16,1 疵痕 Sign・承
「ここが比良坂さんたちがいつも”謎解き活動”をしている図書準備室なのね」
東風谷会長の車椅子を押して、図書準備室まで到着した。
入るやいなや、彼女はくんくんと鼻を鳴らして「熟成された紙の匂いですわ~」と喜んでいる。
「学生議会室のほうが設備が良くて綺麗ですよ?」
「こういう雰囲気のある場所もそれはそれでいいものよ。それにあなたのファンであるわたくしにとっては、ここを訪れるのは『聖地巡礼』といえるのですから」
「そういうもんですかね……」
「これがファン心理というものです」
「さて」会長が抱えた紙束を部屋の中心の机にバサバサと広げた。
どうやらこれらが会長の言っていた「学生議会に持ち込まれた超常的な案件」のようだった。
「た、たくさんありますね」
「この紙束を保管していた黒いファイルは歴代学生議会が受け継いできたモノよ。さしずめ、未知を表す”
「なんか昔の海外ドラマみたいなネーミングですね」
「もちろんそれが元ネタよ。さすが鋭いわね、比良坂さん」
「え、えへへ……それほどでも……ありますけど」
ぼくが激キモスマイルで照れていると、彼女も花のような笑顔でニッコリと笑った。
あらためて、思わず見とれてしまうくらいの美人だった。
彼女はぷっくりとしたつややかな紅い唇を開いて話を続ける。
「学生議会は学園の顔、常に公正でなければなりません。故に、表立ってオカルトじみた案件に対応するわけにはいかないの。学生からの超常的な相談事項は一律で、対応不能案件としてこの”ファイルX”に保管される決まりになっています」
「そうなんですね……でもそれじゃ、学生たちの悩みは解決しないのでは?」
「その通り。だからこそ、あなたがたが始めた”謎解き活動”に依頼が流れていっているのはわたくしとして、とても喜ばしいことなの。学生議会にできない役割を、あなたがた二人が補完してくれている」
「なるほど……」
筋が通っていると思った。
東風谷会長は学生議会のトップ。表立って、学生議会としてオカルト案件に首を突っ込むわけにはいかない。
それでも皆が満足いく学生生活を送って欲しいと願う彼女は、学生議会では対応できない案件に対応するぼくたちに期待してくれているのだ。
よくよく話をしてみて、彼女がぼくたちの”ファン”を自称する理由がわかった。
彼女はどこまでも学生議会長としての職務に忠実で、だからこそその範疇を超える事柄を他人が担っていても許容できる柔軟性があるんだ。
そんな会長の真剣さに触れて、正直。応援したいと思う自分がいた。
「さぁて、”ファイルX”の謎解き開始ですわよ〜」
「おー!」
☆ ☆ ☆
「つまらないわ」
「飽きるの早っ!? さっきの勢いはどこに行ったんですかぁ〜!」
「どいつもこいつも幽霊幽霊、幽霊の目撃証言ばかりで芸がありませんわ」
「まあ、そうですけど……」
確かに、”ファイルX”に保存された相談事項はほとんどが幽霊の目撃証言で占められていた。
それも概ね、「幽霊の正体見たり枯れ尾花」で説明がつきそうな内容。つまり、たぶん見間違いだ。
「にしても、みなさんよくもまぁこんなにも幽霊を目撃しますよね。特に女子に多いのは何故なんでしょうか?」
「一説には10代の女子は心身のバランスが繊細で、感情のエネルギーが過剰になる時期だからだと言われています」
「感情エネルギーが過剰……というと?」
「感度が高すぎて見えないものが見えてしまう、ということですわ。精神医学の分野では、脳の活動が過剰になると幻覚や妄想といった”陽性症状”が出現する、と表現するのよ。幽霊というものは結局、脳の中に生息しているにすぎないの」
「はえ〜博識……先輩に負けてませんね」
「あの男とは、二年生の学年トップを争う身ですから。とはいえ悔しいことに、あの男が真剣に勉強しているという話を聞いたことがないのだけれど。手を抜いてわたくしと互角なのだとしたら、確かに”学園一の頭脳”という異名に違わぬ
