第23話 罠

「なんで、こんなにたくさんの“魔”が……」


 アヤちゃんがポツリと漏らす。

 だがその疑問は、俺も同じものだ。


 暗い森とはいえ、車の周りには父親が結界を張っていた。

 そして、結界には既に内側にモンスターがいたら反応するはずなのだ。


 うちの父親に限って、まさか見落としていたなんてことは無いだろう。

 いや、もし仮に見落としていたとしても1体や2体でとどまるはずだ。


 十数体も見落としていたというのは……ちょっと考えづらい。


「アヤちゃん。車に戻ろう。外にいたら他のモンスターが来るかも知れないし」

「う、うん。そうだね」


 怯えた様子でうなずくと、俺にくっついたまま車内に戻るアヤちゃん。

 怖いのは分かるけど、もう少し離れてくれないと普通に動きづらいんだ……。




 俺たちが車内に戻ってから数分して、返り血に染まった父親たちが戻ってきた。


「熊は倒してきたぞ。何も無かったか?」

「ううん! 急にモンスターにおそわれたんだよ!!」

「何?」


 血相を変えたレンジさんと父親に、何が起こったのかを説明した。


 『第一階位』のモンスターが大量にでてきたこと。

 それが全部父親の結界内にいたこと。

 そして、それを倒したこと。


 その話を2人は黙って聞いていたが、俺が話し終わると同時に2人が目を見合わせていた。


「宗一郎、不味いことになったな」

「『隠し』持ちだな。面倒だ」


 2人は対して面倒でもなさそうにそう言うと、車の中から霊符と紙の地図、そしてロウソクを取り出すと、道路の上にそれらを並べ始めた。


 急に2人とも『まずいことが起こった』みたいな顔をして、準備をしているんだが何が起きたのかさっぱりなので教えてほしい。こういう時は直接聞くに限るので、準備している父親の邪魔にならないタイミングで尋ねた。


「パパ。『隠し』って、なに?」

「ん、そうか。まだイツキは知らんはずだな」


 地面に置いた地図に『導糸シルベイト』で、何かの印を描きながら父親は教えてくれた。


「“魔”の中には魔法を使うやつがいるのだ。イツキも見たことあるだろう」

「うん。あるよ」


 ヒナと出会うことになった、あの一軒家で戦ったモンスターは『衝撃』を飛ばしてくる魔法を使っていた。


 あの時は凄い衝撃だった。

 モンスターも魔法を使うのか、と。


 魔法を使うのが人間じゃないというのは、俺の優位性を崩し、より強くなろうと決意するきっかけになった出来事だった。忘れるはずがない。


「『隠し』というのはな、簡単に言えば“魔”を隠す魔法だ」

「そんなことができるの?」

「できる。使えるのは『第四階位』以上の“魔”だがな」


 ……え、まじで?


 俺は思わず父親の言葉を聞き間違いかと思って、尋ね返しそうになった。


 第四階位なんていうのは人間の中でも、一握りの割合でしか生まれない天才。

 それと同格のモンスターがこの森にいるってことでしょ?


 キャンプも兼ねた見学だと思ってたのに、なんか大変なことに巻き込まれたんじゃない……?


 俺は恐々として落ち着かず、山の中を見渡したりしていたが、一方で父親たちはこんなことなど慣れていると言わんばかりに淡々と準備を進めていく。その光景に、俺は背筋が凍っていくのを感じた。


 おい、嘘だろ。

 祓魔師にとってこんなの日常茶飯事なのか……?


「イツキ。こっちに来い」

「アヤもおいで」


 唐突に呼ばれた俺はびっくりしながらも、父親の元に向かう。

 アヤちゃんも俺から剥がされるようにして、レンジさんに抱きかかえられた。


 そんな2人の足元には紙の地図が置かれている。


「これから『隠し』を使っている“魔”を見つける魔法を使う。2人とも、これから使うことが増えると思うから今のうちから覚えておくように」

「……これから使うことが増えるって、強いモンスターとたくさん戦うってこと?」


 俺の疑問に、レンジさんがふっと笑った。


「イツキくんは『第七階位』だからね。間違いなく、これから増えると思うよ」

「……うゆ」


 その問いかけに鳴き声で返した。


 考えてみれば当たり前だ。


 『第四階位』以上を討伐できる祓魔師は、その数が圧倒的に少ない。

 何しろ『第四階位』を安定して倒せる『第五階位』以上の祓魔師が全然いないからだ。


 そして俺は、『第七階位』。

 駆り出される側に決まっている。


 ……強くならないと。


 この身体に転生してから何度目になるか分からない思いを噛み締めて、俺は視線を足元に落とした。


 そこには、『導糸シルベイト』が地図の上で綺麗な幾何学きかがく模様を描いていて、


「『隠し』をやっている“魔”を探すには、“魔”が『隠し』に使っている魔力以上の魔力で、『形質変化』を行う必要がある」

「何に変化させるの?」

「魔力に反応する磁石だ」

「…………」


 俺はその答えに閉口した。

 だって、魔力に反応する磁石なんてものは無いからだ。


 しかし、無いものを生み出すのが魔法――形質変化である。

 そういう変化もできるということだ。


 もしかしたらどこかで使うテクニックかも知れないと思い、忘れないために脳内メモにしっかりと書き込んだ。


 さて、そんな俺が地図を見ていると霊符がふわりと起き上がった。

 それは山奥に進んでいったと思うと、そのまま山を通り抜け奥多摩を通り抜けるようにして都心部へとゆっくり進んでいく。


 ……人口密集地に進んでないか、これ。


 俺が状況のヤバさに内心青くなっていると、父親が静かに口を開いた。


「レンジ」

 

