15,0 小山先生は呪殺されたがっている Hanged-Man・起
小川のせせらぎが聴こえる場所。
そこは、村の少女たちの秘密基地だった。
二人の少女が無邪気に走り回っている。
一人が足を止めて、こう問うた。
「
問われた側の、鏡花と呼ばれた理知的な雰囲気の少女はさらりと返答する。
「ベルギーの作家メーテルリンクの童話でしょう?」
「そうだけど、そうじゃなくて!」
少女は頬をふくらませて鏡花に訴えた。
「この村の外には、もっと広い世界が広がっててね! そのどこかにわたしたちの”しあわせ”があるかもしれないって話だよ!」
「……そうね、私たち。この村から出たことないから」
「村の外はどうなってるのかなぁ。素敵な人や出逢いがたくさんあって、ここよりももっと楽しくて、嬉しいのかなぁ!」
「どうかしら」
鏡花は少しうつむいて、こう漏らした。
「この退屈で閉鎖的な村は案外、私たちを閉じ込める”とりかご”なんかじゃなくて……ただ、護ってくれている”ゆりかご”なのかもしれない。外の世界こそもっと過酷で、残酷なのかもしれないわよ。外に出たら、もしかしたら後悔するかもしれない。都会の現実はひどくあなたを傷つけるかもしれない……」
「それでも知りたいよ! 鏡花ちゃん、わたしね、夢があるんだ!」
「夢……?」
「そう、夢!」
少女は鏡花にハッキリと告げる。
「わたしね、学校の先生になりたいんだ!」
「先生……あなたが?」
「ヘンかな?」
「……いいえ、ヘンじゃないわ。でもどうして?」
「なんでだろ。うーん、忘れちゃったカモ。いつの間にかそう思ってた。でもさ、夢って理由があって作るものじゃなくて、いつのまにか見てるものじゃないかな?」
「私には……わからない。私には将来の夢とか、希望とかないから」
「だったら、約束するね!」
少女は鏡花に向かって、そっと小指を差し出した。
「鏡花ちゃんの『青い鳥』、わたしが一緒に探してあげる!」
「……ほんと?」
「ホント! 嘘ついたら針千本のむ!」
「ホントにホントよ?」
「ホントにホント、鏡花ちゃんとわたしの約束だから!」
鏡花はおずおずと控えめに小指を差し出す。
それを半ば強引に、少女が絡め取った。
二人の少女は声を揃えて『呪文』を唱え始める。
「「ゆーびきーりげーんまーん――」」
☆ ☆ ☆
「Aセットお願いします」
「はいよー」
食券と引き換えに、お盆に乗った定食が返ってくる。
一番人気のAセットは、「ごはん、からあげ、味噌汁、ポテトサラダ、キャベツの千切り」という超王道メニューだ。
特に、からあげと生キャベツの組み合わせはバストアップに効果的って聞いたことがあるし。これでぼくのひんそ――もとい
なーんて、俗っぽいことを考えながら空いてる席を探していた。
「もぉ、全部先輩のせいだよ」
ぼくは頬を膨らませて呟いた。
今は昼休み。いつもなら教室でクラスメイトとお弁当を食べてる頃合いだけど、今日は珍しく学食を訪れていた。
こうなったのは先輩のせいだ。昨日先輩にオススメされたアイドルアニメがあまりにも面白くて、夜更かししてしまったんだ。
「かすみん可愛いよー!」なんてパソコンの前で興奮してたら睡眠時間がなくなって、朝寝坊したあげく昨晩の残り物をお弁当箱に詰める時間もなくなっていた。
「先輩……どこだろ」
それでも、自然に彼を探している自分がいるのに気づく。
ぼくの睡眠時間を奪ったせめてもの罪滅ぼしに思う存分『虹ヶ咲学園ス○ールアイドル同好会』の良さと、中須かすみちゃんこと、かすみんの可愛さについて語り合いたいのに。いったいどこをほっつき歩いてるんだろう?
