第28話 特訓:近接戦

 あれから、一週間が経った。


 その間に何をしていたかというと、父親が仕事を休んでみっちり剣術を教えてくれたのだ。


 俺が教わっているのは『夜刀ヤト流』と呼ばれる剣術で、父親いわく攻撃特化の剣術らしい。


 特化、というのがどういうことかというと、防御技が無く逆に防御を崩し、上からねじ伏せる超攻撃的剣術。考えた人間がどれだけモンスターを殺したかったかがよく分かる剣術だ。


 しかし、攻撃は最大の防御という至言もある。

 攻撃ばかりといっても、逆に自分を守ることに繋がるだろう。


 それに、俺が転生して決意したのは『殺される前に殺す』だ。

 そう考えれば『夜刀ヤト流』の剣術は俺にぴったりと言える。

 

 しかし、問題があるとしたら俺の体格だろうか。

 5歳の身体じゃあ、どれだけ鍛えても届かない部分というのはある。


 だが、それも成長すればすぐに解決するだろう。

 それまでに身体に剣術の型を覚え込ませておいた方がいい。


 頑張ってきたことが無駄にならないということは、『第五階位』のモンスターとの戦いでよく分かった。あれは、それまで魔法の練習をしてきたことの集大成となる戦いだったからな。


 そんな剣術を学ぶことに燃える俺が何をしているかというと、庭先で木の人形を相手に模造刀を構えていた。


 とはいってもただの人形じゃあない。


 人形の身体には『導糸シルベイト』が巻き付いており、それを父親が操作しているのである。なんと剣術を覚えるには実戦が一番ということで、わざわざ父親が動かしてくれているのだ。


 なんで本人が相手しないかというと、俺と実力差がありすぎて思わぬ怪我をさせてしまうかららしい。魔法ならともかく、近接戦ではまさにその通りなので俺は優しい父親の提案を飲み込んで、こうして人形を前にしているというわけだ。


「イツキ、何度でも言うが見るべきは相手のだ。目だけでも、足だけでもダメだ。視野を広く持て」

「視野を広く……」

「そうだ。歴戦の“魔”は目線や足さばきで。こちらを騙して、有利になったタイミングで殺しにくる。だから、全てを見るのだ」

「……ん」


 俺は頷くと、ぎゅうっと強く模造刀を握った。

 そんな俺の右腕と両足には『導糸シルベイト』が巻き付いている。『形質変化:身体強化』による強化だ。『夜刀ヤト』流は剣術なのに、魔法とセットで運用することが前提なのである。


 俺が人形の全てを見落とさないように注意を払っていると、視界の端で人形が地面を蹴った。


 『導糸シルベイト』で上から吊るしているんだから、地面を蹴らなくてもこっちに跳んで来れるのだが、それでは訓練にならないと父親が動きを再現してくれているのだ!


「……シッ!」


 俺はそれに合わせて剣を振り抜く。

 だが、その間合いを見切って人形は薄皮一枚分遠い場所で地面を踏んで減速。ぎりぎりで俺の剣を回避した。そして剣を振り切った俺に向かって、人形の木刀が振り下ろされる。


 だが、俺はそれでは止まらない。

 振り切った姿勢のまま、地面を蹴ると『導糸シルベイト』を使って人形の身体を捕まえる。


 ――捉えた!


 そのチャンスを逃さない。

 俺は『強化』した両足で地面を蹴ると、そのままドロップキック。人形が剣を振るよりも先に、間合いの内側に入り込み、さらに蹴り抜けた!!


 ドウッ! と、強化された両足が捉えた人形が重たい音を立てて後方に飛んでいく。


「いいぞ、イツキ。良い『躰弾テイダン』だ」

「……うゆ」


 剣の間合いで最も危険な場所は、当然だが刃が振るわれる範囲である。

 だから、逃げようと思うのであれば刃のに出るのが定石だ。


 しかし、攻撃特化の剣術である『夜刀ヤト流』に外に逃げるなんて選択肢はない。逆だ。逆に刃の内側に飛び込むのだ。


 無論、危険である。

 しかし、刃の内側はの振るわれる範囲になる。


 なればこそ、刃の内側は安全なのだ。

 だから勇気を持って一歩を踏み込み、相手の急所を全体重の乗った蹴りで穿ち抜く。この技を、人を砲弾に見立てたが故に『躰弾テイダン』と呼ぶ。


 剣を全く使っていないが、剣が当たらなかったときのリカバリー技なのでこれも剣術と呼ぶらしい。本当かよ。


「『躰弾テイダン』で距離を取った相手に魔法を撃ち込むのも良し。さらに追い打ちをかけるのも良しだ」


 俺よりはるか離れた場所で父親からのアドバイスを聞きながら、実戦でこうなったら絶対に魔法を使おうと決意。


 俺が模擬刀を構え直していると、縁側からぱちぱちと間の抜けた拍手が返ってきた。そこにいるのは、ヒナと母親だ。


 あれ? ヒナはさっきまでテレビを見てなかった?


