第22話 有象無象

「……来た」


 父親の声が車内に響いた瞬間、レンジさんと父親が弾かれたように車から飛び出した。


「え、ちょっと!? パパ!」

「イツキは車の中にいるんだ」


 父親はそう言いながら結界を解除。

 2本しか『導糸シルベイト』を出せないから、父親は結界を張りながら戦い続けることができないのだ。


 その父親の後ろに控えるように、レンジさんが立つ。


「イツキくん。アヤを頼むよ」

「あ、は、はい!」


 そう言われてしまえば、俺は頷くしか無い。

 車の外に出た2人は、ある一方向を睨んだまま立ち止まる。


 だが、何も立ち尽くしているわけでもない。


 父親は刀を引き抜くと、右腕を強化。

 さらに流れるように左目にも魔法を使う。


暗視魔法だろうか?


 一方のレンジさんは『導糸シルベイト』を正方形の形に作ると……地面に向かって、それを投げた。


「……?」


 何をするんだろう。


 そんな俺の疑問に答えるように、『導糸シルベイト』の触れている地面が一瞬で泥沼へと変化した!


「……っ!?」


 魔法はそういう使い方もできるのか!?


 俺が唖然としていると、ちょんちょんと肩をつつかれた。


「イツキくん。ランタン消すよ」

「う、うん。お願い」


 それは、父親から指示されていたことだった。

 もしモンスターが襲ってきて、レンジさんと一緒に外に出たら車の中にある光を消すように、と。


 アヤちゃんがランタンを消した瞬間、ふっと周囲が真っ暗になった。

 

 だが目が慣れてくると上弦の月の光によって、うっすらと2人の姿が見えてくる。

 だが、それでも暗い。暗すぎる。


 ……そうだ!


 俺はさっきの父親の真似をするように、『導糸シルベイト』で両目の前にぐるりとレンズを作ると『形質変化』によって光を集める。なんちゃって暗視スコープだ。


 しかし、魔法は大成功。

 一気に周囲の景色が見えるようになった。


「……イツキくん」


 俺が窓に張り付いていると、ぎゅっとアヤちゃんが服を握ってきた。

 俺は彼女の方を振り向くと、その手を取る。


「大丈夫だよ。レンジさんもパパも強いから」

「……うん」


 アヤちゃんがそう頷いた瞬間だった。


 ぬっ、と山の中から熊が出てきた。

 俺はその姿を見て……思わず、息を呑んだ。


 で、でかくないか!?


 体長は3m……いや、5mはある!

 普通の車よりもデカいぞ!!


 そりゃあモンスターなんだから、普通じゃないに決まってる。

決まってるんだが、あまりに大きすぎる熊に精神的な恐怖が勝つ。


「ど、どうしたの? イツキくん」

「来た……」


 車の中、ささやくような声で俺がそういうと、アヤちゃんの握力がぎゅっと強くなる。

 なるべく音を立てないように俺はそれを握り返すと、呼吸するのを忘れるほどに緊張が高まっていく。


 刹那、熊が俺たちのいる車に向かって進もうとした瞬間に、


『グモォ!!』


 泥沼に、落ちた。


 刹那、その隙を見逃さないように父親が地面を蹴って熊を斬った。

 ざす、と車の中にまで聞こえてくるような重たい音だったが……熊の首は斬れていない。


「宗一郎、浅いぞ」

「分かっている」


 地面を蹴って父親が反転。

 背中から一太刀浴びせようとした瞬間に、熊の全身が総毛立った。


「……っ!?」


 それは、反射的な行動だった。


 俺は『形質変化:硬』によって車の前方に壁を作る。

 わずかに遅れて、熊の全身が爆発。


まるで鉄針の弾丸のように、周囲に飛び散った!!


ガガッ! と、俺の張った防御壁に針が突き刺さって鈍い音を上げる。


 は、ハリネズミみたいなことするじゃねぇか!!

 ハリネズミは全身の毛を飛ばしては来ないのだが、思わずそうツッコんでしまう。

 

 熊のその行動に虚をつかれたのは俺だけでは無かったようで、父親とレンジさんも反射的な防御で一瞬、その場に停止。その隙をついて、熊は逃げ出した!!


