最終章『届かなかったSOS』①
リョウの部屋に軟禁されてはや一週間が経った。
今日が何月何日何曜日かはわからないが、もうとっくにソーンクランは終わり、「貴子」がバンコクに帰ってきていることだけは確かだった。携帯はとっくに処分され、食事、入浴、トイレ、そして「汚らわしい営み」以外は逃げないようにクロゼットに押し入れられているため、「貴子」と連絡が取れないばかりか、陽光すら満足に浴びていない。完全に人権侵害である。
リョウの一日と言うのは朝からお昼過ぎまでモニターとにらめっこしながら、電話やメールで国内外の投資家と情報を交換し合い、それが終わったら、パソコンに落としたミスチルやマッキーの歌を聞きながら、ハイネケンを飲み、時折、男色もののDVDを観て、欲情したら俺を抱き、夜になったらシーロムソイ四のゲイスポットに出掛けると言った実になんとも優雅なものだった。同じリョウにケツを掘られる運命だったのなら俺もデイトレをやっておけばよかった、といまさらながら後悔したりもした。
それならば逃げ出すことが可能か?と言えば、そう簡単でもなく、俺をここに拉致してきたニセドアマンは名前をウアンと言ってリョウのボディガード兼私設秘書兼情夫なのだが、こいつが四六時中、監視の目を光らせていて、それがまたタイ人らしからぬ完璧な仕事をするので手も足も出ない。別に義理はないが、フォローすると、ウアンは、見た目はゴツいし、怖いが、ちゃんとタイ人的なホスピタリティとゲイ特有の細やかで優しい神経の持ち主で、俺が従順でいさえすれば、危害を加えてこないし、何よりもウアンの作るタイ料理ときたらどれもこれもレストランや屋台で食べるよりも繊細な味わいで、辛さの中にも旨みや甘みがあり、俺はすっかりウアンの作る料理のファンになってしまっていた。胃袋を握られると逃げられなくなるのが男の悲しい性だ。
まぁ、料理はいいにしても拉致軟禁されている俺は完全に自由と外部の世界への接触を遮断されているわけで、そうなるともう、このリョウの部屋が世界の全てになるわけで、もし、リョウにゲイへの洗礼と改宗を強く求められたら、間違いなく、洗脳され、ソチラの世界に転んでしまうだろう。世界が狭まり、その世界に向けてアンテナが立てられないというのはかくも恐ろしいことなのだ。北朝鮮やオウム真理教がそうであったように。それに毎晩のようにリョウに体を求められ、触られ。自由自在にされるのは当世の言葉で言うと「キモい!」以外の何者でもなく、女以外受け入れないようにできている俺の軀はいつしかリョウに触られるだけで鳥肌が立ち、酷いときには痙攣を起こすほどだった。
別に「貴子」でなくともいいので助け出して欲しい。
俺の心を自由にできない鬱屈からリョウの要求は日に日にエスカレートしていった。
それでも俺は「貴子」への「操」を貫き通す為に男役だけは絶対にやらなかったが、「俺の唾を飲んでくれ」だの特殊浴場街でいうところの「泡踊り」をしてくれだのそのおぞましさにいい加減、俺は気が狂いそうだった。俺がリョウを「憎しみながらも愛し始めること」は絶対にないと言い切れるが、このままだと俺の身が「貴子」のところに帰れる可能性は「絶対ない」かも知れなかった。
そんな朧げな希望と歪んだ現実が五感で思い知らせる絶望の繰り返しの日々にやっと「救いのようなもの」が現れた。
白石さんがリョウの部屋を訪れたのだ。
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