第37話 幼年期の終わり

 全てが終わってから、俺は崩壊した家の前に立つと深く息を吐き出した。


「……これ、どうするんだろ」


 雷公童子が屋根を突き破って家に落ちてきたものだから、俺が5年間過ごしてきた屋敷が半壊状態である。それに加えて、父親が張っていた結界も既に機能してない。これじゃあ、クリスマスパーティーどころじゃない。そもそも生活を送れないぞ。


「とにかく、母さんたちを呼んでこよう」


 父親やレンジさんを呼びに行ってくれたはずだが、どこまで行ったのだろう?


 スマホを使えば別にどこでだって連絡は取れると思うんだけど、問題はアヤちゃんとヒナだ。あの2人を安全な場所に逃がしたはずなので、もしかしたら相当遠くまで行ってるかも知れない。


「……探してみる?」


 探知魔法については父親からやり方を見せてもらったし、教えてもらった。

 だから問題なく使えるのだけど、


「地図……あったっけ」


 森の中で父親たちが第五階位のモンスターを探す時に使っていたのが、探知魔法だ。やり方としては魔力を打ち込んで、霊符を捜索対象に見立て地図の上を動かすという人力Google Mapみたいなことをやる魔法なのだ。


 だが、当然それをやるためには地図がいる。


 しかし、当たり前なのだがスマホ全盛期のこの時代に日本地図のような大きな地図ならともかく一部の市区町村だけに絞った地図なんて家にない。いや父親が使ってるので持ってるには持ってるのだが、地図があるのは家ではなく父親の仕事鞄の中である。


 そして、その鞄は父親の元にある。


 ……うーん。なら、帰ってくるの待つか。


 深く息を吐き出すと、どっと疲れが襲ってきた。


 その場に座りこんでしまおうかと思ったけど、この家にはいま結界が無いので座っていたら他のモンスターがやってきたら対処が遅れる。それはまずいだろうと思って、ぼんやり立っていたのだが……夕日が沈みきって月明かりが庭に差し込んだ。


 その時、雷公童子を『朧月おぼろづき』で飲み込んだ時に、削れた庭の穴の中で何かが淡く光った。


「……ん?」


 なんだろう、と思ってそこに向かうと地面に落ちていたのは黄色い宝玉。

 大きさ的にはビー玉くらいしかないのだけど、月明かりを取り込んでまるで発光しているかのように煌めいていた。


 素手で触るのは怖かったので、俺は『導糸シルベイト』を伸ばしてそれを手元に持ってくる。もちろん、触ることなく近くで見るためだ。


 ……なんだ、これ。


 そう思って俺が顔を近づけた瞬間だった。


「イツキ!」


 崩れた家の裏から、母さんの声が聞こえてきた。


「あ、母さん!」


 これで探しにいく手間が省けた。

 なんてことを考えていると、母さんは俺のところに駆け寄ってきてぎゅっと……俺を抱きしめた。


「良かった! 良かったっ! 生きてた……!!」

「……うん。死なないよ」

「イツキが無事で良かった……」


 小さく声を漏らして、その声にあふれんばかりの感情がこもっていて、俺も母親をぎゅっと抱きしめた。そして離そうとしたのだが、母親は離してくれなかった。


「母さん。苦しいよ」


 だが、それに母親は俺を離さずに続けた。


「心配したのよ」

「……うん」

「イツキは逃げるって言ったのに、家から魔法の音が消えなくて」

「……うん」

「音が聞こえなくなって、もしかしたらイツキが死んじゃったかもって思って」

「…………ごめんなさい」


 俺は何も言えなくて、それでも言葉をなんとか絞りだしてそう言った。

 それ以外に、俺は母親に何を言うべきか見つからなかったのだ。

 

「ううん。無事で、良かった……」

 

