15,3 小山先生は呪殺されたがっている Hanged-Man・叙


 走って、走って、必死で走って。

 どうなったのか記憶が曖昧だけど、とにかく私たちは村へたどり着いた。

 一番近かったのがBちゃんの家だから必死で戸を叩いて、「Bちゃんがおかしくなったの! 助けて!」って何度も叫んだ。

 村の情報網は早い。

 すぐに大人たちが集まってきて、私たちは集会所に連れて行かれた。

 私とAちゃんは先に集会所に集まっていた家族と会えたけれど、Bちゃんはすぐに別室に連れて行かれた。

 Bちゃんだけ別行動なことに特に違和感はなかった。

 身体がずっと震えていて白目をむいていた。医者の治療が必要に違いなかったから。

 村のお医者さんが診てくれるに違いないと私とAちゃんは思った。


 両親にひとしきり怒られたり慰められたりした後、私とAちゃんは二人で村長さんのもとへ通された。


「こりゃエラいことをしてくれたな」


 村長さんは開口一番にそう言った。


「どこまで見た?」

「えっと……廃村の奥の小屋と……」

「ちょっと」


 Aちゃんが「正直に全部話すな」と言いたげな目で私を睨んだ。

 だけど私は助かりたいし赦されたい一心で正直に村長さんに打ち明けた。


「小屋に……穴があったので入りました」

「あの小屋に入ったのか!!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

「いや……責めるつもりはない。全部正直に話してみなさい」


 私はうなずき、穴に入ってからのことを全部打ち明けた。

 床の下に星型図形があったこと。図形を崩したらBちゃんの様子がおかしくなったこと。

 その後は恐ろしい声や影に襲われて、三人で必死に逃げてきたこと。

 村長さんは腕を組んでうんうんと話を聞き終え、呟いた。


「Bちゃんはもうダメだ」

「えっ……」


 耳を疑うような言葉だったけど村長さんはそれ以上深くは言及せず続けた。


「だけど○○ちゃんとAちゃんはまだ大丈夫かもしれん。祭司さんを呼んでおいたから、今夜のことはキチンと反省してお祓いを受けなさい。二人とも、ここで大人しく待ってなさいよ」


 村長さんはそう言って部屋を後にした。

 残された私とAちゃんはひそひそと今夜のことについて話した。


「やっぱり、呪いなのかなぁ。あの小屋の図形がほら……”呪物”みたいなモノで……」

「呪物? 呪い? 非科学的よ。あの指や歯が不衛生だったからBは不調をきたした、そう説明したほうがよほど合理的ね」

「だったら小屋を出た後のヘンな声は?」

「獣の声が人間の声に聴こえることがあるって話をしたわよね。私たちはパニックだった。聞き間違えても仕方がないわ」


 Aちゃんは今夜起こった出来事をなんとか合理化しようとしているみたいだった。

 私はAちゃんと意見を合わせるのは難しいと悟って、「トイレに行ってくるね」と部屋を出た。そういえば夜になってから一度も出していなかった。

 村長さんは「ここで大人しく待ってなさい」って言ったけれど、これからお祓いらしいし、出すものは出しておかないと。

 トイレくらいはかまわないよね?


 用を終えて、もとの部屋に戻る途中で何か声が聞こえた。

 もちろん、廃村で聴いた不気味な笑い声じゃなくて聞き慣れた村の大人たちの声だ。

 だけど今は怒号のようだった。


「……?」


 私はそっと抜き足で静かに聞き耳を立てる。


『オ゛エエエエエ゛エエエエエエエ!! ウボオオオオオオオオオオ゛オオオオオオ!! ヒャハハハハ!! ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ』

「お前、そっち抑えとけ!」

「ヤバい、何だよこれ……! 歯が、どんどん……指も……!」


 何、この声……?

 大人たちが集まっている部屋――たぶんBちゃんが運ばれた部屋だ――の中を、隙間から覗き込んだ。

 そこには。

 大人たちが必死で抑え込もうとしている”何か”の姿があった。

 ”何か”は雄叫びを上げて必死でもがいていた。

 それは、Bちゃんだった・・・。だけどもう、すでにBちゃんじゃなかった。

 髪の毛は全て抜け落ちて、口からとめどなく血と吐瀉物と”歯”が流れ落ちてくる。口を大きく開けすぎたのか、口の端は大きく裂けて出血していた。

 何より不気味だったのは、指が……。

 彼女の首や腕、本来生えてくるはずの無いその場所から、大量の……指が。

 指が、生えてきていたのだ。

 