学食のすみっコまで歩いていくと、やっと見つかった。
猫背にボサボサの髪。負のオーラをまとった背中。顔は見えなくても一目瞭然――あれこそぼくの先輩だ。
陰キャでオタクでぼっちな先輩のことだ、今日も学食のすみっコでぼっち飯を決め込んでいるのだろう。ここは可愛い後輩ちゃんがランチをご一緒してやろうかな。
フフフ、先輩め。感謝するのだぞ!
こうなったらオカズの交換とか、食べさせあいとか、青春しちゃったりして♡
い、いやぁ。冷静に考えるとそれは他の人もいるし恥ずかしいかな。
なんてニマニマと考えながら、ぼくは先輩に声をかけようとする。
「せんぱぁい、お昼ごいっしょしま――!?」
お盆を落としそうになるのを必死にこらえた自分はえらいと思った。
確かにその席に座っているのは先輩、それは間違いなかった。
だけどぼくが驚いたのは、彼の正面に人が座っていたからだ。
女性、それもとびっきりの美人が。
「ぇ……え?」
くらくらする視界で捉えた女性には見覚えがあった。
生物学の
顔もスタイルも抜群で、授業はわかりやすく性格も柔和な非の打ち所がない若手女教師。
なにより、胸が大きい。
学園中の男子から憧れの的になっている。
そんな彼女が、先輩と向かい合って食事? それも、なにか真剣に話し込んでるみたい。
「……っ」
ぼくは先輩にかけようとしていた言葉を飲み込んだ。
背を向け、立ち去ろうとする。
ま、まさかね。非モテの代名詞たる先輩があんな美人さんと関わりがあるなんて。
なんでだろ、手が震える。膝まで。
「……そうだよね」
勝手に非モテだって思いこんでたけど、先輩ってべつにブサイクじゃないし、むしろあの独特な負のオーラと鋭い目つきを除けば顔の造形は整ってると思うし。
猫背だから気づきにくいけど背もそれなりにあるし、頭は文句なしにキレる。
なにより、いつも冷静で一見冷たいとも思える態度の奥に隠れた誠実さや優しさに気づいちゃったらもう……。
好きに――なっちゃうよね。
普段先輩が読んでるラノベの表紙の傾向からして、先輩はきっと巨乳好き。
理数系教科に精通している才女の小山先生とは話も合うだろうし、もしかして二人はお似合いなんじゃ……?
心の奥底からどっと湧き出てくるドロドロした感情と思考が渦巻いて混乱してきた。
「――そうだよ」
いまさらになって気づいた。
ぼくはいったい、先輩の何を知っていたんだろう?
先輩はいつも放課後になると、ぼくの”謎解き活動”に協力してくれる。
だけどそれ以外の学園生活ではほとんど関わらない。
謎解き依頼を除けば、私生活での関わりもない。その程度の関係でしかない。
なのにぼくは、先輩が自分の知らない人間関係を築いてるからって、どうしてこんなにもショックを受けてるんだろ?
