第6話 はじめてのまほう
3歳になった。
言葉にするととても簡単に聞こえるが、1歳から3歳というのは大きな違いがある。
まず、俺は1人で歩けるようになった。食事だってちゃんとしたものが食べれるようになった。それになにより、トイレが1人で出来るようになったのだ!
なんという成長。
これで毎度毎度〝する〟たびに、母親の手間をわずらわせることがなくなった。
あと、ちなみにだが『魔喰い』の頻度も高めて『器』の拡張に努めた。
そのトレーニング中に気がついたのだが、『器』が大きくなれば、それだけ魔力の取り込み量も増える。おかげで、3歳になる最後の瞬間まで俺は『器』を広げきることができた。
2歳最後の月なんかは、1日に20回以上『魔喰い』を引き起こしていたと思う。
まさにラストスパートってわけだ。
んで……これ最初の何倍になってんだ?
少なくとも数十倍から数百倍なってないか?
0歳のときの『器』の大きさなんて覚えていないので体感になるが、それくらいは大きくなっていると思う。
布団の上で俺が魔力チェックをしていると、障子を開いて母親が入ってきた。
「イツキ。起きてるかな〜?」
「ママ! 起きてるよ!!」
「今日は『七五三』だから、家の外に出れるよ〜。楽しみにしてたもんね!」
母親の言う通り、俺は
「外!? 外出れる!?」
「そうだよ。出れるよ〜。ほら、お着替えしようね」
「ん!」
これは、
我3歳ぞ? 危なくないんか? と思うが、欧米では既に赤ちゃんの時から1人で寝かしつけるという雑学をどこかで聞いたことがあるので、赤ちゃんを1人で寝させるというのは変な話では無いのだろう。
しかし、寝させる時は1人なのに、俺は生まれこの方一度も外に出たことがないという変な過保護ぶりを受けている。予防接種とか、定期検診はわざわざ医者がこの家にやってきているのだ。すごくない?
前にどうしてそんなことをするのか父親に聞いたら、『“魔”に襲われないため』と返ってきて納得した覚えがある。モンスターは人の魔力を求めて襲う。中でも子供は弱いからよく狙われるらしいのだ。
「イツキ! 着替えたか!」
「まだ! 着替えてない!」
噂をすればなんとやら。
本人が勢いよくやってきた。
いつもは忙しい父親も、今日だけは無理を言って休みをもらってきたらしい。
何しろ子供の魔力量を測定する行事だ。
これで家の進退が決まると言っても過言ではない……とかなんとか。とんでもないことだ。まさか3歳にして家の期待を背負うようなことになるとは。
思えば前世では人生の進路が決定的になったのは就職したタイミングだった。
しかも、背負うのは自分の人生だけで家の期待なんて重たいものを背負ったことはない。思わず緊張してしまって、俺はぶるりと震えた。
しかし、緊張をなるべく外に出さないようにして着替え終わると、
「イツキ。行くか!」
「行く!!」
俺はぐっと手をのばした。
それに
「朝ごはんは車の中で食べるんだぞ」
「くるま!」
「そうだ。ブーブーだ!」
「ぶーぶー!」
片目に眼帯した傷だらけの男が『ぶーぶー』なんて口に出すのは、思わず血を吐き出す時にくぐもった息漏れくらいだと思っていたのだが現実はそうではないらしい。しかし、その見た目で『ぶーぶー』て……。
と、俺は半分引きながらこの日本にも車があることに安堵した。
魔法がある世界だ。
箒に乗って空を飛び回ったりかぼちゃの馬車が日常的な移動手段だとしたら、俺はこの日本を日本と呼べなくなるところである。
……発想が絵本に引っ張られすぎだな。
俺は父親と母親に手を引かれて靴を
中に普通の日本人が入っている俺から言わせてもらうと、とんでもなく立派な門構えである。一体いくらかかっているのだろうか。
あー……すぐに金のことを考えるのは大人のダメなところだな。
でも気になるものは気になる。
「良いか、イツキ」
「どうしたの? パパ」
転生して初めての外の景色に思わず俺は浮き足立つ。
今すぐにでも飛び出したい気分にかられていたのだが、しかし父親は俺の手を握りしめて門の前で立ち止まった。
「これから『
「分かった!」
「良い子だ」
その理由なんて今さら説明されなくても俺は知っている。
父親から離れてモンスターに襲われて死んだ、なんてシャレにならない。絶対に離れんぞ俺は。
「如月家の方々ですね。お待ちしておりました」
正門から抜けると、そこに停まっていたのは1台の黒い車。
しかも、その側にはスーツを着た初老の男性が立っており、俺達に深々と礼をしてくるではないか。これは一体どういう状況なんだ!?
