第3話 祓魔師
『魔喰い』。それが、あの激しい熱と痛みを表す症状らしい。
なんだろう。一度も聞いたことない言葉だ。
調べようにもスマホはないし、パソコンだってこの身体じゃ使えない。
だから、真相は闇の中だ。
しかし、あれが相当“やばい”ものだということは分かる。
あれに耐えられなかったら、俺は死んでいた。
ぞっとするような理解に、俺は思わず泣き出しそうになった。やばいやばい。俺だって良い歳なんだから、何でもかんでも泣くわけにはいかない。
俺はぐっと泣くのをこらえると、布団の上に寝たまま天井を見る。
もし、あれが本物の赤ちゃんを襲っていたらどうなっていたのだろう。中身が大人の俺だって無我夢中で全身に力を入れることしかできなかったのだ。赤ちゃんだったら、耐えきれずに死んでしまってもおかしくない。
……ん? じゃあ、もしかして母親が言っていた『3歳まで無事に育って欲しい』って願いは『魔喰い』から来てたのか?
生まれ直したばかりなのに、ここが本当に日本かどうか分からなくなってきた俺は思わず心の中でため息をついた。もしかしたら、ただで生まれ直せたわけではないのかも知れない。
嫌だぁ。せっかく生まれ直したんだから、もっと楽しい人生を送らせてくれよぉ。
そんなことを考えながら、俺は自分の下腹部に意識を飛ばした。
「……うみゅ」
さっきから気になるものがある。
熱だ。腹の中に熱が溜まっているのだ。それが、分かる。『魔喰い』が終わってから、急に感じられるようになった不思議な熱。
だが、『魔喰い』のように身体に悪い熱ではない。
むしろ、ぽかぽかと身体を温めてくれる優しい熱だ。
最初からそこにあったぞ、と言われても信じてしまいそうなほどに自然な熱である。まるで母親に湯たんぽでも載せられたかのようだが、そんなものが無いことはさっき抱っこから降ろされた時に確認済みだ。
まぁ、温かいのは良いんだけど……。
「ふみゅ」
この熱が邪魔で眠れない……。
冬になると足先だけ冷えて、身体の中心はむしろ熱いみたいな経験をしたことがあると思うが完全にそれである。身体の中心と外側で温度が違うので、なんとも言えない気持ち悪さを覚えるのだ。
だから、眠ろうとしてもお腹のあたりが気になって眠れない。
……どうしよう?
とりあえず俺は『熱消えろ〜!』と念じてみたが、何も変わらなかった。
まぁ、そりゃそうか。それで何か変わるわけもない。
消えるんじゃなくて、足先とか指先まで熱が行ってくれると楽になるんだけどな。
そんなことを思いながら俺は熱そのものに意識を向けてみると、ぐ……っと、熱が動いた。
「ふぇ!?」
え、動いた!?
というか、動くのかよこれ。
思わず俺はびっくりしてしまって、泣き出すところだった。
しかし、熱が動くならちょうど良い。
俺は、ちょっとずつ、ちょっとずつ、熱を全身に溶かしていく。まるで味噌汁を作る時の味噌みたいな感じで。
しばらくやっていると、お腹に溜まっていた熱が全身に回っていくのを感じた。
……温かい。
思わぬ方法で解決策を見つけた俺は、ぽかぽかと安心する熱に包まれながら眠りにつこうとしたその時だった。
「帰ったぞッ!」
玄関から、馬鹿に大きな声が響いたのは。
急な男の声で俺は思わずびっくりして、急に目が覚めた。
この身体だと泣き出すかも……と、思ったが、びっくりしすぎて逆に泣かなかった。
「イツキはどこだ!? いるか!」
「子供部屋で寝てますよ」
ドタドタという足音と共に聞こえてくる声は母親の声とは明らかに違う男の声だ。
……やけに声がでかいな。
「そうか! 顔だけでも見たいものだ!!」
「もちろん。見てあげてください。あなたの子ですから」
あなたの子、と母親が言っているのを聞いて俺は思わず背筋が固まるのを感じた。ということは声の主は俺の父親か。父親がいたのか。いや、そりゃいるか。
そんな意味不明なことを考えていると、縁側と部屋を閉じていた
「おぉ……! この子がイツキか……!!」
「えぇ。抱いてあげてください」
「……う、うむ。小さいな」
「赤ちゃんですから」
俺は首が座っていないので、自由に動かせない。
だから、目だけ動かして父親の顔を見て……俺は思わず息を飲んでしまった。
そこにいたのは、驚くほどに大きな男。
身体が分厚く溢れ出さんばかりの筋肉が服の上から分かる。
さらには顔が傷だらけで、片目は潰れているのか眼帯までしているではないか。
ど、どういうこと!?
なんで日本でそんな歴戦の軍人みたいな姿なの!!?
俺の驚きは、ついに感情の
「ふぇええええん!!!!」
「むっ! な、泣いてしまった……」
いつもと同じその感覚に俺が安心を覚えて、だんだん感情が落ち着いてくる。
「泣き止みましたよ」
「……う、うむ」
「ほら、抱っこしてください。まだ首が座っていないので、しっかり支えてあげてくださいね」
「うむ……!!」
ついに『うむ』としか言わなくなった俺の父親は、おっかなびっくり俺の身体を受け取った。母親とは違う、ごつごつとした筋肉質な身体。だが、母親と同じような優しさに包まれながら、俺はある違和感に気がついた。
……なんだ、これ?
父親の体の中心に熱を感じるのだ。
それも俺の腹の底にあるものと全く同じ熱を。
「可愛いな……っ!」
「私たちの子ですから」
すっかり泣き止んだ俺のほっぺをつんつんしながら、父親がそういう。その指も太い。どう育ったらそうなるんだと思うくらいには太い。しかも、指先まで傷だらけだし。どうなってるんだ。本当に。
「あの、あなた……」
「どうした?」
「今日、イツキが『魔喰い』に……」
「何?」
母親がそう言ったのを聞いて、父親の目の色が変わった。
『魔喰い』って、俺が知らないだけで本当は子育て家庭では一般的な単語だったりするんだろうか。
「まだ生まれて一月も経っていないだろう。早すぎないか?」
「……で、でも。この子が急な熱に襲われて」
「しかし、今は普通に見えるぞ。魔力も落ち着いている」
……今なんて言った?
魔力、と言わなかったか??
流石にそれは聞き逃がせない。
魔力はいかに子育てに疎い俺だって知っている。
それは漫画やゲームで使われる言葉だ。
間違っても、子育ての中で飛び出すような言葉じゃない。
「しかし、私とて
「ふむ……。だが、むしろこの子の魔力は全身に行き渡っている。まるで『
カイジュツ……カイジュツ……?
何だそれ。
「そ、そんなこと! だってあれは5歳くらいから使う術でしょう!? 生まれたばかりの子が使うなんて話、聞いたことが……」
「もしかしたら、イツキは天才なのかも知れないな!」
父親はそう言って豪快に笑った。
だが、母親はそれに納得いってない様子で、
「変なことを言うのは辞めてください! また、『魔喰い』に襲われたら今度こそ死んでしまうかも知れないんですよ!? 今すぐ魔力の沈静化をしたほうが……」
「安心しろ、
へー。母さんの名前は
今の今まで名前を知らなかったので、なんか得した気分である。
「この子はもしかしたら、我が如月家始まって以来の
……祓魔師?
何だそれ……と思うよりも先に、父親が俺を抱きしめたので思わず泣いた。
泣きながら心の中で叫んだ。
ここ本当に日本かよ!!?
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