15,φ 小山先生は咒殺されたがってヰる Hanged-Man・結
下校時間を過ぎても、”謎解き”はまだ終わっていない。
モヤモヤが胸にひっかかって離れなかった。
先輩はそんなぼくを一瞥すると、
「ま、今回はもう少し付き合ってやるよ」
とため息を付いた。
そんな彼に連れられ、駅から少し離れた喫茶店に到着する。
少し古い建物だけど、中に入ると床も窓もキチンと清潔に保たれていた。
派手さはないけど質実剛健な出で立ち。店内には小音量でクラシックが流れている。なるほど、先輩の趣味って感じのお店だった。
先輩は「マスター、いつものブレンドで」と声をかけて着席した。
「お前は?」
「え、あ……同じので」
「こいつも同じものを頼む」
初老の男性に声をかけると「かしこまりました」と豆を挽き始めた。
どうやら馴染みの間柄らしい。
「先輩、ここの常連なんですか?」
「さあ、どうだろうな。落ち着いてラノベを読めるからよく来るだけだ。たしかに見知った仲ではあるかもしれん」
「それを常連って言うんですよ。意外ですね、先輩ってこんな……なんていうか、メイド喫茶とかなイメージでした」
「ひどい偏見だな。オタクだからってみんなメイド喫茶が好きなわけじゃあない。むしろメイド喫茶なんて騒がしくて陽キャ向けの極みだろうが。陰キャにはハードルが高すぎる」
「そんなもんですか」
「そんなもんだ」
さてと、前置きはここまでにして。
”謎解き”の時間だ。
「先輩、さっきの小山先生の話……」
「そう、それが本題だな。お前はさっきから何かひっかかっているようだが」
「先生の話は真に迫っていました。作り話なんかじゃないと思うんです。ディティールも細かくて、聞いているだけのぼくも追体験しているように感じるほどに……詳細で、感情もこもっていたように感じます」
「かもな。アレが作り話だったら小山先生は女優か何かに転身したほうが良い。すげェ演技力だ」
「茶化さないてください」
プンスカとぼくは頬を膨らませた。
「わるい」と先輩は軽く謝る。茶化されたとはいえ、先輩も先生の話が本当である可能性が高いと思っているのは同じらしかった。
ううん、実のところ、先輩には言っていないだけでぼくには小山先生の話が本当に起こった出来事である根拠がある。
それは、話の後半に登場したオレンジ色の髪に、上半身は作務衣、下半身はジーンズに革靴というちぐはぐな男の存在だ。
ぼくはおそらく、その男に逢ったことがある。
少し前に遭遇した『絶対に振り返ってはいけない道』の怪異。その後始末に現れた”ファウンダリ”の男がまさに小山先生が語った男の特徴と一致していたのだ。
彼の服装も、手のひらの”Φ”の焼印も、特殊な能力を持っていることも、何もかもが。
唯一違うのは、年齢。だけど小山先生の子供時代は十数年前。そのとき20前後で、ぼくと遭遇したときは30過ぎくらいの外見ということは、むしろ時系列と一致している。
間違いない、ぼくが『絶対に振り返ってはいけない道』で出会ったあの男こそが――”ファウンダリ”の一員”黒咲”なんだ。
創作怪談でここまでの奇妙な一致はありえない。小山先生の体験談は、本当なんだとぼくは確信していた。
だけど今の本題は”黒咲”じゃない。
今は小山先生の体験談の謎が優先だ。
「ブレンドコーヒーです」
その時、初老のマスターが目の前にカップをおいた。
丁寧な所作だったけど、過度な会話やサービスみたいなものはなかった。
そのままカウンターの奥へ去ってしまう。
なるほど、コミュ障の先輩が常連になるワケだ。
ぼくは一口、コーヒーを口に運んだ。
「にが……だけど、いい香り」
香りは……いいんだけど、コーヒーの味って苦いだけでよくわからない。背伸びしてブラックのまま飲んだけど、ぼくはやっぱりミルクと砂糖がないと飲めないかも。
そう思っていると、先輩が「無理すんな」と角砂糖をぼくのカップに放り込んだ。
うん、やっぱりこっちのほうが美味しい。いつかブラックの味がわかる日がくるのかな、ぼくも……大人になったら。
今回の話に出てきたBちゃんと……きっと、”私”も……大人になれないままその人生を閉じてしまったけれど。
ぼくは話を戻した。
「先生は……『嘘をついた』とだけ言いました。体験談の全部が作り話だなんて一言も言っていないんです。仮に彼女が語った話が全て真実だとして、それでも先生がどこかで嘘をついているのだとしたら……一つだけ、それを説明できる仮説があります」
「……」
先輩が一瞬目を閉じてから、言った。
「いいのか? その答えを口にしちまったら、もう後戻りできないかもしれないぜ。知らなければなにもないまま終わるかもしれない。先生の話の中に登場した”黒咲”ってヤツの言う通りかもしれないぞ」
