17,1 野槌 UMA-Girl・中
前回までのあらすじ。
ウマ娘をやっていたらUMAが出た。
嘘みたいな話だけど本当の話。
「ツチノコ……?」
用務員さんの言葉に、ぼくはまず自分の耳を疑った。
”ツチノコ”といえば日本で一番有名な
「ツチノコだと? とくせい”てんのめぐみ”で”ずつき”が6割ひるみになることを利用して、”へびにらみ”による麻痺と組み合わせた行動不能戦術が強いというあの――?」
「ポケモンの
「最新作で進化したらしいぞ」
「はいはいノココッチかわいいですよねー」
先輩のわかりにくいボケをさっさと流してぼくは用務員さんに質問した。
「出たって、この学園にツチノコが出たんですか? 本当に?」
「そうだよ! 見たんだ、生け垣の手入れをしていたら胴の太い蛇みたいなヤツをね……最初は何かわからなくて、体が動かなくて……その間に素早い動きで逃げていったんだ。あれは間違いなくツチノコだよ、まだ学内にいるかもしれない」
「だから探してるんですね」
「あんなに大きい蛇が出たんじゃ学生さんたちが安心して活動できないし、なによりツチノコには懸賞金がかかっているからねぇ」
「懸賞金?」その言葉に、報酬にがめつい先輩が食いついた。
「先輩知らないんですか?」
「ああ、俺はその手の未確認生物の知識はないからな」
「ツチノコは日本で一番有名なUMAですよ。特徴は用務員さんの言う通り胴体が太い蛇の姿をしていて、素早い動きをするらしいです。捕獲できた場合は、自治体や出版社などによるんですが、だいたい100万円ほどの賞金が支払われるみたいです」
「お嬢ちゃんよく知ってるね〜」
用務員さんがニコニコと頷いた。
「そういえば二人はこういう事件に詳しいらしいじゃないか。どうだいおじさんと一緒にツチノコ捜索でも。もし見つけたら賞金は山分けすると約束しよう」
「え、いいんですか? 先輩どうします?」
「ちょうど委員会が終わって暇だったし、俺もかまわないぞ。なにより賞金が出るからな」
どこまでも現金な先輩とともに、今日の謎解き活動は急遽『ツチノコ探索』となった。
といっても、やることは単純だ。学内の草むらや生け垣、溝など、ツチノコが隠れていそうな場所を三人で手分けして探すだけ。
地味な捜索作業の間に、三人でいろいろと会話をした。
協力するということで自己紹介をして、前から顔見知りだったこの用務員さんの名前が「
「お嬢ちゃんたちはツチノコについてどのくらい知っているんだい?」
「俺は全然知らないな」
先輩が即答した。
博識な先輩が知らないのは意外だったけど、曖昧なものにあまり興味がない先輩がUMAを知らないというのはイメージ通りかもしれないと思い直す。
ならばぼくが本領を発揮すべきときだ。
「ぼくはUMAについてけっこう詳しいですよ!」
ふんす、と鼻息を荒くして答えた。
「ツチノコは別名”
「ほほう、お嬢ちゃんすごいねぇ。僕はそこまで知らなかったよ」
「へへ、それほどでも……ありますね」
感心する茅野さんに気を良くして、さらに話を続ける。
「現代だと、1970年代の日本で”ツチノコブーム”が到来したんですよね」
「1970年代っていうと……前の”ファンタ・ゴールデンアップル”と同時期か」
「そうですね」ぼくは先輩の言葉に同意する。
「茅野さん、そういえば”ファンタ・ゴールデンアップル”を子供の頃に飲んだって言ってましたよね? だったら”ツチノコブーム”も直撃世代なのでは?」
「そうそう、そうなんだよ! 僕の若い頃に『バチヘビ』って漫画があってねぇ。バチヘビってのはツチノコの別名なんだけど、それを探すってストーリーがヒットした影響で日本中でツチノコを探す人たちが増えたんだ!」
