第三章『それぞれの明暗』➁
一方のリョウの方はと言うと、月曜から金曜日まで実労一日三時間と言う株のオンライン取引、すなわちデイトレーラーとして手堅く儲けはじめ、在タイの投資家の間でも一目置かれる存在となっていた。
刮目するべきはライヴドア株をフジテレビの買収話が出た段階、即ち、ライヴドア株が上場以来の最高値をつけたときに売りに出し、莫大な利益を得たことでタイの日本語メディアだけでなく、日本の経済誌にもその名が紹介され、「木戸涼」といえば「新星の相場師」として今や日の出の勢いだ。ライヴドアがのちにどうなったか?を知っていると余計にリョウの神がかったデイトレの才能がわかるというものだ。
株に興味もないし、わかりたくもない俺だが、さすがにそのときばかりは「なんであのタイミングでライヴドアが売りだってわかったんだ?」とリョウに訊いたが、いつもの如く、兄貴ぶって、「そんなこと造作もない」といった顔をして、「どう考えたってあれが天井だろう。それに堀江氏が村上ファンドの村上氏と組んでインサイダー取引をやってるのは俺たち投資家の間では常識だ。今はいいが、そのうち内部告発されたらアウトだからな」
リョウの分析の真偽のほどはあえなく証明されたが、これがリョウの言う「市場を読む」ということに相違ない。俺はそんな「奇術」を使うリョウのことはただただ感心するばかりで嫉妬するとか、快く思わないなんて事はまるでなかった。
そんなわけで、ドロップアウトした俺と株でひと財産作り、蔵まで建てる勢いのリョウとの明暗はハッキリと分かれた。
その最もたる例として、旅行作家下川裕治氏が言うところの「外こもり状態」になってしまい、安定した収入のなくなった俺は生活費を切り詰めるため、ラチャプラロップマンションからスクムビットプラカノンソイ二にあるエアコンもテレビも冷蔵庫もホットシャワーもない安アパートへと都落ちをし、それまでの贅沢を改め、食事も衣料も屋台、病気は気合いで自然治癒と言う貧乏カーストへと身を落とした。
そんな俺とは反比例してリョウはラッチャダーソイ七のジャスコの裏にある高級コンドミニアムフローレンスマンションへと「栄転」して行った。
だからと言って俺とリョウが疎遠になることはなかった。
バンコク生活のプロローグから行動を共にしている俺とリョウは「相棒」と「兄弟」を足して二で割ったような存在である。
リョウとはラマ三世通りの『タワンデーン』でカラバオがライヴをやると聞けば、かぶりつきの席で燃え滾るマグマのように歌うエートさんに黄色い声援を贈り、少しリッチなタイ人とお友達になりたくてソイトンローのパブ巡りをしたり、仲間内で「ムーガタをつつこうぜ」と言う話になったらリョウは必ず輪の中にいた。
あまりにも仲がいいので口の悪い友人からは俺とリョウはゲイカップルではないか、と言う噂まで立った。
俺は違うが、リョウは事実、ゲイなのだと思う。
確固たる証拠はないが、リョウは俺とか仲間内でゴーゴーバーやコヨーティやタニヤやその他女の子のいるバーに行っても店の女の子と積極的にコミュニケーションを取ろうとせず、居心地悪そうにジョニーウォーカーを舐めながら小さくなっているし、古式按摩やソープに誘っても絶対に付いてこない。理由を質しても、「お金で女の子を自由にするのはどうかと思うよ」と中学生のような模範的回答しか帰ってこないし、どんなに誘惑の言葉を投げても重い腰を上げようとはしない。まぁ、それは一理あると言うか一応、スジが通っているのだが、サイアムスクエアーなんかでパッツンパッツンの制服を着た可愛い女子大生を見つけると俺なんかは決まって「ナンパしてくる」とキャピキャピしながらお近ずきになろうとするのだけれど、「みっともないからやめろ」と俺の腕を押さえ、決まって不機嫌になるのだ。
これまた確証はないが、多分、リョウは俺のことが好きなのだろう。
夜毎、俺のことを思いながら乳白色の三ccの液体を搾り出しているのだろう。
そう妄想してみたら、なんだか鼻の頭が「ツン」と痛くなった。
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