 ほう、と深く息を吐き出して母親はそういうと、ようやく俺から手を離した。


「ねぇ、母さん。ヒナは? アヤちゃんは?」

桃花ももかさんと一緒にいるわ。安全な場所に連れて行ってもらってるの」

「そっか、それなら良かった」

「ねぇ、イツキ。聞いても良い?」


 母親は俺から手を離したというのに、視線は俺に合わせたままで続けた。


「どうしたの?」

「雷公童子はどこに行ったの? もしかして、どこかに逃げた?」


 あぁ、そういえばまだ雷公童子がどうなったか言ってないじゃん。


「ううん、逃げてないよ。僕が祓ったよ」

「…………え?」


 ぽかん、とほうけた顔を浮かべている母親はぽかんと顔を浮かべて俺に尋ねてきた。


「イツキが、雷公童子を……?」

「うん、そうだよ。。それでね、これが雷公童子の祓った後に落ちてたんだけど……母さん。これ何か知ってる?」

「……遺宝いほう


 イホウ……?

 違法? いや、違うか。


 どういう漢字書くんだ??


「ほ、本当に祓ったの? イツキが? 雷公童子を……??」

「うん。そうだけど……」


 黄色い宝玉を見た瞬間、顔色を変えた母親が困惑と驚愕を交えたような表情で続ける。


「……これはね、イツキ。遺宝っていうものなの」

「なにそれ?」

「“魔”は普通、死んだら黒い霧になるでしょ? でもね、『第六階位』以上のモンスターは死んだら、そこに魔力の結晶を残すの。それをね、遺宝って呼ぶのよ」


 へぇ、そんなのあるんだ。

 じゃあ、俺も死んだら結晶とか落とすんかな。


 絶対に検証しないが。


「これはきっと雷公童子の遺宝。パパに見てもらわないとだけど……。でも、これが落ちてたってことは、本当に祓ったのね。イツキが」


 母親がそこまで言うと裏手の方から、ギュギュギュッ!!! と、タイヤのゴムとアスファルトがこすれる音が聞こえてきた。あぁ、父親が来たんだなと思った瞬間、ゴスッ! という、車をぶつけた音まで聞こえてきた。


 え、大丈夫?


「イツキ! 無事か!? まだ生きているか!!?」


 聞こえてきたのはよく通る父親の声。

 そして、屋敷の向こうから一足飛びに跳んで庭までやってきた。


「イツキ! かえでッ!!」


 地面に着地すると足に『身体強化』の『導糸シルベイト』を巻きつけて、ここまで跳んできた。


「雷公童子はどこだ? 何もされてないか!?」


 パニックになっている父親がちょっと面白くて、俺は雷公童子の遺宝を指差した。


「ううん。大丈夫だよ。僕が祓ったから」

「……何?」


 父親の目の色が変わる。


「少し、見せてくれ……」


 そういうと、父親は俺が『導糸シルベイト』で吊るしたままの遺宝を手にとった。そして、唖然あぜんとしながら呟いた。


「……間違いない。雷公童子の、魔力だ」


 触っただけで分かるものなんだろうか?

 

「そうか。イツキが、雷公童子を……」


 そう漏らした父親の横顔を、俺には言葉であらわすことができなかった。衝撃、哀れみ、確信。そのどの言葉にも当てはまらない表情。いや、もしかしたらその全てだったのかも知れない。


「ねぇ、パパ。これって持ってたら何か良いことがあるの?」

「ああ、もちろんだ。これを通せば、イツキの魔力と雷公童子の魔力が『共鳴』する。……簡単に説明するとだな。雷公童子の使っていた魔法が使えるようになるのだ」

「えッ!?」


 俺もあの雷の魔法をッ!?


「とはいえ、ずっと身につけておかねばならぬのだが……。それについては、後で考えよう」


 父親はそういうと立っている俺を持ち上げて、抱きしめた。


「……良かった」


 母親と違って、父親はそれしか言わなかった。

 それだけで、俺には十分だった。十分すぎる愛をもらっていると思った。


 だから照れくさくなって、俺はちょっと話題を変えようと


「ね、パパ。母さん。ヒナを迎えに行こうよ」


 そう切り出した。


「む? ヒナはどこにいる?」

桃花ももかさんと一緒に別の場所にいますよ」

「そうか。そうだな。迎えに行こう」


 父親は俺を下ろすと、3人でヒナを迎えに向かうのだった。





 ―第1章 『幼年期』終わり―

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