17,0 野槌 UMA-Girl・前
秋風の吹き抜ける放課後。
文化祭実行委員会の仕事で先輩が欠席とのことで、謎解き活動は休みになった。
暇になったからといって、日頃の活動をおろそかにしてはいけない。
勉強したり、運動したり、学生の限られた時間を無駄にするわけにはいかない。
図書室では粛々と自習をする受験生。グラウンドでは朗々と試合をする運動部。
ぼくだけ遅れを取るわけにはいかない。
そういうわけでぼくは真剣に――
「行けー! 差せー!」
――スマホゲーに打ち込んでいた。
校舎裏の”避暑地”と呼ばれるベンチに座って独り育成レースゲームで盛り上がっている”華の女子高生”の現実がここにあった。
「何……やってんだ?」
「はひっ!?」
そんなとき声をかけられて、ぼくの体がビクリと跳ねる。
「せ、先輩!? どうしてここに!?」
「委員会が早く終わったからな。まだお前が残ってないかと思って探していた」
「そうなんですか」
「それにしても、随分盛り上がっていたようだが何をやっていたんだ?」
「あ、これはですね……『ウマ娘』です」
「ああ、人気だよな。アニメと漫画は見たことあるぜ」
先輩がぼくの隣に座って画面を覗き込んでくる。
オタクなのにまるで他人事みたいな口調に引っかかってぼくは聞き返した。
「先輩はやってないんですか?」
「俺はガラケーだからな。スマホゲーはできない」
「そうでしたね……スマホにはしないんですか?」
「電池のもちが悪いし落としたら簡単に壊れるだろ。必ずしもスマホがガラケーの上位互換ではないと思うぞ」
「それは……そうですけど」
そこで話はいったん途切れた。
ぼくのゲームが一段落するまで、先輩が隣で画面を覗き込む。そんな構図が続いた。
なんか……距離、近くない? ともすれば吐息が混じり合う距離。髪と髪が絡み合う距離。
いや、小さい画面を二人で覗き込んだらこうなるのは当然なんだけど。
なんか……なんか……そこらの浮かれた学生カップル、みたいじゃん……。
「なあ」
「はひぃ!」
「なんでそんなにリアクションがデカいんだよ。声かけただけだろ」
「す、すみません。ゲームに集中しすぎて」
先輩のこと意識してました、なんて正直に言えるわけなかった。
先輩はとくに追求することなく、話を続ける。
「お前、どのウマ娘がお気に入りなんだ?」
「あーそういう話ですか。そうですね……やっぱりテイオーちゃんですかね」
「トウカイテイオーか。アニメ二期の主人公だしやっぱ人気あるよな」
「カワイイですよねー、『ボクっ娘』だし!」
「……え、お前それ……ツッコミ待ち?」
「はへ?」
「お前もぼくっ娘だろうが」
「い、いやいやいやいやいや! そーゆー意味じゃないです! ナルシスト的なサムシングじゃなくて、ほら、現実のボクっ娘ってだいたいサブカル女子とかボーイッシュ系じゃないですか?」
「すげェ偏見だな。怒られるぞ」
「でも二次元の女の子はサブカル女子でもボーイッシュでもなく、フツーにカワイイ女の子でも自然にボクっ娘なんですよ。全然別腹なんです! それにぼくだってキャラ付けとか可愛さのためにこの一人称使ってるわけじゃないですから!」
「そうなのか……オカルトを追いかける女子なんて直球でサブカル女子だから、そういう理由なんだとずっと思い込んでいた」
「がーん!」
先輩にサブカル女子だと思われていたのは正直ショックだったけど、冷静に考えるとオカルト女子は普通にサブカル女子じゃん。
ぼくは自分で自分にツッコミを入れた。
「ぼくが”ぼく”って自分を呼び始めたのは、お父さんの影響ですよ。いなくなったお父さんがぼくの中に生き続けてるって……そう思いたかったから」
「……そうか。人間、いろいろあるんだな」
先輩はあまり深く追求しなかった。
そういえば、もう半年の付き合いになるけど先輩と互いの身の上について話したことはほとんどない。
以前、『きさらぎ駅』……『Φの世界』の中で、お父さんの件を話したことがあるけれど、その出来事の記憶は先輩は覚えていないらしい。
だから先輩は、ぼくが謎解き活動を始めたきっかけを知らない。
先輩は、謎解きに関わること以外は、あまり他人のことに深く首を突っ込まない。
そういう距離感がすごく助かってるし、心地いいと感じるけれど――。
時々思うんだ。心地よいはずの先輩とのこの”距離”が――ちょっとだけ寂しいって。
「せ、先輩はどうなんですか!? どのウマ娘ちゃんが好きですか!? やっぱり胸の大きい子ですよね、先輩巨乳好きだし!」
「なんなんだその決めつけは……俺は、そうだな……あまり特定キャラを推すみたいなのはないんだが。強いて言うならセイウンスカイかな」
「あーセイちゃん、かわいいですよねー」
意外だった。セイちゃんというのは普段のんびり屋さんで飄々としてるけどやるときはやる女の子だ。巨乳というわけでもない。
「どうして好きなんですか?」
「”中の人”がな、いいんだ」
「中の人って、声優さんのことですか? 確かにいい声ですけど。えっと、セイちゃんの声優さんって他にどんなキャラをやってるんですか?」
「かなりの人気声優だから多岐に及ぶが……そうだな。お前が知っている範囲で上げるならば、『鬼滅の刃』の
「えー! 禰豆子ちゃんに彼方ちゃん!? 人気キャラばっかりじゃないですか! すごっ、これが覇権声優というヤツですか……ん?」
「どうした?」
「セイちゃん、禰豆子ちゃん、彼方ちゃん……並べてみると共通点があると思いませんか? 普段寝ていることが多いけれど、やる気になると大活躍……みたいな?」
「あー、そうだな。言われてみれば……」
「業界の中で『鬼○さんは普段寝てる女の子が合っている』みたいなのがあるんですかね」
「あるかもしれないぞ。一時期ツンデレヒロインばかり担当していた人気声優もいたくらいだしな」
「それはぼくも知ってます。釘○さんでしょ!」
「よく知っているな。俺は少年声のほうが好きだが――」
こうして二人並んで一つの画面を覗き込みながら、とりとめもない話をして時間を過ごした。
穏やかな時間。
謎を追う日々もスリリングで楽しいけれど、こういう何もない時間もそれはそれで悪くないなと思った。
その時だった――。
「出たぞー!」
叫び声とともに一人の男性がこちらに走ってきた。
はぁはぁと息を切らしながらぼくらの座るベンチの前で立ち止まった彼は、この学園の用務員さんだった。何か焦って探しているようだ。
「はぁはぁ……や、やあお二人さん。きょうも
用務員さんはぼくらに挨拶し、「二人はアレを
「見たって……何をですか?」
「出たんだよ」
次に用務員さんから飛び出したのは、耳を疑う言葉だった。
「この学園の敷地内に、出たんだよ――”
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