16,0 疵痕 Sign・起


 9月も中旬に差し掛かろうという頃だった。

 10月は体育祭。11月は文化祭。2大学内イベントを控えて、学園の雰囲気が慌ただしくなってきた。

 もちろん部活に所属してないぼくだって例外じゃない。

 クラスごとにも出し物があるワケで、ぼくらのクラスは”お化け屋敷”と”メイド喫茶”という定番出し物で対立した結果、それらが悪魔合体した”怪異喫茶”などという折半案に落ち着いたのだった。

 怪異に詳しいからという理由でぼくも衣装や飾り付けのデザイン・製作に駆り出され、”謎解き活動”に時間を割くワケにはいかない状況になっていた。


「ま、仕方ないか。先輩はもっと大変みたいだし」


 先輩の方はといえば、夏休み前に選出された”文化祭実行委員”の仕事で、ここ最近はさらに忙しさを増しているようだ。

 なので最近は先輩とも顔を合わせない日々が続いていた。


「べ、べつに寂しぃってワケじゃ……ない、ケドさ。たまには連絡とかくれたってイイじゃん……なんて、思ってないけど」


 スマホをチラチラ確認するようになった。

 メールが届いていないか気になるからだ。

 「今日は暇になったから図書準備室に行くことにした」みたいな連絡がないとも限らないし――いや、ないんだけど。

 はぁ、ため息をつく。

 先輩とは、出会って半年近くになる。

 出会った当初よりは少しくらい親しくなった気がするけれど、今でもビジネスライクな関係なのは変わっていない。

 ”謎解き活動”を通した関係であって、それ以外のプライベートな時間を共有しているワケじゃない。

 無目的にメールや電話連絡をとったりなんて、当然しないんだ。

 先輩の性格を考えると、業務連絡以外のやりとりが一切ないってのはむしろ解釈一致だし、ベタベタしてくるのは先輩らしくないってのはわかるんだけどさ。

 ……でもやっぱり、たまには連絡くらいくれてもいいんじゃないの?

 先輩とは一応、一番近くにいる女子だと思うんだけど……先輩はぼくのこと、意識とかしてないのかなぁ。

 うう……こっちから連絡しちゃおうかな? でもそれじゃなんか負けた気がするっていうか。ぼくがまるで先輩のコト――意識してるみたいじゃん!

 

「はぁー……」

「あらあら、比良坂さんらしくもないクソデカため息。どうしたのかしら、幸せが逃げていきますわよ?」

「えっ」


 放課後の廊下をトボトボ歩きながらため息をついていたぼく、背後から突然声をかけられて振り返った。

 最初、視線が合わなくてなにもない廊下がそこにあった。

 少しだけ視線を落とすと、彼女と目が合う。そこにいたのは、ふわりとしたロングの巻き髪が特徴的な美女だった。

 視線が合わなかったのは、思ったよりも目の位置が低いから。それもそのはず、彼女は車椅子に乗って移動しているからだ。

 学園では知らぬものがいないその美女の名は――。


「――東風谷こちや会長」

「ええ、お久しぶり」


 優雅に会釈する彼女はこの学園の学生議会長。

 学生議会というのは、他の高校でいうところの生徒会みたいなモノ。そこの長というのはそのまま、学園のトップであるという意味だ。

 両脚が動かず車椅子生活をしているというハンディをものともせず、学生たちの過半数の信任を得て曲者だらけの我らが学園に君臨する――誇張抜きに”女王様”。

 そんな東風谷会長はくすくすと魅力的な微笑みを浮かべ、


「それにしても、なにかお悩みのようね。当ててあげましょうか? そうね、さしずめ”恋煩こいわずらい”といったところかしら?」

「ちょ――ちょっと何いってんですかぁ!? 会長も冗談キツいですよぉ、こ、こここ……恋とか! ぼくなんかにはまだ早いですって!」

「そうかしら? 比良坂さん、男子から密かに人気があるのだけれど」

「はへ? そ、そんなワケないじゃないですかぁ〜。オカルトばっかり追いかけてる女子なんか好きになる男子いるわけないですって。ホントお世辞がうまいんですから、会長は」

「全く、あなたほどの情報収集能力がありながら自身のことには無自覚とは。やはりあなたは興味深いわ」


 会長はやれやれと首を振った。

 そう言われても……あんまり男子からアプローチとか受けたことないし。そもそもモテたいとも思わないし……。

 きっと会長の勘違いだと思うけど。


「そういうコトにしておきましょう。あなたの恋人は”都市伝説フォークロア”ですものね。それを追い求め、頭の中がそのことで一杯になる。謎を解くことは、恋をすることに近いのかもしれませんわね」


 恋バナは苦手なので会長が早々に切り上げてくれて助かった。

 ホッと胸をなでおろしていると、彼女は話を続けた。


「それにしても比良坂さん、最新の活動報告も読みましたわ。『人面犬事件』、あれは特に傑作でした! 特に”あの男”が野良犬にお小水をひっかけられるオチは……ふふふっ、下品なのですが爆笑が止まらず過呼吸になりかけてしまいました! おハーブが生えましたわ〜!」

「わっ、読んでくれたんですね! ありがとうございます! そーなんですよ、二人でおじさん顔の普通の野良犬を追いかけ回したあげく……最後は先輩がひどい目にあうだけのあのオチ……ぷぷぷ、ケッサクですよね……っ!」


 ぼくと会長が顔を見合わせて笑った。

 そう、彼女は以前からぼくらの”謎解き活動”のファンを公言してくれている。

 ぼくは普段から、活動報告としてネット上に”謎解き活動”の記録をアップロードしている。

 ”ファウンダリ”に関連する部分みたいな、本気でヤバそうな箇所はもちろんカットして、誰でも気軽に読めるように配慮して。おまけにかなり拙い文章なんだけど、それでも楽しんでくれている人がいるのはありがたい。

