18,3 童咋沼の河童 Kappa
「お若い方々が都会からはるばるこんな田舎までいらっしゃって、お疲れでしょう。どうぞごゆっくり」
部屋に通されたあと、美人の女将さんがぺこりと頭を下げて部屋を出る。
「カナタ、お客様に失礼のないようにね」
「おー、心配すんなよカーチャン。オレが呼んだお客さんなんだぜ」
「
「うるせーって、さぁ行った行った!」
キレイな着物を着たいかにも格式の高い女将さんを追い払うように、カジュアルに手をフリフリするカナタくん。
気安い関係。そう、二人はどうやら
「どおりで依頼のメールに旅館のクーポンまで添付されてたんですね」
「へへっ、いい部屋に格安で泊まれんだ。依頼料としてはジューブンだろぉ?」
畳の上にゴロゴロ転がってくつろぐカナタくん。
まるで自分の家のよう。いや――まるで、じゃなくて実際に家なんだけど。
今回の依頼、依頼料としてメールに童咋町の老舗旅館で使えるクーポンが添付されていた。
値引き率が高い上にいい食事もついてくる、上得意様限定のクーポン券を、どうして小学生のカナタくんが持っているんだろうと思っていたけれど、そういうことかと合点がいったのは確かだ。
「荷物、置いてきたぜ」
「おー、”センパイ”!」
ガバリと起き上がって、てててと先輩に駆け寄るカナタくん。
ぼくと小山先生の泊まる女子部屋に入ってきた先輩の服の裾を掴んで嬉しそうにしている。
旅館につくまでの道中もこの田舎少年はずっと先輩にべったりだった。
「ずいぶんと懐いてますね……先輩に」
「知らん。勝手にくっついてくるんだ」
「だってオレ、”センパイ”のファンだから! ヒラサカの記事だっていつもセンパイが活躍してるじゃん! クールで賢くて、オレもこうなりてーって思う男だからさ!」
初めて現れたファンボーイにたじたじになりながらも、ベタベタ触ってくるカナタくんを振り払おうともせず先輩はただため息をつくだけだった。
「全く……好きにしろ。さて、そろそろ始めようぜ、本題をな」
先輩はそう行ってどかりと座った。そう、ここからが本題だ。
数日の泊まりということで、ぼくたち一行は二部屋を借りた。
ぼくと小山先生が泊まる二人部屋、先輩だけが泊まる一人部屋だ。
当然、広いのはこちらということで食事やミーティングは女子二人部屋に集まって行うこととなる。先輩が来たのもそういう理由だった。
「始めましょう。カナタくん、話してください。これまでに何が起こったのか」
机を囲んでぼく、先輩、小山先生、カナタくんの四人が正座する。
ここからが本題。依頼の件を詳しく聞く時間だ。
緊張してきたのか、カナタくんは少しこわばった表情でごくり、とつばを飲み込んだ。
そしてゆっくりと口を開く。
「オレといなくなったサユちゃんは……いわゆる
☆ ☆ ☆
「ねぇ、カナタくんは”おびくにさま”って知ってる?」
「はぁ? 何だよいきなり」
六年一組、放課後の教室でのことだった。
いきなりサユちゃんはどこか思い詰めた顔でそんな質問をしてきたんだ。
オレはその言葉には聞き覚えがあったから、答えた。
「昔話だろ、童咋町のご先祖様だって。不老不死の尼さんだっけか? それがどうしたんだよ」
「おびくにさまっていると思う?」
「いるわけねーだろ。だってこの町でそんなバァさん見たことあるか? 本当に不老不死なら、まだ生きてなきゃおかしーぜ。つまり昔話なんて嘘っぱちってこと!」
「……そう、よね」
サユちゃんはいつもは明るくて元気な女の子だ。
なのにその日は妙に思い詰めたような表情で、言葉も歯切れが悪くて。
今思えば、何かをオレに伝えようとしていたんだ。
「でも、不老不死にもいろいろあると思うの。本当に”おびくにさま”がわたしたちのご先祖様だっていうのなら、わたしたちみんなの中に”おびくにさま”が今も生きている。こうして語り継がれ、伝説になることで……これも一つの”不死”の形だとは思わない?」
「思わねーな。触れられもしないし話もできないなんて、生きてるっていえねーじゃん。どうした、今日のサユちゃんなんかヘンだぞ? 熱でもあるのか?」
「ごめん、でも聞いて……もしも、もしもね。”おびくにさま”と話せる方法があるって言ったら……どうする?」
「え……?」
冗談かと思った。けど本気の目だった。
幼馴染だ、その言葉がホントかウソかくらい、目を見ればわかる。
そのときのサユちゃんの目は確かに真剣だったんだ。
だから――オレは半信半疑だったけどサユちゃんの言葉に従った。
「”おびくにさま”のおまじない……」
サユちゃんの語ったおびくにさまと交信する方法――それは紙の上に五十音と「はい」「いいえ」の文字を書いて、硬貨を一枚のせる。
そして必ず二人以上で硬貨の上に薬指を乗せて、全員が同時にこう唱えるんだ。
「「おびくにさま、おびくにさま、我らの母よ、我ら子の声にお応えください」」
しん、と教室は静まり返る。
窓からは秋の風が舞い込んで、どこか肌寒かった。
だけど数分経っても何も起こらなくて、オレはそろそろやめようと紙から目線を上げて前を見た。
その時だった――。
「っ――ぅ!?」
信じられなかった。今でも信じられねーし、誰も信じてくれないかもしれないけど。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ……サユちゃんの顔が
顔が上下からプレスされたみたいに横に伸びて、口は大きく裂けて――まるでくちばしみたいに尖って。目も……まぶたが横に切れたみたいに細く伸びて……。
醜悪な笑みで、オレをニタリと見たんだ。
声を上げそうになって、ギリギリ耐えられたのが信じらんねーくらいビビった。
「っぁ――……!」
「……?」
次の瞬間にはいつものサユちゃんがオレの表情に首をかしげていた。
なんだ……オレは息を吐いた。見間違い、らしい。
確かに日が落ちて、ちょうど夕日が差し込んできたところだった。
いきなり見え方が変わったから目がおかしくなっちまったに違いない。
そうやって納得するしかなかった。その瞬間――。
――動いた。
オレとサユちゃんが薬指を乗せていた硬貨が、紙の上を滑った。
「はい」の文字の上までするりと、まるで摩擦を感じさせないように滑らかに移動する硬貨。
「ウソ……だろ……」
オレは動かしてない。
だったらサユちゃんが?
そう思ってサユちゃんの顔を見る。
「……」
目を見開いて、驚いてた。
オレと全く同じだ。
「カナタくんが動かしたんでしょ?」という疑いの視線だった。
「ってことは本当に……」
「おびくにさまが来てくれたのよ」
「どどど、どうすんだよ!」
「……質問、するわね」
なにか固い決意を秘めた表情で、サユちゃんは口を開く。
「おびくにさまおびくにさま、教えてください。カッパはこの町にいますか?」
「は? こんなことまでして聞きたかったコトってそんなことか?」
「し、黙って!」
硬貨は動かない。「はい」のままだ。
「動かねーぞ。もう帰っちまったんじゃないのか?」
「答えが『はい』なだけかも。『はい』と『いいえ』以外で答える質問をしないと」
「バカ、カッパなんているわけねーだろ!」
「……いるわよ、現にわたしは……」
「……?」
「とにかく、聞くわよ。おびくにさまおびくにさま、カッパはどこにいますか?」
するとすぐに反応があった。
今度は「はい」でも「いいえ」でもなく五十音のひらがなの上を硬貨が移動してゆく。
「ち」「か」「く」。
「近く……うそ……?」
「おいサユちゃん、真にうけんな! ここ学校だぞ、カッパがいるとしても沼だろ、こんなトコに来るわけ……」
「おびくにさまおびくにさま――」
「おい、もうやめろ――!」
思い詰めたような険しい表情で続けようとするサユちゃん。
オレは彼女をとめようとして、硬貨の上から指を離そうとした。
けど……離れなかった。瞬間接着剤でピッタリくっつけられたみたいに。
指は硬貨から離れなかったし、ひとりでに動き続ける。
「”近く”って――どこですか?」
「もうやめ――っ!!」
止まらない。
止まらない。
「お」
「ま」
「え」
「の」
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ゛!!!!!!!!!!!!!!」
ガタン、と机が倒れた。
サユちゃんだ。
彼女が錯乱して、机ごと転倒したんだ。
だけど不思議なことに、オレとサユちゃんの指は硬貨にくっついたまま離れなかった。
「あああああああああああああ!!! ああああああああああああああああああ!!!!」
暴れるサユちゃんを抑えながら、オレは硬貨をひっぺがそうと試みた。
けど全然ダメだった。
「くそっ、くそっ、どうなって……!」
けどその時思い出したんだ。
おまじないを始める前に、サユちゃんが教えてくれた「終わりの言葉」。
オレは大声で唱えた。
「おびくにさま、おびくにさま、お帰りください!」
すると――あっけなく指が硬貨から離れた。
サユちゃんの指も硬貨から剥がれる。その瞬間、彼女は両手で口をおさえ。
「お゛え゛ええええええええええええええええええええええ゛!!!」
吐いた。
床に向かって大量の”何か”を吐き出した。
明らかに普通のゲロじゃなかった。
なんだか沼の底みたいに濁った水で……。
何よりおかしかったのは――水草が混じってたことだ。
「サユちゃん……もう帰ろう。肩をかすから。ヘンなもん食ったから腹壊したんだろ?」
おかしなことだらけだった。オレは完全に混乱していた。
なんとか必死に状況を飲み込もうとしたけど、もう理解を超えていたんだ。
サユちゃんははぁはぁと息を吐いて、こう言った。
「ダメよ……帰れない」
「なんでだよ!」
「ここにいちゃダメ……カッパがいるの。わたし、見たの。この町は……この町の中は、全部、どこに逃げてももうダメ。ここから出なきゃ」
「そんな体調でどこ行くんだよ、ダメださっさと帰るぞ!」
「お願い、カナタくん……一緒に町を出て」
「町なんて出て、コドモ二人でどこに行くってんだよ! 生きてけるワケねーだろ! しっかりしろ、サユ!」
オレが怒鳴りつけると、サユちゃんも黙り込んで。
やがてすすり泣きが始まった。
「……ごめんな、怒鳴って。とにかくいったん家に帰ろう。オレが送るから。ちゃんと寝てさ、元気になったら町の外に連れてってやるから。そういやオレたち、町の外に出たことないよな。いい機会だからさ、一緒に行こうぜ」
「……本当? わたしのコト、外に連れて行ってくれるって」
「ああ、本当だ。約束」
「うん……約束ね」
サユちゃんはそう言って薬指を差し出した。
これはこの地方独特の”指切り”だ。
オレも薬指を差し出して、彼女の指と組んだ。
こうして落ち着いたサユちゃんをオレは家まで送り届けたんだ。
そう。
それが三週間前のこと。
その日がサユちゃんの顔を見た最後だった。
それ以来、サユちゃんは姿を消しちまったんだ。
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