「逃がすかよ!」


 レンジさんが『導糸シルベイト』を伸ばしたが、それよりも先に熊は山の中に飛び込む。レンジさんの放った魔法が木々に激突し、木っ端微塵に破砕した。


「追うぞ、レンジ!」

「分かった」


 2人はそういうと、車にいる俺たちを見た。


「すぐに戻る」


 俺とアヤちゃんは、こくこくと頷くことしかできない。

 しかし、それを見ていたレンジさんは片手を上げて『分かった』のサインを返すと、山へと消えていった。


「……すごかったねぇ」

「うん。パパと宗一郎さん、大丈夫かな……」

「大丈夫だよ。あの2人は強いから」


 車の中で2人きりになった俺たちは、まるで他人事のように感想を言い合った。


「さっきの爆発がとまったの、イツキくんの魔法?」

「そうだよ。俺の壁魔法」

「すごい! イツキくんってもうあんなに凄い魔法使えるんだね!」


 さっきまでの不安そうな顔と違い、キラキラとした視線を送られて俺は思わずまんざらでもない気持ちになった。


「練習すればアヤちゃんでも使えるよ!」

「本当? でも、魔法苦手なの……」


 困ったように、ちらちらと俺の方を見ながらそういうアヤちゃんに、俺は「大丈夫だよ」と言って安心させると、続けた。


「もしよかったら今度、教えてあげるよ」

「え、良いの?」

「もちろん!」


 レンジさんにはお世話になっている。

 その恩返しだと思えば、お安いご用だ。


 それに教えるのは、自分の復習にもなる。

 俺が前世で高校生だった頃に流行りだした『アクティブラーニング』というやつでそんなことを聞いた思い出があるのだ。まぁ、大学に入ったらすぐに使わなくなった代物だが。


「パパと宗一郎さん。いつ戻ってくるんだろう」

「うーん? そんなに遠くまで行ってない……」


 はず、と続けようとして、俺は黙り込んだ。

 黙り込まざるを、得なかった。


「イツキくん?」

「しっ!」


 俺はアヤちゃんの口を手で塞ぐと、車の外を見た。


 そこにいたのは、イノシシだ。

 1匹の巨大なイノシシ。


 牙は巨大化し、全長は3mほどある。

 さっきの熊ほどは無いが、それに匹敵するような大きさのイノシシがこっちを見ていた。


「……ッ!」


 間違いない。モンスターだ!

 でも、なんでここにいるんだ!?


 聞いた話だと、この近場にいるモンスターはあの熊だけ。

 そう聞いたから、父親もレンジさんも俺たちを置いてあの熊を追いかけていったはずなのだ。それに、他にもモンスターがいたなら父親の結界に引っかかっているはず。その、はずなのに……!


「……イツキくん」

「大丈夫だよ、アヤちゃん」


 月明かりに照らされて、イノシシの姿が車の中からもくっきりと見えた。

 そのイノシシが、俺たちをその両目に捉えている姿も。


「もうから」


 俺がそういうと同時、さっきまで俺たちを睨んでいたイノシシが地面に倒れ込んだ。


「えっ! えっ!? なんで!?」

「アヤちゃんは車の中にいて。僕が周りを見てくる」


 だが、安心はできない。

 周囲をちゃんと見ておく必要がある。


 俺は周りが見やすいように車から降りようと手をかけた瞬間、アヤちゃんに手を引かれた。


「待って! 一人やだ!」

「……うん。じゃあ、おいで」


 ごもっともすぎる意見に反論できず、アヤちゃんと一緒に車から降りる。


 降りた瞬間、複数の視線にさらされた。


「うん?」


 周囲を見れば、フクロウや、鹿がこちらを見張っている。

 それだけではなく、近くにいた木々が動いているではないか。


 恐らく十数体。

 どいつもこいつも『第1階位』の弱いモンスターだが……集まると、ちょっと壮観だ。


「……うぅん」


 これは後でどういう状況か父親にちゃんと説明してもらわないといけないな。


「いっ、イツキくん! 周り! “魔”が! ”魔“ばっかり!」

「うん、分かってるよ」


 俺はそう言いながら既に手を動かしている。


「でも、大丈夫」

 

 伸ばした『導糸シルベイト』によってこちらを見ているモンスターたちを捉えると、


「もう終わるから」


 一瞬にして、全てのモンスターを断ち切った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る