13,4 きさらぎ駅 Terminal


「へぇ、外ではあたしちょっとした有名人なのね。そっか、10年以上も経ってたんだ……。体感では数年程度に感じていたけれど」


 葉純はすみさんは最奥の部屋――何かの研究室みたいだ――のオフィスチェアに腰掛け、大胆に脚を組んでそう言った。

 黒のストッキングに包まれたおみあし・・・・が眩しい。彼女は美人だった。身なりも綺麗だし、むしろ疑問に思う。

 こんな世界で何年も暮らしているというのに、どうしてボロボロになってないんだろう?

 疑問は尽きない。ぼくは彼女に促されて対面の椅子に座った。とにかく話してみよう、葉純さんと。


「あの、葉純さんはどうして”きさらぎ駅”に迷い込んでしまったんですか?」

「ああ、それね。わからないの。あのジジイは”業”だとかなんとか言ってたけど……」

「やっぱり、葉純さんもあのおじいさんに言われてここに来たんですね」

「ええ、でもサッパリよ。何年探し回っても見つかりゃしないわ。ジジイは、きさらぎ駅へ迷い込む者には個人的な因果が必ずあると言っているけれどね。あたしは普通のOLだったし、こんな怪しい施設とは無縁だっての」


 葉純さんは両手をあげて”降参”のポーズをとり、やれやれと首を振った。


「さすがにあたしも、あのジジイに騙されたんじゃないかと思ってるところよ」

「……葉純さんは、この部屋から出てきましたよね。この建物の部屋は電子ロックがかかっていたはずですけど」

「ああ、それはそう。コレよ」


 彼女はスーツのポケットから銀色に輝くカードを取り出した。

 ICチップ付きのカードキーのようだ。扉の隣に据え付けられた電子ロックのコントローラーにも、カードリーダーがあった。


「建物を探索しているうちに、このカードを手に入れたのよ。だからあたしはたいていの部屋に入れるわ。”アイツ”に襲われても部屋の中に逃げ込めばやり過ごせるしね」

「”アイツ”……あのたくさん腕がある、上半身の怪物ですよね。あれはいったい何なんですか?」

「アイツは……そうね、”鬼”よ。出来損ないだけどね。今は製造目的も見失って、ただ”製造者”への”恨み”を”呪い”に変換して徘徊するバケモノに成り下がった」

「鬼?」


 葉純さんの出した単語はピンと来ないモノだった。

 ”鬼”というと、赤い巨体に角が生えて、棍棒を持ったような姿しか想像できない。

 あの多腕の怪物が”鬼”?


「正式名称は”呪創鬼人グリゴリ”。”ファウンダリ”による”形而上生物学けいじじょうせいぶつがく”研究の産物」

「グリゴリ? ファウンダリ? 形而上生物学?」


 頭の中が「?」で埋め尽くされる。

 全然馴染みのない言葉の羅列だった。

 ええと、”グリゴリ”っていうのは神話か何かの言葉で、”ファウンダリ”は英単語で……「工場」だっけ?

 ”形而上生物学”というのは、本当に聞いたことがないけれど駅前で出会ったおじいさんが言ってたっけ。「ワシは形而上生物学者だ」って。

 混乱してくる。つまり、あのおじいさんは”多腕の怪物”――”呪創鬼人グリゴリ”と関わりがあるってコトなのだろうか?


