第5話 成長

 ちょっとだけ『魔喰い』状態にして器を拡張するトレーニングを行うのは1日に3回。母親がおむつを変えてくれる直前に行うことにした。理由はそのタイミングが、一番不快感が少ないからである。


 いかに俺の身体が赤ちゃんとはいえ、おむつのに中に“ソレ”がある状態は不快だ。

 想像したことある? 自分が動くたびに、自分のお尻の周りにあれがくっつく感覚。


 だったらトイレでやれよ、と言われるかも知れないが1歳ではトイレトレーニングなんてしない。何歳からトイレトレーニングするかなんて子育てをしたことがない俺が知っているわけもないが、恐らくやるとすれば歩けるようになったらだろう。


 ということは2歳とか、3歳とかか。


 それまでは、このおむつと仲良くしなければ行けない。

 新しい人生で初めてできた友人がおむつかと思うと幸先が不安だが、終わりよければ良しだ。これから友達をたくさん作っていけば良いだけである。


「イツキ。今日も魔力を出して偉いね〜」

「まちょく! まちょく!」

「そうだよ〜。ちゃんと出さないとお腹がいたいいたいなるからね」


 母親におむつを変えてもらいながら、俺は手を叩く。

 どうやら、俺が体外に魔力を排出しているというのは分かるらしい。そして、ここ数日は俺もトレーニングのためにあえて体外に出すようにしたので、目に見えて母親が安心しだしたのだ。


 きっと、『魔喰い』で俺の兄が死んでしまったことをトラウマに思っているのだろう。その気持ちは、分かる。


 だから、どうか母親には安心していて欲しいのだ。

 ちゃんと身体の外に魔力が出るなら『魔喰い』は起きない。起きるはずもない。


 こんな姿だが、これでも俺の人生初めての親孝行である。


 というか、母親が安心しているのを見ると俺も不思議と安心するのだ。そういう気持ちを思い返してみれば俺も子供の時には、そんな優しい子だった。一体どこで道を踏み間違えたんだろう。まぁ、俺は今も子供なんだが。


「イツキの様子はどうだッ!?」

「かなり落ち着いてきてますよ。最近は魔力を外に出す方法を覚えたみたいで、安心してます」

「そうか。自分の力で身につけたか。強い子だ」


 おむつを変えたばかりの俺を父親が抱き上げる。

 その時、不安そうにしている母親の顔が目に入ってきた。


「このまま3歳まで無事に育ってくれればよいのですが……」

「うむ。そうだな。何事も無ければいいが……」


 言葉尻が小さくなる2人、俺は内心でつっこんだ。


 おい! それだよ!!

 それが気になるんだよ!!!


 祓魔師として死にたくないから強くなる。

 そう目標を立てたのは良いが、祓魔師になる前に死んでしまっては元も子もない。だからこそ気になる。3歳までに何が俺に襲いかかってくるのかと。


 それが分からないから、不安はつのる一方だ。


 しかし、俺はもういつまでも寝ているばかりの赤ちゃんではない。

 1歳になったのだ。1歳になったから、聞いてしまえばいいのだ。


「ちゃんちゃい?」


 3歳、と言いたかったのだが歯が満足に生えそろってない口だと上手くろれつが回らない。


「む? イツキ! いまもしかしてパパと言ったか!?」


 しかし母親より親バカな父親は、片方しか無い目をキラキラと輝かせて俺の顔を見てきた。おかしいだろ。何をどう聞いたら『ちゃんちゃい』が『パパ』に変換されるんだよ。


 だが、俺がツッコミを入れるよりも先に母親が答えてくれた。


「あなた。この子は3歳と言ったんですよ」

「ほう! もう言葉が分かるのか!! 賢いな!!」

「もちろん分かりますよ。絵本をたくさん読み聞かせしてるんですから」

「そうかそうか! それは良いことだ!」


 俺を『たかいたかい』しながら、父親が微笑む。


「良いか、イツキ。3歳までな、お前は『魔喰い』に何度も襲われるだろう」

「まくい!」

「そうだ。だが、3歳を過ぎたら身体が必要以上の魔力を身体に溜め込まなくなる。そうすればお前はもう『魔喰い』に襲われなくても済むのだ!」

「む……」

「わはは。イツキにはまだ難しかったな」


 そう言って高らかに笑う俺の父。

 

