第27話 ご褒美
アヤちゃんをなだめてから、俺たちは山を後にした。
後にしたといっても、何もせずに帰ったわけじゃない。
ちゃんと他にも『隠し』を行ったモンスターがいないかを調べてから、山を後にした。もし取り逃しがいれば一大事。
絶対に逃がすわけにはいかないということで再調査を行ったのだが、幸いなことに他にモンスターはいなかった。
家につく頃にはすっかり夜も明ける頃になっており、アヤちゃんもぐっすりと眠ってしまっていて俺も強烈な眠気と共に帰路についた。
俺が何度もウトウトしているのを見て、父親とレンジさんは『眠っていい』と言ってくれたのだが……びっくりすることに俺は眠れなかった。いや、眠いのは眠かった。でも、頭の中が妙に冴えてしまっていて、目を瞑っても戦いのことを思い出してしまうのだ。
強い相手だった。
少なくとも俺がこれまで戦ってきた中で、一番強い相手だった。
勝てたのが奇跡だとか運だとか言うつもりはない。
間違いなく、あれは俺の実力だった。
それでも、油断できるような相手じゃなかったのは事実だ。
そんな相手と戦って生き延びたというのが、俺の脳髄を焼き付けて離してくれなかったのである。
しかし、何も俺は勝利の
むしろその逆だ。帰りの車の中で一人反省会をやっていたのだ。
というのも、俺の戦いには反省するところがたくさんあった。
簡単に上げるとすると、近接戦に持ち込まれていたら危なかった。
相手が『真眼』を持っていてこちらの攻撃に気が付かれたらやばかった。
さらには、ドングリ爆弾がもっと無差別範囲攻撃だったら死んでいた。
と、反省するところが出るわ出るわ。
思わぬ反省のデパートである。
それにしても、こうして振り返ってみるとアヤちゃんを助けるためとは言え相当無茶してんな?
「イツキ。起きているか?」
「……うん。どうしたの? パパ」
「家に着いたぞ」
眠い目をこすりながら父親に応えると、そこは正門の前だった。
どうやらレンジさんがちゃんと家まで送ってくれたらしい。
「イツキくん。今日はお疲れ。明日はしっかり休むんだよ」
「うん。レンジさんも、送ってくれてありがとう」
「気にすることはないさ。アヤを守ってくれてありがとう。今度、また一緒に魔法の練習をしよう」
そんな約束をして、俺はレンジさんの車を降りた。
ちなみにアヤちゃんは俺と違って大爆睡中である。
車から降りて2人を見送ると、俺と父親は門をくぐった。
家はすっかり真っ暗になっていて、母親もヒナも眠っているのが分かった。
俺も時間があるんだから寝ておけばよかったなぁ……と、眠い目をこすっていると隣にいる父親が静かに尋ねてきた。
「寝れなかったのか? イツキ」
「……うん。ちょっとだけ、目が冴えちゃって」
「そうか。初めての戦いだったからな。パパが子守歌を歌ってあげよう」
「う、うん。大丈夫だよ……」
パパの歌、下手じゃん……とはつっこまない。
でも赤ちゃんのころに子守唄を聞かされて泣いたのは良い思い出である。人はあそこまで音が外れると、面白さを通り越して不安になってくるのだと勉強になった。そんな勉強はしたくなかった。
俺がそういって断ると、父親が俺の頭にぽんと手を置いてそっと撫でてきて、
「本当に、よくやったな。イツキ」
「パパ?」
急に頭を撫でられて俺は意味も分からずに首をかしげると、父親はニッと笑った。
「歴戦の祓魔師でも手間取る『第五階位』の“魔”を祓った。それだけじゃない。お前は普通の人たちに被害がでないよう自分を犠牲に魔力でおびき寄せただろう」
父親にそういって褒められて、俺はこくりと頷いた。
「父親として、お前のしたことを手放しに褒められはしない。祓魔師には自己犠牲的な判断が求められることもあるだろうが……まだ、お前は5歳だ。自分を犠牲にするにはあまりにも、早い。早すぎる」
腰をかがめて、俺と目線をあわせた父親の眼光が俺を貫く。
片方が眼帯で隠されていて、眼は1つしかないというのに……その眼力はとても力強い。
それは、ほとんど初めてとも言っていい父親からの説教だった。
愛のある、言葉だった。
「でもな、お前がしたことは数千人。数万の人を陰ながら守ることに繋がったのだ。そのことに祓魔師として、如月家の
「……ううん。僕は、僕のできることをしただけだよ」