「ふぅん、その様子じゃ本当に何も知らないようね」


 葉純さんは納得したように頷いた。


「”きさらぎ駅”に迷い込んで、この研究所までたどり着けるくらいだから実は”ファウンダリ”の関係者なんじゃないかと思ってたけど。さすがにこんな若い子じゃ無理があるか」

「あの……さっきから行っているその”ファウンダリ”って何なんですか?」

「まあ、そうね。一言で表すなら悪の秘密結社……みたいな?」

「みたいな? って……」

「そうとしか言いようがないのよ。この施設で集めた情報によれば、全国各地から超常現象や未確認生物を調査、蒐集し研究する組織。一般人からはそうした超常現象を隠蔽、秘匿している。組織には様々な呼び名があるわ。”ファウンダリ”またの名を――」


 ――”F.A.B.”。


 彼女はそう断言した。

 やっぱり、そうなんだ。超常現象を調査、研究する組織”F.A.B.”。ここはその研究施設に違いない。

 きっとぼくのお父さんの怪死事件から不審な情報を隠蔽した組織と同一だろう。

 ということは、あのおじいさんが言っていた”業”というのも推測がつく。

 ぼくはたぶん――お父さんの死の真相を知るためにここに来た。原因があって、結果があるんだ。


「……ぼくも、知りたいです。ぼくがなぜここに来たのか。”ファウンダリ”っていったい何なのか。真実が知りたい」

「そうね、あなたはあたしと同じ。だったらちょうどいいわ、これからはお互い協力しましょう」


 葉純さんはすっと立ち上がって言った。


「協力って、何をですか?」

「何って――”謎解き”よ」

「謎解き……っ!」


 ドキリとした。勢いよく立ち上がる。

 先導する彼女についてゆく。ドキドキと鳴り止まない心臓の鼓動を感じながら。

 怖いのか、緊張しているのか。

 ううん、違う。むしろ喜んでるんだ。こんな絶望的な状況なのに、ぼくは。

 なんでだろう、胸が高鳴るというか――しっくり・・・・来るものがあったから。

 だってそうでしょ?


 ”謎解き”はぼくの本領なんだから。




   ☆   ☆   ☆




 研究室の扉を開くと、あの”鬼”の姿は消えていた。

 点滅していた電灯も復活して、視界良好だった。

 その代わり、廊下の壁にべったりと赤黒い血のような液体で何か文字のようなモノが乱雑に書き残されていた。


「これは……何? アイツがこんなものを書き残したことなんてなかった」


 ここにぼくよりも長くいるであろう葉純さんにもわからないみたいだった。


「字が歪んでてハッキリとはわからないですけど、アルファベットに見えますね」

「ええ、でも文字列がバラバラで意味をなしていない。もしかしたらあたしたちが知らない言語なのかもしれないけれど」


 彼女はそう言いつつ、メモ帳を取り出して赤いペンで文字列を書き写した。


『ZNKOTOWAOZEULZNKLGZNKXY』


 メモを取り終えると、葉純さんは廊下を進み始めた。

 ぼくもついていく。


「そういえばあなた、電車の中でもアイツに襲われたのよね」

「は、はい」

「そこがあたしとあなたの違う点、か……。どうにも、あなたはアイツに狙われている気がする。あたしは自分から駅に降りたけど、あなたはアイツに襲われて追い詰められたから駅に降りてしまったワケでしょう? それに妙な文字列。アイツにとって、あなたは”特別”なのかもしれない」

「あんな変なバケモノと関係あるなんて思いたくないです」

「あははっ、そりゃそうよ。誰だって関わり合いになりたくないわ!」


 ケラケラと葉純さんは笑った。

 そしてカードキーで扉の一つを解錠した。

 扉を開けると、その先は階段になっていた。下へ――地下へと続いているようだ。

 今いる廊下より薄暗くて、視界は悪い。

 少し怖くなって、ぼくはゴクリとつばを飲み込んだ。


「あ、あの……葉純さん」

「んー?」

「どこへ行くんですか?」

「ああ、そうね。説明してなかったわね」


 葉純さんは階段を降りながら説明を始める。

 仕方なくぼくもついていった。


「この施設のほとんどの部屋は”病室”だったの」

「病室? 病院なんですか、ここは」

「いいえ、研究所よ。建物に入る時に書いてあったでしょう? でも身体を欠損した人や不治の病を患った人を集めていた。後戻りできない、社会に居場所がない。そんな人間を集め、そして――彼らで人体実験をしていた」