 いや、俺が不機嫌になったのはそこではない。

 確かに『魔喰い』に襲われないのであれば、それは俺にとって喜ばしいことだ。今は『魔喰い』が突然起きないようにずっと気を配っているし、体内の魔力チェックも欠かしていないのだから。


 しかし、手放しにも喜べない。

『魔喰い』が起きなくなるのであれば『器』を大きくすることができないじゃないか。


「イツキが3歳になれば、魔力量の測定もある。『七五三』だな」

「えぇ、そうですね。本当に無事に育って欲しいです」


 なんだか俺の知っている『七五三』と意味が違う気がするが、そんなことはどうだって良い。この器を大きくするトレーニングを行えるのがあと2年しか無いというのが問題だ。


 何もしなければ『魔喰い』は2週間から1ヶ月に1回という頻度でやってくる。

 俺は自分の魔力量を操作することでその頻度をむりやり高くしているのだが、2年しか無いのであれば1日3回ではなく5回とかにするとか、もっとトレーニング回数を増やした方が良いかも知れない。


 そんなことを思いながら父親に抱っこされていると……彼はぽつりと、母親に尋ねた。


「む? なぁ、かえで。イツキの魔力総量……増えていないか?」

「えっ?」


 突然、そう呼びかけられた母親はきょとんとした顔を浮かべる。


 魔力総量ってのはあれだな。『器』に入れられる魔力の量だ。


 他人からも増えてるって分かるもんなんだな。

 俺はトレーニングの成果が勘違いでなかったことに安心と嬉しさを感じて、思わず笑った。


 しかし、そんな俺のリアクションとは対象的なまでに、困惑した様子で母親が返した。


「何を言っているんですか。魔力総量は生まれ持った時に決まってて、何があっても変わらないでしょう?」

「それはそうなのだが……」


 父親は歯切れの悪そうなことを言いつつ表情を濁らせる。


 へー、魔力の量って生まれた時から変わらないんだ。

 ……ん? じゃあ、なんで俺の魔力総量は増えてるんだ??


 父親の言っている通り、俺の『器』は日々のトレーニングで少しずつだが大きくなっている。だから、魔力総量が増えているってのは間違いじゃない。むしろ間違えているのは、『増えない』という常識の方だろう。


「……気のせい、か? いや、しかし……前に抱いた時は今より少なかったと思うが……」

「あなた。もしかして“魔”と戦いすぎなのではないですか? 疲れているのかも」

「……ふむ」


 あまり納得の言ってなさそうな父親は、気難しい顔をしながらそう言ってうなずいた。


 だが、俺はそれを聞きながらある可能性に思い当たった。

 

 魔力総量が成長するのは、3歳までなんじゃないのか。


 つまりは、こうだ。


 3歳までは『器』が成長する。『魔喰い』に耐えるためだ。

 でも3歳になると身体が『器』にあわせるように魔力量を調節する。だから『魔喰い』が起きなくなる。『魔喰い』が起きないから『器』の成長は止まる。


 そして、魔力総量を計るのは成長が終わった3歳になってから。

 そこから先、魔力量が増えるわけがない。


 だから、『魔力総量は増やせる』ということが知られてないんじゃないか?


 いや、増やせるというのは間違いか。


 俺だって魔力が操れることを知らなければ、自分で『魔喰い』を起こして器を大きくするなんてことを思いつかなかった。同じことを、まだ自意識も芽生えてないような普通の赤ちゃんができるとは思えない。


 しかし、事実として俺の魔力量は増えている。


 それだけ分かれば十分だ。

 後はこれを続けていくだけ。


 だから俺は気合を入れるために腕を目一杯のばした。


「おーっ!!!」

「今パパって言ったぞ!?」


 言ってねぇよ。

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