知った気になってただけなんだ。ぼくはまだ、先輩のことを何一つ知らないのに。
だけど。
だからこそ――。
「せんぱぁい♡ お昼ごいっしょしていいですかぁー♡」
ぼくは精一杯明るい声で彼に話しかけることにした。
強引に隣の席に座る。
逃げるのは――やめることにした。
「ああ、お前か」
ぼくの一大決心の重みに反して、先輩の反応は意外にも軽かった。
驚きもせず、突然隣に座ってきたぼくを一瞥すると冷静にこう言った。
「ちょうど良い。放課後、お前に相談しようと思っていたところだったが手間が省けた」
「はへ?」
なんのことかわからず間の抜けた声を漏らすしかないぼく。
そんなぼくを見て「悪い、説明不足だったな」と言うと先輩は続けた。
「”謎解き”の依頼だ、小山先生からのな」
「え――」
学食じゅうにぼくの奇声が響き渡った。
「ええええええええええええええええええええええ!!!!!?」
みんなの視線が集まり、ぼくは顔を真っ赤にして縮こまるしかなかった。
「す、すみません。とんだ失礼をば……」
「うふふ。あなたたち、うわさ通り。仲良しなのね」
ぼくらの前に座る小山先輩は口に手を当てて笑った。
唇に引かれたルージュが美しい。
ぼくは唇を尖らせて答えた。
「うわさって……ぼくらのこと、知ってるんですか?」
「ええ、有名よ。不思議なことやオカルトに詳しいって。聞くところによると、ストーカー事件の犯人を特定したこともあるとか」
「そぉですけど……それで、小山先生の依頼というのは?」
どこかふてくされた雰囲気がにじみ出ていたのだろう。
先輩が小声で「おい、なんでそんな無愛想なんだよ」と聞いてきた。
さすがに「先輩と先生がいい感じに見えたから」なんて言えなくて、「生物学、ニガテなので」なんて下手くそなごまかしをしてしまう。
そんなぼくらのやり取りをみてクスクスと笑う小山先生は、スマホを机の上に乗せてさしだしてきた。
「これよ」
「これは……写真、ですか?」
それは、夜中にトンネルの前で撮影された写真だった。
複数人の女性が並んで写っていて、その中には小山先生自身も入っている。
でも、夜中のトンネルなんてこんなイケてる女性たちが来るような場所だろうか?
「有名な心霊スポットの”旧○○トンネル”の前で撮影したものよ。意外かもしれないけど私、心霊スポット巡りが趣味なの」
先生はちょうどぼくの頭の中の疑問に答えるようにそう言った。
そしてスマホのディスプレイに表示された画像の一部を指差す。
「私の身体、よく見てちょうだい」と言われた部分をぼくが注視すると、そこには――。
「脚が……ない」
写真の中の小山先生の左脚は、膝下が
まるで、背後にそびえるトンネルの深い暗闇に飲み込まれたみたいに。
「つまり、心霊写真ってワケだ。お前の得意分野だろう?」
先輩が言った。
その通りだった。小さい頃にお父さんにカメラを習ってから、オカルトの中でもひときわ心霊写真には一家言あるつもりだ。
「この謎、解けるかしら?」
小山先生の言葉は、どこか挑発的な響きに聞こえた。
ぼくはムッとして写真をよく見た。
心霊スポットの”旧○○トンネル”はぼくも聞いたことがある。
昔から事故が多発していて、いわゆる”不幸が集まる場所”――”逆パワースポット”のような場所だったらしい。
それが20世紀の終わり頃に殺人事件まで起こってしまったことから、区画整理のタイミングともあわさって閉鎖に至ったという。
その後、21世紀に突入しても脚のない幽霊が出るとか自殺の名所だなんてうわさが流れて、ときたま無謀な若者が訪れる心霊スポットとして全国的に知られていた。
ぼく自身はまだ行ったことがないけれど、オカルトマニアとしてはいずれ訪れたいと思っていたところだ。
「……この写真は、スマホで撮ったモノですか?」
「そうよ。私のスマホじゃなくて、友達が撮って送ってくれたものだけれど」
「お友達のスマホは、古いものじゃなくて比較的新しいものですか?」
「ええ、そうだったと思うわ」
「なるほど」
ぼくは頭の中で考えをまとめる。
トンネルの前での写真撮影。消えた左脚。
比較的新しいスマホで撮影した写真――答えは、そう難しくない。
「わかりました。これは心霊写真じゃないと思います」
「へぇ」
小山先生は関心したように微笑んだ。
「どうしてそう思うの?」
「これはスマホで加工した写真だからです」