「人体実験……?」


 ゾワリ、と鳥肌が立つ。


「ええ、幽霊だとか鬼だとか、あるいは天使だとか悪魔だとか。もしかしたらUMAかもしれないし、超能力者と言うかもしれない。世の中には説明できない力を持った生物や、ありえないはずなのに実在を信じられている存在がいる。それらを研究するのが”形而上生物学”。ここは、そんな超常的存在を人工的に製造することが目的の研究施設よ」

「そんな……そんなことって」

「にわかには信じられないことでしょうけど、あたしが長年この施設をさまよって見つけた情報から、それは確か。それにあなた自身もその目で見たでしょう? 多腕の鬼……”呪創鬼人グリゴリ”の姿を。あれがこの『きさらぎ研究所』の生み出した成果物の一体。だけどアイツそのものが”答え”でははないのよ。真の答えはおそらく、この先にある」


 彼女は地下奥の扉をカードキーを使って開けた。

 二人で中に入る。

 中は広く、薄暗い研究室みたいだった。

 左右に何本かの培養液で満たされたカプセルが配置されている。

 そのいくつかは割れていて、中身がなかった。

 そして割れていない残りは――。


「うっ……!」


 ぼくは思わず口を抑える。吐き気がした。

 カプセルの中、培養液に満たされたそこには――異形の怪物が浮かんでいた。

 ぼくの目に飛び込んできたのは、大量の眼球と指に覆われた”肉塊”だった。

 こ、これはあまりにも――ひどすぎる!

 表面側……顔と思わしき面には目と指。反対側の背中側と思わしき面にはブヨブヨと生っぽい質感の表皮の上に、ビッシリと退化した”羽”のようなものが生えていた。

 生理的嫌悪感に耐えられず、胃の奥から何かがこみ上げてくる。


「そうよね、初見ではそうなるか。あたしもそうなった。吐いていいわよ?」

「は、吐きませんって……これでも乙女ですから」

「減らず口が叩けるなら大丈夫ね。ほら、”キサラ”! あんたの激烈にキモい姿に新入りが降参まいっちゃってるわよ。謝んなさい」


 突然、葉純さんがぼく以外の誰かに話しかけた。

 かと思ったその瞬間――。


『えー、やだー。あやまんないよ! キサラ、キモくないもん。カワイイ女の子だもーん!』


 え……?

 ぼくは困惑する。どこからか可愛らしい少女の声が響き始めたからだ。

 困惑するぼくを放っておいて、葉純さんと”可愛い声”の会話が続く。


「なにがカワイイ女の子よ、どうみてもブヨブヨの肉塊じゃないの」

『うわー、見た目で判断してるー! ハスミのアホー、るっきずむー!』

「知能ゼロみたいな見た目しといて小難しい言葉を……」


 あ、案外険悪な仲って感じでもないらしい。葉純さんと”可愛い声”は。

 むしろそれなりに付き合いがあるように思える。

 そして、会話が進むごとにこの声がどこから聞こえるのかもわかってきた。

 たぶん、ぼくの頭の中だ。テレパシーのように、脳内に直接声が届いているんだ。

 葉純さんはぼくの方に向き直って、


「ああ、紹介が遅れたわね。このブヨブヨの肉塊みたいなキモいのが”キサラ”、この全然似合ってないキャピキャピ声の正体よ」

「え、ああ。ええ……だいたい察してましたけど……。キサラさんって、呼べばいいですか?」

『キサラでいいよー! キサラもキミのこと、”あーちゃん”って呼ぶから! よろしくね、あーちゃん!』

「あ、はい。よろしくおねがいします、キサラ」


 挨拶されてしまった。しかもまあまあ気さくに、友好的に。

 うーん、激ヤバな見た目に反してそう怖くない生き物なのだろうか。


「あの、葉純さん……この子は?」

「”キサラ”は……そうね。あたしがこの研究所に流れ着いた頃には既にここにいたわ。研究所は既に無人で、破棄された後だったから……たぶん、施設ごと棄てられたんでしょうね。おそらくこの研究所で製造された”呪創鬼人グリゴリ”の失敗作か何かでしょう。テレパシーで話しかけてくるだけで特に害はないわ、安心して」