「っ――!」


 私は必死で走ってもとの部屋まで戻った。

 Aちゃんは何事もなかったように「遅かったわね」なんて私に声をかけた。


「え、Aちゃ――やば……ヤバいよ、わたしたち、しんじゃう……バケモノ……なっちゃうかも……!」

「落ち着いてよ、何言ってるのかわからないわ」


 必死で言葉を絞り出し、今見た出来事を説明した。

 だけど、自分の目でみていないAちゃんがそれを信じることはなかった。

 「だったら自分で確かめてきてよ!」と叫ぶと、Aちゃんはやれやれと部屋を出ていこうとする。

 その時だった。扉は先に開いた。


「あの小屋に入ったのは、キミたちか……」


 この村の祭司さんがそこに立っていた。


「儀式を始める。座りなさい」



   ☆   ☆   ☆



 当時は宗教についてよくわからなかったけど、祭司さんは神主でも僧侶でもなかった。

 神道系ではあるけど、この村の土着信仰を司る一族らしい。

 あの廃村や小屋のことも、この高齢の祭司さんが村で最も詳しいみたいだった。


「あの……なんの儀式なんですか? お祓いが必要ってコトは……わたしたち、呪われちゃってるんですか?」


 私は我慢できずに率直にそう問うた。

 祭司さんが答える。


「そうだな。この土地に移り住む前の、我らの祖先の悪しき風習の名残だよ」

「悪しき……風習?」

「”ヒルコ”だ」

「ヒルコ……?」


 理解できずにいると、Aちゃんが口を挟んだ。


「ヒルコ、日本神話の言葉ね。イザナギとイザナミの最初の子ども。だけど――」

「その通り、小さいのによく勉強しているな。ヒルコは国産みの神々の最初の子だったが、奇形児だったと言われておる」

「それが今の状況と何の関係があるの?」

「”旧X地区”においては、奇形などの先天性疾患を抱えた子どもが生まれることが少なくなかった。かつての我らの祖先は、そうして生まれた不幸な子どもを”贄”として捧げ、健康な子として生まれ変わるよう”ヒルコ”に祈願したのだ」


 私は思い出す。

 あの小屋の中心に収められていた何かは、たしかに乳歯や子どもの指から成り立っていた。あれは、かつて”旧X地区”に生まれた奇形児たちのものだったのだろうか。


「捧げるって……殺したってことですか? そ、そんな残酷なこと……!」

「そうだ、食い扶持を減らすためでもあったのだろうが。あまりに残酷で前時代的故に、今の村に移り住んだ時点で廃止された風習だった……」


 Aちゃんは顎に手を当てて言う。


「確かに非科学的な風習ね。この村は今でも外界との接触を最低限に留めている。昔はもっとそれが強くて、人の入れ替わりも殆どなかったとするならば……過度な”近親交配インブリード”が進んでいたハズよ。奇形などの先天性疾患は、現代では生物学的説明がつくわ」

「科学など、現実の一側面を説明したにすぎんよ。この世の全てではない」

「少なくとも祈願とか呪いなんて不確かなものよりは確かな人類の叡智だわ。今の村は最低限の外界との交流は持っている。だから遺伝的リスクも軽減されたのよ。決して、怪しげな信仰のおかげじゃないわ」


 Aちゃんと祭司さんの意見が対立する。

 あまり雰囲気が良くない。話を変えなきゃ。


「で、でも! そもそもヒルコっていう神様? に祈りをささげるために作ったモノで、人が呪われちゃうなんておかしくないですか? 神様が護ってくれてるハズなんですよね!?」

「神は人に恩恵も災いももたらすものだ。本来、祝福と呪いは表裏一体なのだ。君たちは禁を破った。子どもとはいえ責任がある。信じようと信じまいと、お祓いはキッチリと受けてもらおう」


 Aちゃんは不服そうな顔をしていたけれど、私にはもう理解が及ばない領域の話になっていた。

 彼に任せてしまったほうが確かなんじゃないかと思った。


「正座したまま下を向いていなさい。何があっても顔をあげないように。あとは私に任せなさい」


 祭司さんは部屋の中に五つの蝋燭を立てて、部屋の中心に私たちを座らせた。

 私とAちゃんは座布団に座り、頭を下げた。

 祭司さんは蝋燭に火を灯すと、何やらブツブツと”呪文”のようなモノを唱え始めた。

 いや、当時は呪文だと思ったけれど、今思えばそれは”祝詞のりと”だったのかもしれない。

 とにかく、私は「これでもう大丈夫だ」という安心感を覚えた。


 儀式はつつがなく進行した。

 だけど、どうやらそろそろ終わりに差し掛かりそうだぞ、という雰囲気の時に突然ピタリと呪文が止んだ。

 え、祭司さん? 頭を下げ、床を見つめる私には何が起こったのかわからない。

 いったんしんと部屋が静まり返ると、やがてガン! ガン! と何かが衝突する音が聞こえてきた。

 何? 何が起こってるの? 祭司さんは「何があっても顔を上げないように」と言った。だけどそれはきっと、儀式が順調に進んでいる場合に違いない。

 今は間違いなく――非常事態だった! 私は顔を上げた。


 ガン! ガン! ガン! ガン! グシャ!