「はへぇ〜やっぱり」
「だから僕たちくらいの年代にとっては”ツチノコ”ってのはやっぱり特別な言葉なんだよ」
草むらをかきわけながら茅野さんは明るい声でそう言った。
その後もとりとめもない会話が続く。
「UMAといえば、”ネッシー”ってヤツが有名だよな」
「ネス湖から首長竜が顔を出してる写真が有名なヤツだよね。ロマンだねぇ〜」先輩の言葉に茅野さんも食いつく。
だけどぼくは無慈悲に否定した。
「ネッシーは実在しません」
「そうなのかい?」「そうなのか?」茅野さんと先輩が同時にそう聞き返した。
「医者が撮ったという有名なネッシーの写真は、捏造だったと1990年代に証明されたんです。そもそもネッシーの噂が有名になったのが1930年代ですから、仮に当時実在したとしても現代にはもう生き残ってないでしょうね」
「何かを存在しないと証明するのは”悪魔の証明”ではあるが、確かにその話なら……ネッシーはほぼ実在しないと言って差し支えないだろうな」
ぼくの説明に先輩も納得しているようだった。
ただ一人、茅野さんだけが「世知辛いねぇ」とうつむく。
「科学や技術が進歩していくたびに、世の中からロマンが失われていくような気がするんだ、僕はね」
「かも、しれませんね」
ぼくも”心霊写真”が好きで、だからこそ同じような気持ちを抱いたことがあるから、茅野さんのその意見には賛同できた。
だけど先輩は、
「科学や技術の進歩で新たに生まれるロマンもある」
と言った。その点にはぼくも茅野さんも異論はなかった。
けれど、なんだか「寂しいな」と思ったんだ。
そうしているうちに日が落ちて暗くなっていく。明るかった茅野さんの表情も徐々に陰りが見え始めた。
「秋は日が短いねぇ。君たち二人はもう帰りなさい」
茅野さんが言う。
ぼくが「茅野さんはどうするんですか?」と聞くと、「僕はもう少し探すよ」と答えた。
「どうしてそんなに頑張る?」
そんな茅野さんに、先輩が鋭く質問する。
「賞金は山分けと軽く言えたということは、懸賞金目当てにツチノコを探しているわけじゃあないはずだ。茅野さん、あんたはなぜツチノコにそこまでこだわる?」
「……僕はね、小さな頃。そうだね、ちょうど1970年代にツチノコをみたことがあるんだ」
「えっ」
意外な答えに、ぼくは声を上げてしまった。
だけど先輩は「やはりな」と予想がついていたようだった。
「あんたが最初に言っていた『ツチノコが出た』という言葉が気になっていた。誰もツチノコの実物を見たことがないのに、初めて見た『胴の太い蛇』を確信をもってツチノコと呼ぶのは本来難しいはずだ」
「はは、さすがに鋭いね。そうさ。賞金が目当てじゃないんだ。これはチャンスなんだ。僕の……どうしようもないちっぽけな人生の……最後の逆転劇のね」
「どういう……ことですか?」
ぼくが聞くと、茅野さんはゆっくりと口を開いて語ってくれた。
「僕はね、見ての通り不器用だし頭もよくない。小さな頃からそうだった。取り柄なんてなくてさ、なにやっても一番になれないし、失敗ばかりして……いつも強がってみせて、周囲から笑い者にされてさ……自分を大きく見せようとして嘘ばっかりついて。いつのまにか”狼少年”さ。誰も僕のことを信じてくれなくなった。母ちゃんにも随分迷惑かけたっけな」
「茅野さん……」
「そんなときにきた”ツチノコブーム”、チャンスだと思ったね。ツチノコを見つけてバカにしてくる周りのヤツらを見返してやるんだって息巻いて、毎日野山を駆けずり回ってさ……誰も僕のことなんか信じてくれなかったけど……それでも探し続けて、ある日――そうだ、こんな秋の日だった。見たんだよ、ツチノコをね」