 彼女の存在は、ぼくにとって自信の源にもなっていた。

 この時になってやっと、ぼくは会長が膝の上にたくさんの書類を抱えているのに気づいた。


「重そうですね、手伝いましょうか?」

「いいの? では遠慮なく」


 最初は「書類を持ってあげようか」、という意味で何気なく提案したんだけど、「大事な書類だから」と断られたので車椅子を押してあげることになった。


「なんの書類なんですか?」

「文化祭の予算のまとめよ。各クラスの出し物が固まった頃合いだから」

「ああ、各クラスの予算申請書類なんですね。確かに大事な書類です……」

「副会長は実行委員の指揮で忙しくしていますから。今日は動ける・・・のがわたくしくらいだったの。あなたが手伝ってくれて助かりますわ。本当にありがとう」


 「動ける・・・」か……。

 今後ろから押している、その重みを手に感じてわかる。

 車椅子生活というのは、きっとぼくには想像もつかないくらい大変だろう。

 動くだけでもぼくらとは労力が違う。なのに書類の束を抱えて学園じゅうを動き回る彼女は、途方も無い努力をしているんじゃないだろうか。

 今更になって、東風谷会長という人間が気になってくる。

 彼女は何故――。


「会長、訊いていいですか?」

「ええ、いいわよ。ついにわたくしも調査対象ですの? 報告書にどう書かれるか楽しみですわね」

「そ、そういうわけじゃないんですケド……。会長は、どうして学生議会長になったんですか? 毎日大変な仕事をこなす理由って、なんですか?」

「……そうね、単純な理由と複雑な理由があるかしら」

「単純と、複雑……?」

「単純な理由はとても簡単。わたくしが学園創設者の孫だから」

「ぇ……っ! そうだったんですか!?」

「ええ、この学園はお祖父様が『人間の才能は教育によって無尽蔵に伸ばせる』という思想を実現させるために創設した教育機関よ。孫のわたくしが祖父の遺産に興味をもつのは、とても単純な動機でしょう?」


 たしかに、創設者の孫だという説明には納得がいく。

 血筋というつながりには、複雑な動機なんて必要ないんだ。


「じゃ、じゃあ複雑な理由というのは……?」

「それは複雑だから、一言では説明できないわね。比良坂さんも、わたくしをもっと良く知れば見えてくるんじゃないかしら」

「そう……ですか」

「べつに、秘密にするほどのコトではありませんのよ? きっとただ口で説明するだけでは、理解できないと思った。それだけのことです。でも、そうね。少しだけ――」


 彼女は続けた。


「学園生活はとても短い。長い人生のうちのたった三年間でしかない。ここで出会う人は、その後一生の付き合いになることもあれば、卒業すればすっぱりと縁が切れることもあるでしょう。しかし、ここで生きる学生たちにとってはこの場所が……今、この時間が世界のすべて。わたくしたち若者は視野が狭くて、世界の広さも残酷さもまだ知らない。だけど……だからこそ、わたくしはこの狭くてちっぽけな世界を……刹那のような青春を、みなさんに精一杯楽しんで欲しいと思っている」

「会長……」

「なにかに情熱を注いで、あとから考えれば無駄だったと後悔することもあるでしょう。若さゆえの軽率によって、過ちを犯してしまうこともあるでしょう。かなわないとわかっている無謀な恋に身を焦がして、結局は破局してしまうこともあるでしょう。世界の広さを知ってしまえば、この狭い箱庭の中の出来事は無意味に帰してしまうかもしれない。それでも……わたくしは、結果の伴わない、一見無意味に思えることにこそ大切な”経験”があると思いますの。だから頑張れる。この学園に来てくれた誰にだって、実感して欲しいから」

「実感って……何を?」

「『今が最高』だって。『あなたはここにいていいんだ』って。だから大いに楽しみましょう、この無意味な青春を。比良坂さん、あなたには格別に期待していますわ」


 ああ……なんだろう。

 否応なく、理解させられた。この人は、大きい。

 どことなく、”先輩”に近い感じがする。

 俯瞰した視野。どこか虚無的な思想。だけどそれでも、深いところに温かみがある。

 彼女もまた、先輩のように”特別”なのかもしれない。


「あらあら、楽しいおしゃべりの時間もおしまいね」


 そうしているうちに、目的地の『学生議会室』に到着した。

 中に入り、会長のデスクに書類を置いた。


「さて、今日のお仕事おわりですわ」

「え、書類の処理はいいんですか?」

「差し迫った課題ではありませんわ。仕事を早く終わらせすぎると、わたくしのキャパシティに余裕があるとみなされ、かえって仕事がもっと舞い込んでくる結果になる。有能すぎるというのもかえって損をしますわ。だからあなたにもアドバイスしておきましょう、『明日できることは明日やる』」

「は、はは……」


 超然としているように見えて、案外地に足ついてるのもやっぱり先輩に似てるかな……。

 

「比良坂さん、今日はもうフリーですわよね?」


 彼女はパンと両手を合わせてこう提案した。


「学生議会には日々、いろいろな相談が舞い込んできます。しかしわたくしたち学生議会では解決できないような、超常的な案件もいくつか紛れ込んでくるのです。比良坂さんが来てくれたのは『渡りに船』ですわ、せっかくだから協力してくださらない?」

「協力って……?」

「もちろん、あなたの専門分野のことよ」

「つまり……それって」

「そう――」


 東風谷会長は嬉しそうにこう宣言した。


「今日はわたくしと比良坂さんで”謎解き活動”をするのよ!」

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