「イツキ。ヒナがね、お兄ちゃんの練習を見たいんですって」

「にいちゃ。かっこいい!」


 え、マジ? 俺のために??

 やば。照れるな……。


 と、俺が照れていると父親がヒナに聞いていた。


「ヒナ。パパはどうだ? パパはかっこいいか?」

「……む! パパ怖い!」

「…………むん」


 片目だけの偉丈夫がそれで露骨にショックを受けている絵面が面白くて笑ってしまう。父親はヒナにも、俺にも変わらないだけの愛情を注いでくれているのは分かるのだが、まじで見た目がね……。


 そんなことを考えていると、横になった人形が起き上がった。


 そして、再び地面を蹴る。

 俺は意識を素早く特訓に切り替えると、剣を構え直した。


 それを見て、人形は剣の構えを変更。

 地面すれすれからすくい上げるような形で俺の脚を狙ってきた!


 次の瞬間、俺は人形の木刀に模造刀を合わせるとまるで柔道の『一本背負い』のように刀を腕に見立ててぐるりと回って、相手の内側に忍び込む。そして、その回転を活かして人形を斬り飛ばした!


 剣を剣にとどまらせない。

 それは剣を柔らかく見立て、舞のように剣を振るう。


 故にその技を『舞剣らんけん』と呼ぶ。


「いいぞイツキ!」


 父親の勢いある言葉に対して、人形の方はぐらりと体勢を崩した。

 こうして見ていると、まるで生きているみたいである。


 つくづく、父親の技量の高さがうかがえる。


 俺はまだまだだ。


「ハァッ!!」


 しかし、そんな事を考えながらも好機は絶対に見逃さない。

 俺は大きく地面を踏み込むと、模造刀と両腕、そして両足を強化。


 そして、力に任せるままにそのまま振り下ろした!!!


 ドウッッツ!!!!


 俺の振り下ろしによって生まれた剣圧が、空気を震わせて唸らせる。その勢いのままに振り下ろした模造刀が人形に当たった瞬間、人形は縦に真っ二つに裂ける。


 これは初歩の初歩。

 ただの『踏み込み』だ。


 それによって両断された人形を見て、俺は深く息を吐きだした。

 これでひとまず一戦は終わりとなる。


 俺はそう思ってほっと一息つこうとしたのだが……なんと、それで終わりではなかった!

 真っ二つになったはずの人形が片腕だけで、のそりと起き上がるとそのまま俺に剣を投げてきたのだ!!


「えぇっ!?」


 これには油断していた俺の反応が遅れた。

 投げられた木刀は、掲げた模造刀をかすって軌道を変えると俺のおでこに激突したのだ!


いたぁ!」

「わっ! にいちゃ! いたそ……」


 そして、くらった衝撃のままひっくり返った俺に、父親が近づいてくる。


「油断したな、イツキ」

「パパ、ずるい! 倒したと思ったよ!」

「何を言う。“魔”の中には首を斬っても死なない者がいるのだ。両断しただけで倒したと思うのは早計にすぎるぞ」

「……ぬぬ」

 

 しかし父親にそう言われてしまえば反論もできないというもの。


 俺は唸ることしかできない。

 仕方がないのでおでこを抑えて立ち上がったところ、


「イツキ。こっちにおいで」

「うん? どうしたの。母さん」


 母親に呼ばれたので縁側に行くと、そっとおでこを撫でてくれた。

 その温かい手が触れた瞬間、おでこから痛みがそっと抜けていく。


 ……『治癒魔法』だ!


「母さん。ありがとう」

 

 俺がお礼を言うと、母親はにっこり笑って、


「パパとの練習が終わったら、教えてあげるからね」


 えっ、あっ! そうじゃん!!

 教えてもらう約束してたわ!!!


 剣術のことばっかりで忘れてたけど、治癒魔法の練習も待ってるじゃん!!!


 まだまだ強くなれる将来を見て、俺は思わずにやけた。


 ……特訓、頑張るぞッ!!!

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