 その言葉に、レンジさんが頷いた。


「分かってる。すぐに出発しよう」

「ど、どうして? 何がおきたの?」


 1人、理由をつかめていないアヤちゃんが戸惑ったままレンジさんに問い返した。


「アヤ。大変なことになった。パパたちはここに誘導されていたんだ」

「ゆうどう……?」

「そうだ。大方、熊を倒しにきた祓魔師たちの気の緩んだところを、第一階位の“魔”で囲って殺すつもりだったんだろう」


 レンジさんの予想に、アヤちゃんはさらに尋ねる。


「なんで、そんなことをするの?」

「祓魔師たちの注目をここに集めるのが目的だろう。『隠し』を行った本体は人の多いところに足を運んで祓魔師たちにバレずに魔力を食う算段だったんだ」

「パパたちは狙われてたってこと……?」

「そういうことだ」


 かろうじて、分かるところだけ理解したアヤちゃんがそんなことを尋ねた。

 

 俺は俺で、モンスターの周到深さに舌を巻かざるを得なかった。


 魔力を食うためにそんなことまでやるのか、と。

 これまでのモンスターたちも思考はしていたが、今回のやつは姑息というかなんというか……。めんどくさそうな相手だ。


 そんなことを思いながら、俺たちは勢いよく車に乗り込んだ。


 4人が車に乗り込むのを見てから、レンジさんはエンジンを駆動。

 車に電気が灯ると、巧みなハンドルさばきで今日来た道に向かってUターン。


 そして、アクセルを踏みながら窓際のボタンを押すと、車からサイレンが鳴り始めた!


「え、えぇっ!?」


 これには俺もびっくり。


「うん? イツキくんは知らなかったのか? 祓魔師の車は、緊急車両になるんだ」

「……し、知らなかった」


 赤いパトライトを回らせながら、アクセルをベタ踏みしたレンジさんと一緒に車が加速していく。


 いや、たしかによく考えてみれば祓魔師が現場に到着するのが遅れれば人が死ぬんだから緊急車両になるのは当然なのか……?


「宗一郎、『神在月かみありづき』に連絡を取ってくれ。すぐに祓魔師がでなけりゃ人が死にすぎるぞ」

「分かってる。だが、それよりも先に……」


 父親がそこまで言いかけた時、突然目の前に鹿が飛び出してきた!


「……ッ!」


 その瞬間、車にいる誰が反応するよりも先に俺が反応した。


 『導糸シルベイト』で鹿の身体を包むと、一瞬にして霧状になるまで切り刻む。


 バシュッ! 

 と、真っ赤な血液が舞うと、遅れて黒い霧になって消えていく。

 その消え方はモンスターの死に方だ。


 完全に祓えたことにほっとしていると、その霧を払うように車が走り抜ける。


「……ありがとう、助かったよ。イツキくん」


 冷や汗を拭いながらレンジさんが答える。

 それに俺は『どういたしまして』と返した。


 しかし、それよりも俺は気になる質問を父親に投げかけた。


「ねぇ、パパ。どうしてさっきから第一階位の“魔”がこんなに出てくるの? 変だよ」

「……もう少ししたら教えようと思っていたが、ちょうどよいか」


 時速100kmくらいは出ている車の中で父親は深く息を吐き出すと、いま何が起きているのかを教えてくれた。


「『第五階位』以上の“魔”は、下級の“魔”をのだ」

「……え?」


 俺は思わずそう聞き返した。

 いや、それは仕方ないだろう。


 だって、モンスターを作るなんて……そんな話、聞いたことがない。


「『第五階位』以上の“魔”を放っておけば、歩いた先に“魔”を生み出しつづけ無数の“魔”のあるじになる。“魔”が“魔”を呼び、手の付けられなくなった状態を――『百鬼夜行』と呼ぶ」

「……百鬼夜行」


 嫌な響きだ。


「『百鬼夜行』は“魔”が人を殺し、死んだ者が“魔”になり、“魔”を増やしていく。一度、京都で戦ったことがあるが……あれは地獄だった」


 いつもの父親とは違う、ひどく冷たい声に俺はぎゅっと拳を握りしめた。

 

 ヒナの時のような惨劇が、この先に広がるかも知れない。

 そう思うと、俺はいてもたってもいられなくなって、心の焦りを落ち着かせるために深く息を吸い込んだ。


 だが、遠く離れたモンスターに対して今の自分に出来ることなんて何もなくて黙り込んで。


 ……何もなくて?


「待って、パパ。レンジさん!」


 俺は思わず閃いた。


 そうだ。俺にはある。

 モンスターが市街地に入る前に食い止める方法が。


 ヒナのときのような地獄を生み出さない方法が。


「どうした? イツキ」

「僕に……考えが、あるの」

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