「今更ですよ、それは。ぼくたちは依頼されたんです、ほかでもない小山先生自身から」
「……そうだな」
「先輩、ぼくは話の中に出てきた”私”というのは小山先生のことじゃないと思うんです」
「ほう、面白い説だな。だがそうなると小山先生の話はやっぱり創作ってことになるんじゃないのか?」
「そうはならないんです。先輩は、もうわかってるんじゃないですか……? 話の中に出てきた”Aちゃん”の正体こそが、小山先生なんじゃないかって」
「……」
「理知的な性格に生物学の知識、科学的思考。人物像は一致しています。先生の体験談の中で、”私”と”Aちゃん”は常に行動を共にしていた。お互いの体験を知り尽くしている間柄だったんです。先生がついた”嘘”と言うのは、語り手である小山先生と主役である”私”が同一人物であるというその一点だったというのがぼくの仮説です」
「ふム。その説なら、小山先生は”私”の視点から体験談を話すことも、”私”が最後に自殺する物語を生きて語ることもできるってワケか」
「そうです。自殺の詳細な方法を知っていた理由だって、考えてみれば当たり前ですよ。”私”の遺体の第一発見者は、ルームシェアしていた”Aちゃん”――つまり小山鏡花先生……ぼくたちの学園の生物学教師に他ならないんですから」
「確かに納得できる部分はあるが、不可解な点もある」
先輩は反論する。
「どうしてわざわざそんな回りくどいことをした? 別に小山先生が”Aちゃん”の視点で語っても、ずっと一緒にいたなら同じストーリーになったハズだ。俺たちに”私”の視点で話をした理由はなんだ?」
「……それは」
この時、ぼくはこの体験談を始める前に小山先生が言ったことを思い出していた。
『あなたたちには私が幼少期に体験した不可思議な出来事を聞いてほしいの。そして、”謎”を解いてほしい。それは聞けばわかるかもしれないし、聞いてもわからないかもしれない。謎なんて、最初からなかったのかもしれないけれど……』
「”謎”――」
ぼくはポツリと呟いた。
「本当の謎は……人の心だ」
そして、わかったんだ。
「小山先生は、”私”が何故自殺したか考えてほしかったんです。それが小山先生にとっての”謎”だった。だからぼくたちに自殺したその子の思考をトレースできるように、わざわざAちゃんじゃなくて”私”を主人公にして話をしたんだ……先輩!」
「ん?」
「先輩は、どうして”私”は自殺したと思いますか? せっかく無事に村の外に出ることができて、大学まで出られたのに」
「……お前は、どう思う?」
「ぼくは……やっぱり呪いのせいなんじゃないかと思います。呪いは続いていた。Aちゃんと違って、”私”のほうは呪いや村の信仰を完全に否定してはいなかったじゃないですか。だから遅効性の毒みたいに効いてきて……ってコトだと思いますけど」
「ふム……」先輩は顎に手を当てて考えた。
「そうかもしれないし、そうじゃあないかもしれない」
いつものように、はぐらかすような答えを口にした。
先輩は続けた。
「結局他人の心の中なんて、誰にもわからないんだ。小山先生だって、友達が自殺した原因がわからなかった。だから今でも悩み続けて、たまに耐えきれなくなって、俺たちみたいな他人に相談したくなったんだろうよ。だからお前の仮説もきっと正解だし、不正解なんだ」
「だったら先輩はどう思うんですか?」
「俺は、たぶん……”私”は普通に自殺したんだと思うぞ」
「はへ……?」
「Bちゃんも村人も呪いを信じたせいで死んだ。”私”は助けてくれた祭司や村人を尻目に生き残ってしまった。”私”はずっと罪悪感を抱えて生きてきたんじゃねえのか?」
「あ……」
「それにな、友達や家族が呪いによって死んだ後でもなお、自分は呪われない。普通に生き続けている。……そんな順調な生活が、嫌になったんだよ。だってそうだろ? まるで”私”が冷たい人間みたいじゃないか。友達や家族を奪った呪いを心の底では信じていないんだって。全部彼らの自業自得なんだって。それを証明しているみたいで」
「だから……だからこんな結末になったってコトですか?」
ぼくは震える声で絞り出した。
最悪の”真実”を。
「彼女は自分の心の冷たさに耐えかねて自殺した。そういうコトですか?」
「そして、小山先生も同じ罪悪感を抱え続けている」
「え……?」
「先生、心霊スポットに友達と行ったって言ってただろ」
「確かに、スマホで加工した写真は心霊スポットで撮ったって……趣味は心霊スポット巡りって……」
「呪いを信じない科学的な小山先生がわざわざそんな場所へ行く理由は――今の話を聞いたら一つしか考えられない」
先輩は、ゆっくりとぼくに告げた。
この物語の結論を。