やっぱりだ。
柔和な会長の表情が、先輩を語る時は少し苦々しい感じに変わった。
この学園の上級生はみんなそうだ。先輩に対してなにか思うところがあるらしい。
「あ、あの……」
今までこの疑問を口にしたことはなかったけど、せっかくの機会だから訊くことにした。
「先輩ってなんで上級生の間では腫れ物扱いされてるんですか……?」
「……一年生は、知らなくていいことよ」
「で、でも! 半年一緒にやってきた先輩が変な風に見られてると気になるじゃないですか!」
「それもそうですわね……では少しだけ」
会長は話してくれる気になったらしい。
ぼくはドキドキしながら姿勢をただした。
「最初に言っておくと、べつにみんな彼のことを嫌っているとか、イジメているわけではないのよ。あの男がイジメを受けているところなんて見たことも聞いたこともないでしょう?」
「確かに、ないです」
「ただ……そうね、
「一年前……」
「一年前、ある事件があった。学園を揺るがすような大きな事件が。たしか、わたくしが学生議会長に就任する直前の出来事でしたわ。その詳細は……いろいろなしがらみがあるからわたくしの口からも、説明するわけにはいかないけれど……その謎を誰も解き明かせず、漠然とした恐怖と不信が学園に拡がり、崩壊寸前に陥ったことがあった」
「そんなことが……」
今の上級生たちが遭遇したその事件のことについて、いままで聞いたことはなかった。
会長まで口を閉ざすほどの出来事が、一般学生からすればなおさら忘れ去りたい出来事なのかもしれない。
「その時立ち上がったのが一人の一年生男子だった。彼は普段目立たない、大人しく地味な学生だと思われていた。才能と実力が物を言う我が学園において、まさに透明な存在だった」
「それが、先輩なんですね」
「そうよ。あの男は学園の直面した巨大な謎を解き明かそうとした。そして、それが
「は、はい。あると思います」
「全ての謎を解き明かした時、確かに学園の崩壊は回避できた。けれどその後に残ったのは無数の”
「先輩が……避けられるようになってしまった。そういうことだったんですね」
なんとなく、腑に落ちた気がした。
上級生たちの先輩に対する態度は、そうだったんだ。その事件に直接関わっている人は憎んでいるのかもしれないけれど、きっとその他の大勢の学生にとっては――”
全てを見透かし、解き明かしてしまう。先輩と関われば、見たくない自分自身に直面することになってしまうかもしれない。そういう恐怖が他者との関わりから先輩を遠ざけてしまった。
一年生はその事実を知らないから、ぼくを含めあまり先輩を
だけど、
「でもなんだか、妙です」
「妙?」
「人物像が異なっている気がするんです。だって今の先輩は……なんていうか、会長が語ったみたいな冷徹な謎解きマシーンってイメージとは全然違うじゃないですか。全部の謎を解き明かすというよりは、暴かなくていい事実はむしろ解き明かさないで隠しておくべきだ、みたいな柔軟性があるような気がします」
「そうね。それは比良坂さんの活動記録を読んでいて、わたくしも感じていました。おそらくですが、比良坂さん。あなたがあの男を変えたのです」
「ぼくが……?」
そういえば、前にも似たようなことを言われた気がする。
そうだ、『卓上競技同好会』の前山田部長にだった。彼――いや、彼女かな? 彼女もまた、ぼくに向かってこう言った。
『キミがあの男を変えたんだ』って。
「で、でも! 先輩ってぼくが出逢った4月の頃にはもうあんな感じだったような……突然キャラ変した印象はないんですけど」
「それはわたくしにもわかりません。あなたが解き明かすべき”謎”かもしれませんわね」
彼女はくすくすと笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます