第21話 お預けの治癒魔法
あれから色々と『形質変化』について触っていたのだが、結論としては自由度が高すぎて逆に難しいとなった。
ほら、キャラクターを自分好みに作れるゲームでどうしたら良いか分からずデフォルトで始めちゃうあれだ。もちろん、そういうのが好きで凝るやつがいるのは分かるんだが、俺にはどうにも合わないのである。
話を魔法に戻すんだが、形質変化は本当に何でも出来る。
例えば、服。
『
例えば、食べ物。
『
俺は練習の途中でそういったものを作って、思い知った。
シンデレラも、ヘンゼルとグレーテルも、この世界では実話なのだと。
ガラスの靴も、カボチャの馬車も俺の魔力の『形質変化』によって再現できた。
俺が初めて作ったときは1時間と持たずに全部元の魔力に戻ってしまったが。
しかし、それまでの全てがシンデレラの伝承と一致する。
だから、あれは実話だ。
もちろん何のデメリットもなく『形質変化』を使えるわけじゃない。
『形質変化』は『属性変化』に比べれば信じられないほどの魔力を消費する。
どれくらい消費するかというと、普通の属性変化を1とした時に服を作ったときは30。食べ物を作ったときも30。しかし、馬車を作ったときは900と一気に跳ね上がる。
色々試してみた結果だが、構造が複雑になったり、長時間この世界にとどめておこうとすると魔力の消費量が多くなるみたいだ。
まぁ、『第七階位』の俺にはあってないような制限なんだが。
そんな『形質変化』の練習によってある程度は変化を扱えるようになったので、母親にかねてからの頼みである『治癒魔法』を教えてくれと頼み込んだ。
母親は俺の『形質変化』の練度と魔力量を見て、渋々だがOKを出してくれた。
出してくれたので、その練習を楽しみにしていたのだが、
「イツキ。酔っていないか?」
「うん、大丈夫だよ。パパ」
4WDの大きな車が、段差を飛び越えてガタンと車内が跳ねる。
運転しているのは父親ではない。霜月家のレンジさんだ。
そう。俺が楽しみにしていた治癒魔法の練習はお預けとなり、今はレンジさんとアヤちゃんの4人でキャンプに向かっているのである。
キャンプ、というがキャンプ場にテントを建てるような
これもれっきとした祓魔師の仕事だ。
何でも東京の猟友会から連絡が入り、
えっ、東京って熊でんの?
と、俺は思ったのだが、どうやら東京には本当に熊が住んでいるらしい。
んで、その熊を好んで襲う熊が出たと。
最初は猟友会が向かったが逆に熊に食われてしまい、よくよく調べてみるとモンスターだったらしい。
そういうわけで、我ら祓魔師の出番となったわけである。
なので、今回のキャンプは熊討伐。
俺たち子供が一緒に連れてこられたのは、祓魔師として泊りがけの仕事に慣れるためらしい。
ガタガタと悪路を走らせながら、運転席に座っているレンジさんがアヤちゃんに尋ねた。
「アヤは酔ってない?」
「……うん。酔ってないよ」
そういうアヤちゃんの顔色は、真っ青だ。
間違いなく酔ってるのだが……俺にはどうすることもできない。薬なんていう複雑なものを形質変化で再現することはまだ俺には出来ないからだ。
「アヤちゃん。窓開ける?」
「ううん……。虫、入ってくるの嫌だから……」
新鮮な空気を入れないかと提案してみたのだが、アヤちゃんは首を横に振る。
俺たちがいるのは山も山。
森も普通にあるので東京だと思えない。
23区から出れば、こんなもんらしいが……ちょっと信じられん。
「アヤ。そろそろつくから」
「……ん」
そんなこんなで車を走らせること30分。
小さなボロい家の近くで車が止まった
「ここにしよう。宗一郎、結界を張ってくれ」
「あぁ。任せろ」
父親は車から降りて、『
「パパ、何しているの?」
「む? 前にヒナを助けたときのことを覚えてるか?」
「うん。覚えてるよ」
忘れられるわけもない。
「あの時に、“魔”を感知する結界を張っただろう。あれの大きいやつをこの周辺に張る。半径300mと言ったところかな」
「300m? 大きいね!」
「そうだろう。パパは『第五階位』だからかなり広く貼れるが、他の祓魔師では中々厳しいのだ」
父親は手を動かし続けながら、ちょっと自慢げ。
最近は俺がヒナに構いっぱなしなので、落ち込んでいたのだが……どうにも
しかし、それにしても半径が300mの結界だと円周の長さは2km弱?
なっが……。
結界を張っている父親の邪魔をしても悪いので、俺はレンジさんの近くに向かって車中泊の準備を手伝うことにした。
「お、イツキくん。ジュニアシートを取ってくれる? シートをフラットにしたくてさ」
「はい!」
魔力量は人並み外れているが、モンスター討伐に関しては素人に毛が生えた程度の俺は邪魔にならないようにするので精一杯。
気分の悪そうにしているアヤちゃんのシートベルトを外してあげて、ジュニアシートと一緒に外に連れ出す。車内に誰もいなくなったのを見て、レンジさんが車内をフルフラットにしていた。
「ねぇ、レンジさん」
「どうしたの?」
「この車ってレンジさんの車なの?」
「そうだよ。大きいだろう? これなら大人数で泊りがけの討伐も迎えるからね」
「はぇ……」
そういえばウチの父親もすっごい高そうな車に乗ってたし、もしかして祓魔師って高給取りなのか? ありそうだな。家もでかいし、ヒナをうちで預かるときにも母親と父親が金銭面で困るような様子を見せないし……。
でも、どっから給料でてんだろ?
「レンジ。結界は貼り終わった。後は“魔”がこの中に入ってくれば、いつでも感知できる」
「そうか、助かるよ。俺は魔力が足りないからな」
「気にするな」
レンジさんは父親にペットボトルのお茶を渡すと、なんでも無いかのように父親は首を振っていた。
しかし、結界を張ったあとはどうやってモンスターを狙うのだろう。
俺は父親の服を引っ張って、尋ねた。
「ねぇ、この後ってどうするの?」
「待つだけだ」
「え?」
しかし、思っていたよりも根性チックな返答で俺は思わず問い返す。
「“魔”は魔力を食う。祓魔師は普通の人々よりも魔力量が多いから、放っておけば向こうからやってくる。そこを迎え討つ」
「じゃあ、それまではこの車で待つの?」
「あぁ。そう案ずるな。どんなに遅くても3日以内には、こちらにやってくるだろうさ」
「…………」
3日て。
お、俺の治癒魔法練習が遠のいていくが……。
しかし文句を言ってもしょうがないし、せっかくだから色々新しい魔法を教えてもらおう。
気を取り直して俺は車中泊の準備を手伝った。
準備自体は1時間足らずで終わり、それからやることもないので俺たちは魔法の練習をしたりトランプをしたりして時間を潰した。
そうこうしているうちに、すっかり太陽が沈み――夜がきた。
近くに街灯なんてなく、灯りは車の中に設置してあるランタンだけ。
俺たちが夕食を食べ終わって、そろそろ寝るか……なんて、そういう雰囲気になった瞬間だった。
「……来た」
ぞ、とするような声色で、敵の来訪を父が告げた。
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