「加工、ね。確かにスマホの写真はアプリで簡単に加工できるけれど、この写真に関しては無加工のハズよ。友達が撮影した直後にメッセージアプリで私達全員に共有したものだもの。私を含む、この場にいた全員が証言できるわ」
「手動で加工しなくても、スマホはAIで自動的に画像処理を行っているんですよ。スマホは専用のカメラとちがってレンズやセンサーの大きさに限界があるので、光学的性能の不足を補うためには加工が不可欠なんです」
「その自動的な加工があったとして、私の消えた脚の向こう側にはきちんと背景のトンネルが写っているわよ。これはどう説明する?」
「比較的新しいスマホは、撮影ボタンを押す瞬間だけではなくその前後の画像もメモリに一時保存するようになっているんです。そこから最適な画像をAIによる画像処理を経由して出力する。そういう膨大な処理が、何気なくスマホで撮影した写真一つとっても行われているんですよ。つまり、撮影者がカメラアプリを起動してから先生たちが整列するまでの間に写り込んだトンネルの全貌も、スマホのメモリには一時保存されていた可能性があります」
「成る程……」
「この写真は全体的に暗いですから、人物、物体、背景をAIが判別するのは難しいと思います。AI技術はまだまだ発展途上ですから。つまりぼくの仮説は――暗いのでAIが人物と背景を誤認したから先生の脚が消えて背景のトンネルが合成されてしまった。心霊スポットであることとこの写真は関係がない……ということになります」
「付け加えておくと――」ぼくは続けた。
「グーグルのPixelというスマホには、撮影した写真を後からAI処理して”消したいモノを消す”ことができる”消しゴムマジック”という機能があるそうですよ。その機能で物体を消すと、ちゃんと背景もAIが計算して写るようになっているみたいです。これがスマホカメラならばこういう写真を撮影できるという根拠です」
「……」
小山先生はぼくの話を聞いて、しばし考え込んだ後。
手をパチパチと叩きはじめた。
「素晴らしいわ! あなたたち二人とも、短時間で同じ結論にたどり着くなんて!」
「え……?」
先生は不可解なことを言った。同じ結論? 二人とも?
ぼくは先輩の方をみる。
「先輩、この謎をもう解いていたんですかぁ!?」
「ああ、仮説も説明の仕方も寸分たがわず同じだったぞ。やるじゃあないか」
「だったら言ってくれたら良かったのにぃー。先輩、イジワルですね」
ぼくが頬を膨らませて抗議すると、小山先生はクスクスと笑った。
「ごめんなさいね、私が口止めしたの。あなた単独での”謎解き”の実力を知りたくって。私の”本当の依頼”を打ち明けられるか、試させてもらったの」
「本当の……依頼? それって――」
そのときだった。
小山先生は腕時計をみて、「いけない、仕事に戻らなきゃ」と言って立ち上がる。
「また放課後、図書準備室にお邪魔するわね。あなたたち、いつもそこで謎解きをしているのよね?」
「は、はい……」
「じゃあね。Aセット、冷めちゃうわよ」
そう言って、先生はそそくさと立ち去ってしまった。
ぼくが時計をみると、もうすぐ昼休みが終わりそうな頃合いだった。
まずい、まだ全然昼食を食べてない。
でも、ぼく一人で食べるには時間が足りない。だからって残すのは申し訳ないし。
とはいえ、乙女がそんな尋常じゃない早食いをするなんて恥ずかしい!
だったら――。
ぼくは「そろそろ俺も行くぞ」なんて立ち上がろうとする先輩の袖をガシッとつかんで制止した。
「せんぱぁい♡」
「な、なんだよ」
「半分食べてください♡ 男の子ってみんなからあげ好きでしょ?♡」
「ま、まあ好きだけど……そういう問題じゃ」
「遠慮しないでください。ほら、食べさせてあげますから。あーん♡」
「えぇ……」
困惑する先輩の口にからあげを放り込んだ。
こうしてぼくはまんまと「せんぱい、あーん♡」という青春を先輩と過ごせたのだった。
必死でAセットを頬張るぼくたちは、想像していたよりも、全然色気とかロマンチックに欠ける姿だったけれども……。
そんな青春もぼくと先輩らしいな、なんて。
ちょっと嬉しくなる昼休みだった。
そう。
その時のぼくは、放課後に本当の恐怖が待っていることなんて知るよしもなかったんだ。
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