「だけど――」茅野さんは自嘲気味に笑った。
「やっぱり素早くてね、子どもの体力じゃ追いかけられなかったんだ。幸い、ツチノコの逃げ込んだ雑木林の位置は覚えていたから周りの大人たちに協力してもらおうと思ったけど、誰も信じてくれなくてね。日頃の行いさ……はは、だけどね、そんな僕のことを母ちゃんだけは信じてくれたんだよ」
「ツチノコは……どうなったんですか?」
「母ちゃんと雑木林を探し回って、一度は見つけたんだ。けど僕の足じゃ追いつけなくてね、母ちゃんが先に行って追いかけてくれた。結果は――母ちゃんだけが戻ってきて、『ごめんね、取り逃がしちゃった』と。だけど母ちゃんは確かにツチノコの姿を見たんだ。その時の僕には、それだけで満足だった。世界でたった一人でも、僕の言うことが本当だと信じてくれた人がいたからさ」
「いい……お母さんですね」
「そうだろう。自慢の母ちゃんさ。それでね、母ちゃんは言ってくれたんだ。『あんたは嘘つきじゃないよ』『周りの人がなんと言おうと、母ちゃんはそれを知ってる』『ツチノコを捕まえられるくらい、立派な大人の男になって見返してやんなさい』ってさ。正直、いままで忘れてたよ。いい歳して結婚もしてないし、夢とか目標とか、何一つ叶えてないし……毎日同じような仕事して、休みの日にはパチンコ行って、嫌なことあったら酒飲んで寝て、その繰り返しでさ……誇れるようなことなんて何もない。立派な大人の男になんてなれなかった。それでも――」
「それでも――ツチノコを捕まえることができたら、僕は母ちゃんに誇れる大人になれるかもしれないって……そう思ったのさ」茅野さんはそう締めくくった。
沈黙が流れる。
なんと声をかけていいかわからなかった。
気軽な気持ちで、謎解き活動の一環として茅野さんのツチノコ捜索を手伝っていたけれど、こんなにも深い想いが込められていたなんて。
軽々しく否定も肯定もできないと思った。無言で固まっているぼくを気遣ってか、茅野さんは自嘲気味に笑う。
「ははは、ごめんね。急に重い話しちゃってさ。まあ、負け組おじさんのくだらないプライドの話だと思って忘れてくれよ。なに、君たち二人は才能もあるし未来もあるからさ、僕みたいにならないようにって反面教師にしてくれたらいいさ。今日はもう暗いから帰りなさい。あとは僕がやっとくから」
「……いいや、手伝おう」
ぼくが何か言わないと、と思っていると、先に返事をしたのは先輩の方だった。
意外だった。普段はこういう役回りは、ぼくだと思っていたのに。
「先輩は、ツチノコを信じるんですか?」
「さあな、だが未確認生物がこの地球上に無数に実在することは知っている。例えば虫なんかはとんでもなく種類が多く、日々新種が発見され続けている状況だ。新種の蛇くらいそのへんに転がっていても不思議ではないだろう。それに俺はオタクだ。”男のロマン”ってヤツは――嫌いじゃあない」
先輩が茅野さんに向かって言った「賞金は山分け、だったよな」。
そんな先輩の不器用な励ましをみて、ぼくはつい笑ってしまう。
「あははっ、先輩らしいっ」
「なんだよ、お前は帰ってもいいんだぜ。賞金の取り分が大きくなるからな」
「先輩ばっかりいいカッコさせるわけないじゃないですか! こうなったらぼくもトコトン手伝いますよ!」
「二人とも……ありがとう。一緒にツチノコ見つけような!」
「「「おー!」」」
下校時間が過ぎ、日が沈もうとしていた。
そんな中で、ぼくらの”ツチノコ捜索”は延長戦に入るのだった――。
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