「小山先生は呪殺されたがっている」
もう言葉が出なかった。
それ以上何も言えなかった。
小山先生もまた、悩んでいたのだ。
呪いを信じられない自分自身の心の冷たさに。
親友である”私”の死は、その孤独感をさらに強めたのだろう。
だから何度も心霊スポットを訪れて、霊障を受けようとしていた。
最初にぼくらに見せた心霊写真は、きっと加工したモノじゃなくて本物だった。だけど先生自身が思ったのだろう「カメラのAIが自動で合成した結果で、本物の心霊写真じゃない」と。
呪いのせいじゃないって結論づけてしまったのだろう。
ぼくらに意見を求めたのは、「これは呪いです」と保証して欲しかったからなんだ。
先生は呪いを信じたかった。
どうしても呪いを信じられない自分の心に絶望していたから。
だから先輩は、図書準備室を去る小山先生にこう言ったんだ。
『先生はいい先生だし、冷たい人じゃあない。ここの学生なら、みんな知ってる。先生はこれまでの人生で、それを証明し続けてきたから』って。
それは、気休めでしかないかもしれない。
小山先生を救える言葉じゃないかもしれない。
だって小山先生は「呪いは本物だ」って言ってほしくてぼくらに打ち明けたんだから。
だけど先輩は呪いなんて信じない。
それでもあの言葉は、先輩にできる精一杯の気遣いだったんだ。
「おっと、そろそろアニメの時間だ。悪いが俺は先に帰るぞ」
先輩は千円札を置いて立ち上がる。
「多くないですか?」ぼくが聞くと、「ここは俺のおごりだ。そのかわり、コーヒーは絶対残すなよ。マスター自信作のオリジナルブレンドだからな」。
そう言って先輩は喫茶店をあとにした。
ぼくは一人残される。まだ胸のモヤモヤは晴れなかった。
まだ見落としている何かがある気がしたんだ。全ての謎は解けていない。そう――残されている最大の謎は”私”の死因だ。
彼女は本当に先輩の言う通り、罪悪感から自ら命を絶ったのだろうか?
だったら小山先生の語ったような状況にはならないんじゃないんじゃ?
だって、”私”は”てるてる坊主”の格好をして首を吊ったんだ。先輩は、そんな異常な状況には一切言及をしなかった。「普通の自殺」なんてありえないんだ。単に見落としたのだろうか?
ううん、先輩に限って気づかなかったなんてありえない。何らかの理由で、そこに言及するのを避けたに違いない。でもどうして……?
そのときだった。ピンと頭をよぎったんだ、閃きが。
『わたしたち、帰れるのかな。みんなのいるあの場所に』
思い出したのは『青い鳥』という童話の本の間に”私”が挟み込んだという遺書に書かれた言葉だった。
「そっか、そうなんだ……呪われたんじゃなくて、
唇が震える。
「帰りたかったんだ」
それは、村じゃない。家族や友達のいる”居場所”――つまり”あの世”だ。
呪殺された村人たちと同じ場所に行くには、呪殺されるしかない。
そうならない自分に絶望して”私”は自ら生命を絶った。そこまでは先輩の推理と同じだ。だけどここからが違う。
”私”が村で遭遇した”呪術”に見立てて自殺した理由。それは自分自身が村人たちと同じ死後の世界に行きたいからじゃない。それだけじゃなかったんだ。
”私”はきっと……信じさせてあげたかったんだ。
呪いは実在するって。
自分自身よりも、だれよりも、大切な親友に――Aちゃんに。
小山鏡花に。
「親友が誰よりも大事だったから。呪いを信じられず、罪悪感を抱え続けた小山先生に呪いを信じさせるために……自分の生命を犠牲にして、呪殺に見立てた自殺を決行したんだ……」
そして、小山先生が呪いの実在を信じたその時。
生命を代償に実行した”私”の呪術は発動し、小山先生を呪殺する。
二人の魂は、呪殺された”X地区”の村人のもとへ召される……。
これが――。
「これが――”私”の計画だったんだ。親友を遺して先立ったんじゃなくて……本当は、連れて行ってあげたかったんだ……誰よりも大好きな人だからこそ、呪殺しようとしたんだ……」
あ、ああ……そんなコトって。
伝えられるワケがない。先輩は気づいたのだろうか?
気づいていたとしても、言えるワケがない。
真実は、残酷だ。その残酷さに、きっと小山先生の心が耐えられないだろうから。
指が震える。
コーヒーカップを手に取る。
カタカタと揺れる。
震える唇に運ぶ。こぼれそうになるのをぐっとこらえながら。
黒い液体を流し込んだ。
「甘くて……やっぱり苦い」
けど、もうとっくに冷めきっていた。
ΦOLKLORE: 15 ”小山先生は咒殺されたがってヰる Hanged-Man” END.
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