第4話 転生者の特権
俺がこの世界に転生してからちょうど1年が経った。
もちろん首は座ったし、ちょっとずつだが言葉も喋れるようになってきた。味覚が成長して食事の味を楽しめるようになったのは良いことだったが、離乳食が不味いのは予想外だった。いや、不味いというか身体に優しい味というか……。
しかし、死ぬこと無く1歳を無事に迎えることができた。
それは素晴らしいことだ。何しろあの恐ろしい『魔喰い』を何度も乗り越えたんだから。
そして、この1年を通して分かったことがある。
この日本には、魔法がある。
魔法というのはつまりあれだ。かぼちゃを馬車にしたり、お菓子で家を作ったり……と、絵本に引っ張られすぎだが、とにかくそういうものがこの世界には存在している。
最初は日本じゃないのかよ。
なんて思ったが、それも間違い。この国は間違いなく日本だし、俺が住んでる場所も東京だ。違いは魔力という概念があって、魔法というものが存在しているということ。
そして、魔力は全ての人間が持っているらしく……“魔”、つまりは妖怪とか魔物とかモンスターとか、そういう風に呼ばれてる生き物たちが人を襲っている。そういう世界だということだ。
俺が生まれたのはそういったモンスターたちを
俺がこっちの世界に転生してすぐの頃、父親が全く家に帰ってこなかったのは、祓魔師の仕事で家を留守にしていたからだ。しかも、あの全身に渡る傷も“魔”との戦いで負ったらしい。そんな武勇伝を寝る前に聞かされた。
その“魔”……言いにくいから、モンスターと呼ぶか。
このモンスターは強い、らしい。それもすごく強いのだとか。普通は祓魔師たちが何人も集まって討伐するもので、中には死んでしまう人もいるのだという。
ハイハイしながらこの家を縦横無尽に駆け回っていたところ、やけに遺影の並んでいる仏壇を見つけた時はぎょっとしたが……後に父親がそんなことを言っていて納得した。
そして、遺影の中に並んでいる赤ちゃんの写真を見て、母親が熱心に祈っていた理由も。
俺には……おそらく、兄がいた。
そして、『魔喰い』に耐えきれずに死んだのだ。
だから俺が、長男になった。
嫌な話である。
確かに『魔喰い』は恐ろしい。
あれは放っておけば死んでしまう。それが分かる。
脳髄に刻み込まれた『死』のイメージは絶対に離れない。
だから俺は思わず、文句をつけた。
「や!」
嫌、の「や」である。
赤ちゃんの口だと言葉が上手に出せないのだ。
いや、発音なんてどうだって良い。
俺はこの状況に納得いっていない。
通り魔に刺されて死んだ。そして転生した。
ここまでは百歩譲って良しとしよう。
でもッ!
なんで転生先でも、すぐに死にそうな目にあわないと行けないんだ!!
しかも、成長した俺に待っているのは“祓魔師”という殉職率の高い仕事だ。もちろん、そんな仕事に就きたくない。もう痛いのも死ぬのも嫌なんだ俺は。
だが最悪なことに、俺には『祓魔師にならない』という選択肢が用意されていない。
何しろ俺はこの家でたった1人の子供で、長男である。
そして、前時代的なことに祓魔師の家業を継ぐのは長男と決まっている。
ということは、俺は祓魔師にならなければならないのだ。
おかしいだろ。どんな三段論法だよ。
「やぁ……」
もう死ぬのは嫌だ。
どうすれば、もう痛い思いも死ぬような思いもしなくて済むだろう。
俺は頭の中で文句を付けながら、考えた。
後方支援に徹するとか? 最初に思いついたのがそれだったが、逆に支援する祓魔師を優先して殺してまわるモンスターもいるという話を思い出して、半分泣きかけた。この案は却下。
なら、めっちゃ強い祓魔師とタッグを組んで守ってもらうとか。良い案のように思えるが、父親は1人で仕事に出ることもあることを思い出し、これも却下。いくら強い祓魔師に守ってもらっても、いずれは1人で仕事にでることになるらしい。
ああ、もう! 俺は一体どうすれば良いんだ。
俺は考えた。考えて、考えて考えて考えて……閃いた。
そうだ。強くなれば良いんだ。
考えてみれば当たり前の話だった。
なぜそんなことを思いつかなかったのか不思議だった。
前世にはこんな格言がある。
『
痛いのは、モンスターに攻撃されるからだ。それを食らう前に殺してしまえば、絶対に痛くない。しかも死なないで済む。俺の人生のレールが敷かれているのであれば、その上でどうにかして死なずにあがくしかない。
思えば、俺は前の人生で
だから、思う。
……やってみるのも、意外と悪くないんじゃなかなって。
天才的な閃きによって、俺はハイになっていた。
あぁ、そうだ。
せっかく2度目の人生なんだから、努力してみよう。
強くなろう。
そうすれば、もう痛い思いはしなくて済む。
死ななくて済む。
俺は有頂天になっていた。
だが、腹の底にある熱に気がついて……冷静になった。
そうだ。
俺を襲った『魔喰い』。あの正体は俺の体内にある『器』から溢れ出した魔力だ。
1年もの間、熱の動きを感じ取っていた俺だが、その途中であることに気がついた。
この魔力、呼吸をしているだけで勝手に増えやがる。
勝手に増えて俺の身体に溜まっていき、そして『器』を溢れた瞬間、俺に襲いかかってくるのだ。とんでもないやつである。
俺はそのたびに全身に魔力を回すか、あるいは力んで……出すことで魔力を『器』の外に出してきた。だが、それが間に合わなくなって『魔喰い』に襲われることも一度や二度ではない。
あの痛みと苦しみから逃れる方法は、もはや急速に魔力を排泄するしかないのだ。
何度、母親のお世話になったか分からない。まだ1歳だから良いが、これから先のことを考えると早い段階で『魔喰い』を抑えなければ、いずれとんでもないことになることは必至。
だから、魔力を抑えられるだけの『器』を手にすることが今の俺の一番の目標だ。
では、どうすれば器は大きくなるのか。
これも1年の間で俺は気がついたことがある。
『魔喰い』に襲われることだ。
『魔喰い』を避けるために『魔喰い』に襲われる。矛盾しているように思うかも知れないが、それは違う。
想像もしたくないのだが、『魔喰い』に襲われるたびに俺の器は少しずつ大きくなっているのだ。それが分かる。
おそらく……暴走する魔力を抑え込もうと身体がそれに合わせて成長しているんだと思う。筋肉痛がレベルアップした感じと言えば分かりやすいか。
だから、『器』を成長させるためには『魔喰い』を起こせばいい。
どうやって起こすかというと、これは簡単な話で魔力を外に出ないように器に貯めておけば良い。そうすれば勝手に溢れかえる。
だが、死にたくないが故に自分から死にいくのは本末転倒だ。
俺はここで行き詰まった。
行き詰まったまま、母親におむつを変えてもらうタイミングで俺はある疑問が出てきた。
このタイミングで、全身の魔力を器に戻したらどうなるんだろう?
普段は『魔喰い』が起きないように意図的に魔力を全身に行き渡らせている。
もし戻せば、器から魔力が溢れかえって『魔喰い』が起きるだろう。
だが……排泄は、できる。
すぐにでも、出来るのだ。
……やってみよう。
物は試しだ。
俺は全身の魔力を器に戻した。
次の瞬間、腹の底から熱が溢れた。
信じられないほどの痛みと熱が襲いかかってくる寸前に、俺は慌てて出すものを出した。
「もうイツキ〜! おむつ変える前だから良かったけど……」
母親に怒られてしまったが、問題は魔力の『器』が大きくなっているかどうかだ。
俺は体内に意識を向けて、器の総量を感じてみる。
……増えてる。
間違いない。
あの一瞬の『魔喰い』でも魔力の器は大きくなっている。
痛みに耐える時間はとても短く、死の恐怖に怯えることもなく魔力の『器』の拡張は成功した。次の瞬間、俺のテンションは一気に跳ね上がった。
やった! 実験は成功だ!!
人前で漏らすことを
名付けて排泄トレーニングだ!!
見ろ! 世の中の祓魔師たちよ!!
これが転生者の特権だ!!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます