18,2 童咋沼の河童 Kappa
列車から降りて、
さっそく問題の「河童が生息している」という伝承が伝わる場所、”
「うわぁーおっきいですねー!」
ぼくは素直にそう漏らした。
根っからの都会育ちだからか、恥ずかしながらいままで沼というものをまじまじと見たことがない。
だから昔なばしなんかのイメージが残ってて、沼ってあまり大きくない印象だったんだけど……。
童咋沼は反対側の陸地が小さく見えるくらいの面積があるし、中央にはそれなりの大きさの浮島みたいなものも見える。
「ぼく、沼ってもっと小さいと思ってました。あと水質も……なんかドロっとしてるイメージだったんですけど。水が澄んでてキレイ……なんなら飲めそう、なんて」
「絶対飲むなよ。腹壊すぞ」
先輩がピシャリと忠告してきた。
「そ、それくらいわかってますよーだ!」
「ならいい。いいか、言葉のイメージとしては湖のほうが沼より大きいって感じるかもしれないが、実際はこれらに明確な地質学的区別はない。強いて言うならば、水深の浅いものを沼と呼んでいる程度の違いでしかないんだよ。お前が言うようなもっと小さい水たまりは”池”に分類される」
「は、はへぇ〜」
ぼくが素直に関心していると、小山先生は「さすが、優秀ね」と微笑んだ。
さらに先生はウンウンと頷きながら補足する。
「動物でいうと”タカ”と”ワシ”の違いが大きさくらいしかない、というのに似ているわね」
生物教師らしい
とにかく、童咋沼はイメージよりも遥かに大きかったんだ。
「小さな沼なら連休中に隅々まで調査することもできたと思いますけど……こんなに広いと捜索も苦労しそうですね」
「捜索、ね」
ぼくがポツリと漏らした言葉に先輩は引っかかったようだ。
「お前、どっちを捜索しようとえしているんだ?」
「え……どっちって?」
「行方不明者と河童のどっちかってコトだ」
「それは……」
一瞬、言葉に詰まる。
けど、
「もちろん行方不明になった”サユ”ちゃんですよ。ぼくたちは依頼があってここに来たんですから!」
そう深く迷う必要はなかった。
今回は行方不明者の捜索依頼。河童伝説の検証はオマケなんだ。
その答えを聞いた先輩は満足そうにふっと息を吐いて、
「その通りだ。河童を捜索するってなると雲を掴むような話だが、消えた人間の足取りを追うなら別だろう。人間は妖怪と違って普段から社会の中にいて、他者と関わっている。突如として完全に消失するのは難しい。どこかに痕跡が残っているハズだからな」
「それを追えば、連休中になにか手がかりをつかめるかもしれないってコトですね!」
「ああ」
俄然やる気が出てきた。
「よし、さがすぞ! おー!」
ぼくがチームの指揮を高めるために腕を振り上げると、「盛り上がってるところ悪いのだけれど……」小山先生が口を挟む。
「なんですか、先生! こっからが本番なんですから気合い入れて行きましょう!」
「いえ、張り切るのはいいことだと思うけれど、私達……まだ旅行用の荷物を持ったままなのよ。こんな格好で動き回れるのかしら?」
「あ……」
というわけで、ぼくらはいったん予約していた旅館に荷物を置きに行くことになった。
☆ ☆ ☆
駅から降りたばかりの童咋町はそれほど”田舎”という印象はなかった。
駅前には全国展開しているようなチェーン店や、大型スーパーなんかもあって活気があったからだ。
でも、旅館を目指して駅から離れるほど、田んぼや畑、舗装されていない道なんかが増えてきた。
「田舎、ですね」
「田舎だな。やっぱ駅前にイ◯ンがある地域は逆に田舎なんだよ」
「先輩のそれ、持ちネタなんですか? 田舎に来るたびに毎回言ってますよね?」
移動中、ぼくと先輩はいつもどおりしょうもない会話を繰り広げていた。
けれど、途中で気付いた。
小山先生が何も話さないことに。単に旅行の疲れかなと思ったけれど、そういう感じでもない。
キョロキョロと周囲を見回して、むしろ落ち着かない様子だった。
「どうしたんですか、先生?」
「……いえ、なんというか。この町、似てるのよ」
「似てる?」
「……私の故郷に」
「え」
故郷。
小山先生の故郷、それって――。
「”X地区”のコトですか?」
「ええ、駅前はそうでもなかったのだけれど。あの沼についてから、駅から離れるほど……雰囲気が似てきている気がして」
「先生の趣味って心霊スポットめぐりですよね。こういう場所にはあまり来なかったんですか?」
「……いえ、何度か来たことがある。けれど、何なのかしら……ここまで似ている雰囲気の場所は見たことがないわね」
それきり先生は目を伏せてしまった。
いつも冷静な小山先生が、動揺しているように見える。
なんだろう、その様子を見てぼくの肌もぞわぞわとした寒気に襲われ始めた。
以前先生が聞かせてくれた”X地区”での壮絶な体験。
もしもこの町に、小山先生の感じるような”ナニか”があるとしたら――。
「わっ!」
「ひゃああああああああああ!!!!」
突然背後、それも至近距離から声をかけられ、ぼくはびっくりして飛び上がった。
「な、ななななんですかぁー! まさか河童!!??」
「へへへ、ひっかかったー」
ぼくが大声を上げながら腰を抜かしていると、眼の前に一人の人間が立っていた。
ケラケラとお腹を抱えて笑っている。
よく見ると少年だった。Tシャツに短パン、そして野球帽と田舎少年のテンプレみたいな格好をしている。
日焼けした肌のところどころに絆創膏が貼られているのは、少年の活発な性格を示しているのだろう。
そんなナリに反して体はどこか線が細く、顔も中性的で美少年というような風貌をしていた。
「な、なんだぁ……近所のクソガキですか。大人をからかうんじゃないですよチビっ子。あっちいきなさい! シッシッ!」
背後に現れた何者かの正体がただの子供だと知ったぼくはとたんに強気に出る。
だけど少年は全くひるまず、
「大人ぁ〜? 背もちっさいしムネもちっさいし、どうせオレとそんなトシ変わんねーだろ」
「は、はぁー!? 言っときますけど高校一年生なんですからね! キミは小学生くらいでしょ、埋まらない差があるんですよ!」
「へー、ふーん……高校生ねぇ……それでそのチンチクリンか……オレは小学生だから伸びしろあるけどあんたは……ぷぷっ」
「こ、このクソガキ言わせておけば……言ってはならないことを……!」
心底バカにしてくるこのクソガキをどうやって沼に鎮めようか思案していた時、少年は衝撃的なことを口にした。
「ま、ジョーダンはほどほどにして。待ってたぜ、ヒラサカさん御一行!」
「え……ってことは……」
「そう、オレが依頼人の”カナタ”だ! よろしくな! ヒラサカさん!」
そう言ってクソガキ改め依頼人のカナタくんが握手を申し出たのは――小山先生に対してだった。
「オレ、ネットであんたのこと知って美人で巨乳のおねーさんを想像してたんだけど、ほんとに想像通りだったよ! 有名人と会えるなんてマジカンドー!」
「い、いやいやいや、違うから! そっちは小山先生! 比良坂はぼくですから!」
「え、ウソ……だろ……?」
カナタくんは心底絶望したような青い顔をして小山先生の顔を見上げた。
先生は困ったような笑みを浮かべ、コクリと無言でうなづく。
「そんな……憧れのオカルトハンター”ヒラサカさん”がこんなチビ女だなんて……」
「し、失礼すぎるこのチビっ子……ねー先輩、先輩からも何か言ってやってくださいよ!」
「何かって……事実なんだから否定しようがねェだろ」
「ひどい! 先輩もぼくのことそんな風に思ってたんですね!」
「い、いや。平均身長を下回っているのは変えようがない事実だろう。だが、そのことをマイナスに捉えるかどうかは人それぞれだ」
「つまり……先輩はプラスだと思ってるってことですか?」
頬を膨らませてぼくがそう問い詰めると、先輩は困ったように答えた。
「少なくとも、マイナスだとは思っていない」
「……それなら、いいですけど」
いきなりヘンな雰囲気になってしまった。
顔が熱くなってぼくは目をそらす。先輩も唇をへの字にして黙ってしまった。
「ふぅん。あなたたちやっぱり……ふふっ、いい栄養になるわー」そんなぼくらを見て、小山先生だけがニヤニヤしている。
カナタくんはというと、意味がわからないという表情でポカンとぼくらを見ていた。
「なー、”センセイ”。あの二人、どうしたんだよモジモジして。仲悪いのか?」
「逆よ、全く逆。いずれわかるようになるわ、あれが”青春”。目に焼き付けておきなさい」
「お、おう……」
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