「は、はぁ……」


 今夜はいろいろと不思議なモノを見すぎて、もう驚くのにも疲れてくる頃だった。

 目の前の水槽に浮かんだ肉塊生物を受け入れようとしている自分がいることに気づいてしまう。

 でもまあ、長年ここにいたという葉純さんが安全と言うならば、ある程度は信用していいのかもしれない。なにより、ぼくの目からみても確かにこの生物は水槽から出られそうにない。

 培養液に満たされたカプセルの中には、何本ものコードやチューブが伸びており、”キサラ”の生命維持をしているようだった。

 きっと自分では動けないのだろう。たぶん、生命を維持するだけでも精一杯なんじゃないだろうか。葉純さんの言う通り、あの多腕の鬼と違って外では生きられない”失敗作”といったところだろう。


『ねぇ、あーちゃん。あーちゃんはどうしてここに来たの?』

「それは……」


 ぼくはお父さんの死の真相にこの施設がつながっている、という文面を思い浮かべたけど、口に出すのをやめた。

 敵意はなさそうとはいえ、この謎生物に正直に話していいものだろうか。

 それに、葉純さんも。今は友好的だけれど、身の上話ができるほど互いを知っているわけじゃないし。

 そんなぼくの思惑に反して、キサラはさらりとこう答えた。


『そっか、あーちゃんはお父さんの死の真相が知りたいんだね!』

「な、なんでそれを!?」

『テレパシーを使えるんだから、頭の中くらい覗けてトーゼンでしょう? だいじょーぶ、ハスミには聞こえないように今はあーちゃんだけに声を飛ばしてるから。ヒミツにしたいんでしょぉ? こー見えてキサラ、カワイイだけじゃなくて口がかたい女の子で有名なのですっ!』


 「そもそも口無いじゃん……」と心の中で思うと『あーちゃんデリカシーない!』とテレパシーで怒られた。

 そして、キサラはこう言った。


『キサラのお願い・・・叶えてくれたら、あーちゃんのお願い・・・も叶えてあげられるかもしれないよ』

「お願い?」

『そう! お願い! 等価交換!』

「キサラの”願い”って……何なんですか?」

『それはね、あーちゃん――』


 キサラの本当に理想的なほどに可愛く純粋な声色がぼくの脳内に響いた。


『キサラを――自由にして欲しいの』

「自由? どうやって? ぼく自身が脱出する手段もわからないのに? もしかして、その手段をぼくに教える代わりに一緒にこの世界から脱出したいってコトですか?」

『そうじゃないよ。もっとカンタン。ただ、キサラをこの”檻”から出して欲しいんだぁ』

「檻? ああ、水槽カプセルのことですか。キサラはそこから出たいと……」

『そうだよ。キサラはここから出て、自由になりたい。それがキサラの願い。このお願いを叶えてくれたら、キサラはあーちゃんの知りたい”真実”を教えてあげる』

「……それは」


 ぼくは思った。

 それはキサラを――殺す、ということ?

 水槽から出すということは、生命維持装置であろうチューブやコードを抜くということだ。培養液にも浸っていられない。

 どう見ても不完全な彼女の身体は耐えられず、崩壊してしまうんじゃないのか?

 そう懸念するぼくの思考を読んだのだろう、キサラは『そうだよ』と答えた。

 彼女のどこまでも無邪気な声が、頭の中に響き渡った。


『キサラを殺してくれたら、あーちゃんは欲しかった”真実”を手に入れてハッピー!  キサラも自由になれて超☆ハッピー! ねね、悪い話じゃないでしょぉ?』

 

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