「いいや、お前のしたことは誰にでもできることじゃない。お前にしかできないことだったんだ。本当にありがとう」
そういって、父親は俺を抱きしめた。
ぎゅう、と強く抱きしめられて、俺が最初に感じたのは父親の体内にある魔力の暖かさだった。安心する父親の匂いだった。そして、何よりも一番深く俺の心に刺さったのは、父親の言葉だった。
俺の前世は、ゴミみたいな人生だった。
『かけがえのない』なんて言葉からは無縁の人生だった。どこにでもいるような一人の人間として、ありふれた日々を送っていた。俺にしかできないことなんて何もなくて、俺じゃないといけないことなんて何も無かった。
俺はそこら辺にいるたった1つのパーツで、社会を回す歯車で、壊れてもすぐに代わりがいるような、そんな人間だった。
でも父親に抱きしめられて、俺はそんな俺から変われたのだと思えたのだ。
それが何よりも俺の心に深く刺さった。
死なないために、なんていう自分のために頑張ってきたことが周りまわって色んな人を助けることに繋がった。それが、嬉しくないわけがなかった。
俺が、俺でしかできないことで、誰かのために役立てたというのが本当に嬉しかった。
「イツキ。5歳で『第五階位』の“魔”を祓った祓魔師なんてこれまで1人もいない。お前は本当に自慢の息子だよ」
「……パパが魔法を教えてくれたからだよ」
「わはは。言うようになったな」
抱きしめられたまま、がさがさと頭を乱雑に撫でられる。
でも、嫌な気持ちはしなかった。
すると、父親は「そうだ」と言って立ち上がった。
「せっかく
「欲しいもの?」
「そうだ。おもちゃとか、お菓子とか」
「うーん……」
突如として提案された父親からのご褒美に、俺は思わず
もちろん欲しいものがないわけではない。
例えば、ぱっと思いつくのでいうとスマホとかタブレットのようなネット環境に繋がるものは欲しい。
でも、うちWi-Fiないんだよな……。
そう、衝撃的なことに
じゃあ父親と母親はどうしてんねんというと、2人は揃ってキャリア契約でネット環境を用意しているのである。さらに驚くべきことに父親も母親もYouTubeとかを見ない。なので、一番容量の低い契約プランなのだ。
だから、ネット環境に接続できるものを買ってもらう前にまずは回線関係から揃えてもらわねばならない。だが、欲しいものは何かと聞かれて『Wi-Fi回線』とか答える5歳時はちょっとどうかと思う。
だから俺は唸っているのだ。
いや、そりゃね?
別に物とかサービスとかに限らないのであれば、欲しいものはあるっちゃあるのよ? でも、これって欲しい物として言っていいんだろうか。
分からないことは聞くに限るので、俺は父親に尋ねた。
「パパ。欲しいものって何でもいいの?」
「そうだ。イツキが欲しいものでいいぞ。テレビとかどうだ?」
うわっ、それちょっと魅力的だな。
……って、そうじゃなくて。
俺は揺れ動く心を元に戻すと、欲しいものを伝えた。
「僕はパパの時間が欲しいよ」
「な、何っ!?」
目を丸くする父親に、俺は続けた。
「体術とか、剣術とか……もっと、上手くなりたいんだ」
それは、今回の戦いで浮き彫りになった俺の課題だった。
これまで運動音痴だからと、魔法が使えれば良いと、そして死なない程度に最低限戦えれば良いと、遠ざけていた近接戦闘訓練だったが……今回の戦いで必要性がよく分かった。
あの時、モンスターがなりふり構わず距離を詰めていたら俺は死んでいたかも知れないのだ。
だから、もっと強くならないといけない。
そのために苦手な場所を潰さないといけない。
だから俺は父親にそういったのだが、
「そ、そんなにパパの教えを……!!!」
父親は父親で変なスイッチが入ってしまった。
あ、やべ。変なものを押したぞ。
「よしっ! パパはこれから一ヶ月休暇を取るぞ! その間、イツキにみっちり教えてあげるからな!」
「えっ、大丈夫なの? 祓魔師の仕事って人手不足じゃないの!?」
「何を言う! イツキの願いだ。叶えるのが父親の努めというもの」
「ふ、祓魔師としての努めはどうなっちゃうの!?」
俺は一生懸命に父親をなだめながら思った。
……この人、たまに変なところで親馬鹿スイッチ入るんだよなぁ、と。
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