20,2 最終話:オカルトマニアのぼくっ娘と陰キャオタクな先輩のラブコメホラー ΦOLKLORE・急

 

 ”Φの世界”を電車が走る。

 ぼくというたった一人を乗せて。

 いや、正確には――。


『思えば遠くに来ちゃったね、あーちゃん』


 ぼくの正面の座席に座るもう一人のぼく。

 人造天使――キサラがいる。


『この電車は”Φの世界”の深層へ向かってる。たぶん”こきゅうとす”まで。見て、あーちゃん』


 キサラの視線の先、この電車の進行方向にはトンネルがあった。


『あのトンネルを越えれば深層だよ――気をつけてね、あーちゃん』

「え――?」


 その言葉の真意を確かめる暇はなかった。

 トンネルに電車が突入した瞬間、全てが暗闇に包まれた。

 視界だけじゃなくて、五感の全ても、意識までもが、闇に堕ちた。




   ☆   ☆   ☆




「この中に給食費を盗んだ者がいる」


 あれ……?

 気がつくと、そこは小学校の教室だった。

 それはわかるんだけど、ぼくが通っていた小学校とは違う。

 自分の手を見る。指がちょっと太くて、男の子の手だった。

 教壇に立つ先生が、強い口調でぼくらを追求する。


「今すぐ名乗り出れば問題にはしない。正直に出てくる気はないか?」


 どうやらこの教室から給食費が盗まれたようだった。

 犯人はこの中にいるらしいけど。

 当然ながら、誰も名乗り出ない。

 それはそうだろう、わざわざ盗んだのに自供するバカはいない。


「わかった……ならみんな机に伏せるんだ。先生だけが見ているから、やったものは手を上げなさい。これが最後だからな、この段階で名乗り出れば先生怒らないから」


 小学生たちがおずおずと顔を伏せてゆく。

 だけどぼく・・だけは顔を伏せなかった。


「おい、君も伏せなさい」

「こんなことに意味はありませんよ」


 小学生とは思えない、ゾッとするような冷静な声。

 先生が気圧される。

 

「どういうことだね」

「推理すればいい、ということです」


 ぼく・・は犯行時刻の特定にアリバイの整理。

 大人でも簡単にはできない情報処理をスラスラを続けてゆく。

 そして、


「以上を整理すると、犯行時刻にアリバイが成立していない生徒は一人に絞られる」


 ぼく・・は犯人を特定し、指さしたのだった。

 指摘された男子生徒に教室じゅうの視線が集中する。


「な、なんだよ、オレが犯人だってのかよ! しょ、証拠はあんのかよ!」

「ないな、状況証拠だけだ。だがお前の身体検査をすればはっきりする」

「っ……オ、オレんちは金持ちだぞ、給食費なんて盗む必要ないだろ!」

「動機ならある」

「な、なに……」

「お前、人気ソシャゲにかなり注ぎ込んでいるな。お前の小遣いは月3万だとのことだが、今月は天井までまわしてURを出したと吹聴していた。そのソシャゲの課金上限は6万だ。計算が合わない。仮に親の財布から金を盗み、その補填として給食費に手を付けたとしたら――辻褄が合う」

「な、なんで……そんなことまで」


 男子は観念して白状した。

 こうして給食費盗難事件は解決した。

 最後に、犯人とバレた男子がぼく・・を見て呟いた。


「この……バケモノ……」


 放課後。

 一人、家に歩いて帰る。

 友達はいなかった。一人も。

 あいつと話したくない、話したらなんでもバラされるぞ。

 そんな陰口を聴こえないフリをしながら。


「ただいま」

「おかえりなさい」


 家には母親がいて、優しく出迎えてくれた。

 どこか疲れた表情をした美女だった。


「母さん、俺さ。学校で給食費を盗んだヤツを暴いたんだ」

「そうなの、すごいじゃない」

「本当に、そうなのか……?」


 ぼく・・は震える声で言った。


「真実を明らかにして良かったのかな。俺はそうやって、誰かを傷つけてないのかな?」

「あなたのその才能は、とてもとても得難いものなのよ。欲しいと思っても簡単には手に入らない。生まれついてあなたは特別なの」

「でも俺……友達もできないし、みんなにバケモノだって……」

「あなたはバケモノなんかじゃない」


 母親は優しく抱きしめてくれた。


「この世界でたった一人の……私の息子なんだから」




   ☆   ☆   ☆




「――はっ!?」


 目が覚めた。

 どうしてたんだっけ。そうだ、電車がトンネルに入って。

 暗闇に飲まれて意識を失ったんだった。


「さっきの夢は……いったい」


 いや、わかってる。

 さっきまで見ていた夢はきっと、先輩の記憶だ。

 原理はよくわからないけど、ぼくが先輩に近づいている証拠だと思った。


『あーちゃん、目が覚めたんだね』

「キサラ……ぼくはいったい」

『階層を降りたショックで意識が飛んだんだよ。窓の外を見て』


 言われた通り、電車の外を見た。

 そこに広がる世界は――言葉にできない景色だった。

 時間も空間も歪んで、生理的嫌悪で脳がビリビリと震える。

 「お、オエェ」胃液が逆流して床に吐き出された。


「は、吐いちゃった……乙女なのに」

『そんな軽口叩ける元気があるなら大丈夫だよ』

「キサラ、ここは?」

『”Φの世界”の深層、”こきゅうとす”。この世界のどこかにセンパイがいる。さっきあーちゃんとセンパイの記憶が繋がったということは、もうこの列車は向かっていると思うよ。縁に導かれて』

「やっぱりさっきの記憶は先輩の……」


 先輩は小さな頃、周囲から浮いていた。得意な推理力のせいで。

 それ自体は不思議じゃない。

 丸くなった今でもそれなりに彼は浮いているからだ。

 だけど、違うのは……。


「先輩のお母さん、優しそうな人だったな」

『ねぇあーちゃん。センパイのこと、好き?』

「え……な、なんですかいきなり!」

『キサラはね、あーちゃんの中から外の世界を見てきたんだぁ。センパイといっしょにいろんな謎を解いたり、誰も捕まえたことのない生き物を捕まえようとしたり……たくさんの冒険たびをしてきたよね』


 キサラは笑いながら、だけど真剣な口調で続ける。


『ずっと行きたかった外の世界はね、思ってたよりつまらなかったんだ。毎日おなじことの繰り返し。誰かがいなくなっても、一日泣いて、そこで一区切り。また同じ毎日が続いてゆく。だけどあーちゃんとセンパイは、誰かが捨ててしまったようなモノも、諦めなきゃならなかったようなユメも、大人になる時忘れちゃうようなキモチだって……ホンキで探し続けたよね』

「キサラ……」

『そうやってあーちゃんの目を通して視る世界をね、キサラは好きになれた。あーちゃんが見つめてきたセンパイのこと、大好きになったんだ!』


 『だからね――こんどはあーちゃんの番』キサラは言った。


『あーちゃんの本当の願いはなぁに?』

「ぼくは……」


 言葉につまる。

 ぼく自身の心の謎。何度も何度も問いかけられてきた。

 ぼく自身で問いかけてきた。

 「ぼくは先輩のことをどう思っているんだろう?」

 答えを出さなきゃならないんだ。


「キサラ、ぼくは――」

『到着したよ』

「え――?」


 電車が減速し、停まった。

 こんなところに、駅?

 扉が開く。外に出ろ、というコトだろうか。

 でも外に出て、こんな世界でどこへ行けば……。

 ぼくは扉の前で躊躇していた。

 キサラはそんなぼくの耳元で囁く。


『あーちゃんはキサラのことを妹だって言ってくれたよね。キサラ、とっても嬉しかったよ! 造られた存在のキサラに家族ができるなんて、奇跡だよ!』


 彼女はぼくの背中を押した。

 ぼくの身体だけが電車から押し出され、プラットホームに降り立った。

 電車の中にはまだキサラが残っている。


「キサラ……?」

『奇跡なんて、もしかしたらありふれたモノなのかもしれないね。だけどそんなのないってみんな諦めて、探そうともしないから、気づけばそこにあるハズなのに……気付けないまま、やがて忘れ去ってしまう。あーちゃんはね、ありふれた奇跡に気づける人なんだよ。だからね、あーちゃん――』


 電車の扉は閉まる。

 ぼくとキサラのゆく道が分かたれた。



『――しあわせになってね』




 ぼくが振り返ると、そこはやっぱり駅だった。

 看板にはひらがなで『こきゅうとす』と書かれている。

 そこに設置されたベンチには、1人の少年が座っていた。


「せ……先輩!?」


 眼鏡をかけた、ぼさぼさの少年に駆け寄った。

 彼は怪訝そうな目でぼくを見上げると、


「先輩? 俺、中学生だけど。あんた高校生だよな、人違いじゃあないのか?」


 いつもの口調でそう返してきた。

 声とか顔つきは今より幼いし、服装も中学の制服みたいだけど。

 確かにその男の子は過去の先輩に間違いなかった。


「あ、あはは、知り合いにそっくりだったから見間違えちゃいましたー……なんて」


 ぼくは苦笑いでごまかしながら、


「隣、座ってもいいですか?」

「駅のベンチは公共の設備だ、俺が止める権利はない」

「じゃあお言葉に甘えて」


 ぼくは中学生時代の先輩の隣に座った。


「あんたは、どうしてここに来たんだ?」

「ぼくですか……そうですね、人を探しに来ました」

「人探し、か。そいつはあんたにとって大切な人なのか? カレシ? 好きな男とか?」

「うっ……」


 す、鋭い。先輩の推理力って時々恐ろしい。

 過程をすっとばして答えが直接頭の中に閃いているような……。

 確かにただ賢いだけじゃなくて、”特別な才能”のように思える時がある。


「き、キミのほうこそどうなんですか!? こんなヘンピな駅でずっと座ってるだなんて! 誰かを待ってるんですか!?」

「……そう、かもな。たぶん、人を待ってるんだと思う。ここで、ずっと」


 先輩は遠い目をして言った。


「ヘンなオッサンと出会ったんだ。この駅のベンチで。そいつは俺のこと、見透かしたようなことばかり言ういけ好かない男だった。だけど……初めてだった。俺のこと、わかってくれようとした人は。もしかしたら俺は、その人のこと……父親になってくれるかもしれないって……期待してたのかもな」


 「バカだよな、マジで」自己嫌悪でうなだれる先輩。

 間違いない、先輩の言う「ヘンなオッサン」はぼくのお父さんのことだろう。

 お父さんは死を覚悟して”きさらぎ駅”へ向かう直前、現実世界の駅で先輩らしき男の子と出会ったと言っていた。本当だったんだ、2人は既に、会っていたんだ。


「お母さんは、どうしたんですか?」


 ぼくは質問を続ける。


「キミのお母さんは、キミに優しかったじゃないですか」

「……そうだった。だけど結局、俺が全部壊しちまった」

「ど、どうして……?」

「俺は生まれつき周囲に馴染めなかった。推理して、答えを導く能力は、周囲と軋轢を生み、俺はバケモノと呼ばれた。自分が何者なのか知りたくなった俺は、ある時自身の出生について調べたんだ。その時初めて、母さんが研究者だったことを知った。その研究内容は――『人工的に天才を造り出す方法』。遺伝子操作と英才教育を施すことで優秀な人間を人為的に生み出す……バカみたいな話だよな。それでも、全てが繋がった気がしたんだ。俺に父親がいない理由、世界に溶け込めない理由……全てが解明できた気がした」


 「そして」先輩は続ける「俺は母さんを問い詰めた」。


「俺は母さんの”作品”なんじゃないのか――ってな。母さんは何も答えず、泣いていたよ。その後……母さんは精神のバランスを崩して、入院した。謝ろうと思った。一度だけ見舞いに行ってみたら……母さんは俺のことを忘れていた。医者は、精神のバランスを保つための”心理的防衛機制”だと言った。俺は唯一俺を認めていてくれた人を傷つけて……この手で壊しちまったんだ。この世界で俺を見てくれる人はいなくなった。はは、自業自得、だがな」

「……そんなことが」

「母さんは俺を忘れた。父親になってくれると思った男も……もう、いない。俺はひとりだ。だけど、それでいいんだ」


 先輩は言った。震える声で。


「俺は生きているだけで誰かを傷つける。傷つけるくらいなら……俺はここで、永遠にひとりでいい」


 そうか。

 そうだったんだ。

 いまわかった。

 童咋沼に向かう時に聞いた、「先輩の怖いモノ」。

 これだったんだ。

 先輩が本当に怖かったのは、傷つくことじゃない。孤立することでもない。

 自分が誰かを傷つけることだったんだ。


 心の底から優しくて不器用な先輩が一番怖かったもの。

 それは――自分自身だったんだ。

 息を吸う。今度はぼくが口を開いた。


「ぼくが探している人のこと、聞いてくれますか?」

「あ、ああ」

「その人は、オタクで陰キャでぼっちでデリカシーがなくて、巨乳好きのムッツリスケベで、ギャグは寒いしだれも知らないようなアニメのパロディネタでひとりで笑うような空気の読めない男の子」

「なんだよそいつ……ヤベェやつだな」

「でしょ? だけどね、良いところもたくさんあるんです。誰よりも頭が良くて、だけどそれを誇ったりしなくて、いつも他人のために頑張ってて、優しくて。不器用で」

「なんだよ……やっぱ、好きなんじゃねえか、ソイツのこと」

「そうかも。だけどね、それだけじゃないんです。好きだとか付き合いたいとかじゃなくて、ぼくがその人にずっと思ってるのは……」


 ぼくは中学生の先輩をまっすぐに見つめて言った。

 本当の気持ち。

 ずっと胸に秘めていて、自分自身ですらわからなかった本音。

 ぼく自身の心の謎。


「ぼくは先輩に――好きになって欲しいんです」


 そうだ。

 好きになって欲しかったんだ。

 ぼくのことじゃない。

 自分が嫌いで、いつも他人を傷つけまいとビクビクして。

 他人と関わるのを怖がるけど、他人が怖いんじゃなくて。

 ずっと自分自身を怖がっていた男の子に。


 ぼくが世界で一番大好きな人にも。

 好きになって欲しかったんだ――ぼくが大好きなその人のことを。




「――先輩自身のことを!」


 


 その時ぼくの目の前に座っていたのは、もう中学生の男の子じゃなかった。

 ボサボサの髪に眼鏡で、顔は整ってるけどどこか陰気さが拭えない男子高校生。


「やっと見つけました、先輩」


 ぼくの一番大好きなひと。

 先輩が、そこにいたんだ。

 

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