 信じられない光景がそこには広がっていた。

 祭司さんは私たちに背を向けたまま壁に向かって立ち、頭を壁に打ち付けていた。

 何度も、何度も、やがて頭が割れ、血が吹き出しても。


 グシャ! グシャ! グシャ! グシャ! ビチャ! グチャ!


「ひ、ひぃ……!」


 私はつい声を出してしまう。

 するとピタリと祭司さんの動きが止まった。

 だけど次の瞬間、ゆっくりと、身体を壁のほうに向けたまま彼が私のほうを向いた。

 バキバキと首の骨が折れる音とともに。首だけが反対を向いたのだ。

 そこには。

 ぐちゃぐちゃに潰れ、眼球の飛び出した赤黒い顔面があった。


『ミタナ……アタマヲ……アゲタナアアアアアアアアアアアアア!! ア゛ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!』

「きゃああああああああああああああああああああ!!」

「逃げるわよ!」


 叫び声を上げる私に、Aちゃんが声をかけた。

 Aちゃんは火のついた蝋燭立てを祭司さんの方に倒して怯ませると、私の手を掴んで部屋から出た。

 部屋から出ると、そこは地獄絵図だった。

 そこら中で村の大人たちがのたうち回って、床を転がっていた。

 口からは血と……そして、大量の歯を吐き出して。


「いやあああああああああああ!!!」


 Aちゃんと手を繋いで走った。必死の思いで集会所を出た――その瞬間だった。


『マッテヨ、○○……A……』


 知ってる声だった。

 私達の前に立ちはだかったのは、Bちゃんだった。

 Bちゃんだったモノだった。全身から指が生え、モゾモゾと波打っている。

 顔面からは、口以外の部分からも大量の歯が生えてきて、もはや面影はなかった。

 まぶたもなくなって、ギョロリと赤い眼球が私たちを見つめていた。


『アタシモ……ツレテッテ……アタシタチ……イツモイッショ……ダロ?』

「い、いや……」

「何よコレ……こんなことが現実でおこるハズが……!」

『アビャ……ビャビャビャ……!! ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!』


 私達はうろたえ、後ずさる。

 後ろにはうめき、のたうち回る大人たち。そして祭司さんの笑い声。

 どんどん近づいてくる。もはや絶対絶命だった。


「あー、遅かったか」


 その時だった。Bちゃんの背後に一人の男が立っていた。

 20歳くらいの、奇妙な若い男だった。パーマを当てたオレンジの髪。ジャラジャラとシルバーアクセサリーが首周りや手首、指に装着されている。

 なにより奇妙なのは、上半身は茶色の作務衣さむえなのに下半身は紺のジーンズというファッションだった。それでいて革靴を履いているのだから全てがちぐはぐだった。

 村でそんな男を見たことがなかった。直感的に私は、この男が村の外からやってきたんだと理解した。

 男は「悪い、こうするしかない」と、Bちゃんの髪の抜けたハゲ頭の上に手を置いた。次の瞬間、『ウブッ!』とBちゃんが嘔吐えずき始める。

 裂けた大口から、太い髪の束が吐き出されたかと思うとBちゃんはその場に倒れて動かなくなった。


「Bちゃん!」


 私は倒れたBちゃんに駆け寄った。

 姿はバケモノだけど、なぜだか私はいまでもBちゃんを友達だと思った。


「助かったの……?」

最初から・・・・助かってたよ、キミはな」


 私の問いかけに、若い男は答えた。


「なあお嬢ちゃん、死は救済だと思うかい?」

「それって……殺したってコト……?」

「もう死んでた。オレは”呪体”を分離しただけさ」


 男は「さて、と」と手をパンパンと鳴らす。


「そっちのお嬢ちゃんは賢そうだな。ガソリンはあるかい?」

「ガソリン……? 集会所の倉庫に備蓄があるわ」

「ありがとよ」


 Aちゃんが答えると男は集会所の倉庫からガソリンを取り出し、集会所の周辺にぶちまけ始めた。

 私は血相を変えて「何やってるの! みんないるんだよ!」と叫んだ。けど男は「もう手遅れだ」と返した。

 今まで起こった出来事を見れば、男の言っていることが正しいのだと、理屈ではなく直感で理解できた。

 ガソリンをひとしきり巻き終わった後、男はライターを取り出し着火する。


「下がってな、お嬢ちゃんたち。もう終わらせる」


 私たちが距離をとったのを確認した後、その男は火の付いたライターを放り投げたのだった。

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