「今日は頼む」
しかし、父親はその様子に特に突っ込むことなく受け入れてしまっている。
え、運転手が車を運転してくれるの? ウチってそんなにお金持ちだったの??
目を白黒している俺をよそに、後部座席が開かれる。
「イツキ、これが車だ」
「ぶ、ぶぅ……」
知っとるわ、とは言えないので子供らしくごまかす。
違うんですよ。俺が気になっているのは車じゃなくて、運転手の存在なんですよ。
しかし言葉にできるはずもなく、俺は用意されたチャイルドシートに行儀よく座る。そんな俺の隣に座るのは母親ではなく、父親だ。
「では、出発いたします」
緩やかな加速とともに、車が前に進む。
「あなた。これをイツキに」
「うむ」
母親が渡してきたのはカレーパンの袋である。
何を隠そう俺はカレーパンが大好きなのだ。しかもなぜかこっちの世界にやってきて、初めて好きになった。前世では興味も無かったのだが、転生というのは不思議だね。
俺は父親から手渡された、パンをもそもそと食べながら窓の外を眺める。
前世の日本と何も変わらない、というのが感想だった。
魔法があるくらいだから中世くらいで建物の外観が止まっているとか、空には箒とかに乗ってる魔法使いたちが飛び交っていると思ったが、そんなことはない。
至って普通の日本だ。
もしかしたら、魔法という存在は一般的ではないのかも知れない。
ぼんやりと考える俺を乗せた車が大通りに入って、左折しようとしたその瞬間だった。
『ねェ』
かすれた女の声が、聞こえた。
俺は反射的に、車窓――声の聞こえてきた方向を見る。
『見えテるんでしょう?』
すると、そこにはボロボロの服を着て顔には大きな
「ふぎゃああ!!!?」
思わず俺が奇声を上げるのと、その化け物が
『ぎゃぁぁああああ!!!』
燃えながら車から化け物が剥がれ落ちた。
車の速度から振り落とされた化け物は、地面を数度跳ねると道路の上でもだえ苦しんでいる。だが、他の車はそれを気にする様子は見せない。
……見えてない?
いや、だが今の俺が気になるのはそこではない。
気になるのはさっきのお化けが急に燃え上がったことだ。
謎の発火現象……ではない。
俺は、驚きながらもその一部始終を見ていた。
隣にいた父親から半透明の糸が伸びて、それが化け物を包んだ瞬間に炎が上がったのを。
間違いない。――魔法だ。
俺は生まれて初めて見るそれに思わず目を奪われた。
化け物のことなんて忘れてしまうほどに。
「イツキ。大丈夫か?」
「パパ、すごい!!」
「わはは。そうだろう。こう見えてもパパはとても強い祓魔師で……」
「パパが、糸伸ばしてた! それで燃えた!!」
「むッ!? 今のが見えたのか」
俺が目の色を変えてそういうと、父親の方は顔色を変えた。
「き、聞いたか
「……い、イツキ。本当に見えたの?」
『
絶対に見間違いなんかじゃないので、俺は深くうなずいた。
「うん。見えたよ!」
「て、天才だ!! イツキは天才なのかも知れんッ!!」
父親はやけに盛り上がっているが、これはいつものことである。
しかし、糸が見えたくらいで何がすごいのだろうか?
今いちよく分からないので、俺は父親に尋ねた。
「パパ。しるべいとって何?」
「イツキ。さっき、お化けが急に燃えただろう?」
「うん。火がでてた」
「あれが『魔法』だ。その魔法をコントロールするのが、『
「見えたら駄目なの?」
「まさか! その『真眼』を喉から手が出るほど欲しがる祓魔師は溢れるほどいるのだ。ただ……」
「ただ?」
「その眼は努力では手に入らない。天性のものなのだ。イツキ! お前はすごいぞ!!」
「わー!!」
と、口だけでは喜んでいる振りをしつつ……俺は、ふと思った。
本当にこの眼は『生まれつき』なんだろうか?
というのも、この世界の祓魔師たちの常識には『魔力総量が増えない』がある。
しかしそれは間違いで、3歳までなら増やすことができるのだ。もしかしたら、この『真眼』とやらも、俺がトレーニングしてる中で開眼したんじゃないの?
例えばだが、俺は『魔喰い』を意図的に起こすために全身の魔力コントロールを徹底していた。その時に身についたとかなんじゃないの。……知らんけど。
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