヒナを安全な場所に連れて行けるのは、母さんだけだよ」

「……分かった」


 母親はあらゆる感情をなんとかようやく飲み込んで、立ち上がった。


「絶対に逃げるのよ!」


 そう叫んで、ヒナの元に走って向かった。


「桃花さんも早くアヤちゃんを安全な場所に連れて行ってあげてください。あと、レンジさんを呼んできてほしいです」

「……えぇ、分かったわ」


 既に影の鬼はいない。

 俺と雷公童子の戦いを見守っているのかどこかに隠れている。

 もう動けるようになっている桃花さんは、母親よりも素早く頷いて同じようにアヤちゃんを助けに言った。


 それを見守っていると、雷公童子が歩いてこちらに戻ってきた。


『弱者を逃がすか。まぁ良い。まだ食べ時では無いからな』

「よく言うよ。見過ごしたくせに」


 雷公童子はいつだってここに戻ってこれた。

 それをせずに母親と桃花さんが逃げるのを待っていたということは、見過ごしたということだ。


『うむッ! 助けは来ぬからな。逃したところで問題はあるまいて』

「……?」

『森の若造がやっておっただろう。配下を生み出し、祓魔師の注意を引く。我も同じことをしただけのこと』

「……そっか」


 通りで父親が全然家に帰ってこないわけだ。


『しかァし! 笑止千万! わっぱの言葉、先程から聞いておったが……我から逃げられるつもりでおるのか? 一度獲物に食いついた狩人が獲物を逃がすとでも?』

「ううん。逃げるつもりなんてないよ」


 ……さっきの話を聞いてなかったのか、こいつは。


「だってさっき言ったでしょ。絶対に許さないって」


 俺はと言ったのだ。

 逃げ出すという選択肢は、既に俺の中にはない。


「それに僕が母さんたちを逃したのは、別にここから逃がすわけじゃない」


 ごう、と空気が震えた。

 違う。俺が震わせたのだ。


「僕の魔法から、逃がすためだよ」


 刹那、空が落ちてきた。


 『導糸シルベイト』を雷公童子に結びつけ、その反対側には『属性変化:土』によって生み出した流れ星が付いている。


 ――落ちろ、『隕星ながれぼし』。


『ふむ。夜這よばい星か』


 空から落ちる星を見て雷公童子はその場から離脱しようとするが、魔法は『導糸シルベイト』に従って移動する。逃げたところで『導糸シルベイト』を切り離さない限りは逃げ出せない。


 そして、『導糸シルベイト』を断ち切る方法は存在しない。


『なるほど。我に『導糸シルベイト』を結び、星をまじないか。その歳での、その殺意。早めに狩りに来て、正解であった』


 しかし、雷公童子は驚いた様子も見せずに落ちてくる『隕星ながれぼし』を見上げると、バジッ! と、腕に紫電が走らせた。


 刹那、それ同時に腕と両足に『導糸シルベイト』が巻き付くと、


『だがしかァし! この程度の呪いであれば、真正面から受け止めるだけよッ!!』


 ――キュドッッッツツツツツ!!!!!!!


 衝撃波が駆け抜けた!

 腹の底に凄まじい音が響き渡り、地面に『導糸シルベイト』を打ち込んでいなければその場から吹き飛ばされてしまうほどのインパクト。


 星を落としているのだ。

 止められるわけもない。

 

 止められるわけもないはずなのに、


『絶ッ! 好ッ!! 調ッ!!!』


 雷公童子は『隕星ながれぼし』を、受け止めた。

 

 無論、無傷ではない。


 受け止めた右半身は焼失して、内側から黒い骨が見えている。頭はわずかに3割ほどを残すだけになって、一本だけ残った角も途中から折れてしまっている。身体から黒い蒸気とも、魔力とも思えるような煙が上がっていて、とてもじゃないが無事には見えない。


 しかし、雷公童子はその両の足で落星孔クレーターの中に立っている。

 そして紫電が弾けた瞬間……まるで、動画の逆再生のように傷が修復されていくではないか。


『再び名乗ろうわっぱ。第六階位の“魔”が1人。雷の呪いを極め、祓魔師狩りを行う我こそが鬼』


 あぁ、そうか。

 これがそうなのか。


『我の名は、雷公童子である』


 数百人の祓魔師を殺し、喰らい、力を付けた化け物モンスター

 知恵を持って数多の祓魔師たちの注意を引き、圧倒的な力を持って獲物を狩る。


 これが『第六階位』。

 これが名前付きネームド


 モンスターの実質的な最上位だ。


『今のがわっぱの最高火力と見た。しかし、我には通じぬ』


 だが、それが何だと言うのだ。

 モンスターの最上位が何だと言うのだ。


 それで諦めるくらいだったら、それで逃げ出すくらいだったら――俺は一体、なんのために戦っているのだッ!


『言ったであろう。獲物に狩られる狩人などおらぬと』

「でも、


 俺の魔力が溢れ出す。

 

 みんなで準備したパーティーをぐしゃぐしゃにしたこいつに、

 俺の大事な母親を殺そうとしたこいつに、


 それになにより、驕り高ぶり俺を喰えると思っているこいつに、


「『隕星それ』が最高火力だなんて」


 努力の成果を見せてやろう。

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