13,0 きさらぎ駅 Terminal
「あーちゃん、ファインダーをのぞいてごらん」
小さな頃、ぼくはお父さんのことが大好きだった。
たまに家に帰ってくると、ずっとくっついて側を離れなかった。
お父さんは写真家。世界中を旅しては、綺麗な写真やたくさんのお土産と一緒に帰ってきた。
だけどどんなお土産なんかより、ぼくにとってはお父さんと会えることが嬉しかったんだ。
「レンズの向こうに、何が視える?」
「きれーなけしき?」
ぼくはお父さんの膝の上で、カメラの使い方を教えてもらっていた。
お父さんは言った。
「どうして景色が綺麗に視えると思う?」
「レンズのせいのうがいいから!」
「身もふたもないなぁ」
子どもらしい率直な答えに、お父さんは苦笑した。
そして諭すように語り始める。
「あーちゃん、カメラは現実の世界から一部を切り取っているに過ぎないんだ。いくらレンズの性能が良くたって、カメラの向こうの世界が現実よりも美しいことなんてないんだ」
「そーなの? でも、お父さんの写真のこと、わたしはきれーだと思うよ!」
「ありがとう……最高の褒め言葉だ」
お父さんは震える声でそう言った。
そしてぼくを背中からぎゅっと抱きしめる。
「だけどね、僕には世界が美しいなんて思えない……思えないんだよ。あーちゃんの視る世界が美しいのは、世界が美しいからじゃなくて……あーちゃんの『世界を美しいと感じる心』がそうさせたんだ」
そう呟くお父さんの声は、どこか悲しそうだった。
自分自身に何かを言い聞かせているようにも思えた。
だけどその時のぼくには、どうしてお父さんがそんなことを言ったのかわからなかった。
お父さんが”不可解な死”を遂げてからもずっと、高校生になった今でも……。
探し続けているんだ、あの言葉の意味を。
解けない謎の答えを。
ΦOLKLORE:第弐蒐最終話 13 ”きさらぎ駅 Terminal”
「――以上が調査結果だ。あんたが怪奇現象と捉えていたものの大半が、蓋を開けてみればストーカーの仕業だったという結論になる。ストーカーが直接関わった出来事以外も、神経過敏になったあんたが偶然起こった無関係の事象を結びつけていた。そう推測できる」
先輩が淡々と依頼人にそう告げた。
依頼人の女性はうつむきながらこたえる。
「あ、ある意味では……安心したような気がします。もちろん、ストーカーが家まで上がり込んで家具まで動かしてたのは本当に怖いことですけど……」
「幽霊の正体見たり枯れ尾花、だ」
先輩はあくまで冷静だけど、どこか励ますような口調で女性に語りかける。
「実体のないモノに対して人は恐怖するが、実体のあるモノにならば現実的な対処が可能だ。あとはこの調査結果を持って、警察に相談しに行くといい。心配なら、解決するまで友人や親戚の家に泊まるのも手だろう」
「はい、そうします。遅くまでありがとうございました」
「最後に、調査に俺たちが関わったことは警察には秘密にしておいてくれ。面倒なことになるかもしれないからな」
ぼくは首から下げたカメラをちょいと持ち上げて補足する。
今日は本格的な調査ということで、お父さんの立派なアナログカメラを持ち出してきていたのが役に立った。
「お家の中にストーカーが侵入していた形跡はこのぼくがバッチリとカメラに収めましたからね! 現像しだい郵送するので、証拠として使って下さい!」
こうして今回の事件は解決した。
もう夜が更けていて、23時を越えていた。
ぼくらは早足で依頼人のアパートをあとにして、駅から帰りの電車に乗り込んだ。
23時40分、なんとか終電は回避したし、日をまたぐまでには最寄り駅に着くだろう。
長時間の調査だった。疲労感から、二人並んで座席にへたりこんだ。
「今日は大活躍でしたね、先輩」
「今日も、だろ。オカルトは専門外だが、今回は人の仕業だった。推理はそう難しくない」
先輩はそっけなくそう返事をした。
謙遜しているのかしていないのかよくわからないけど、今回の”謎解き”は本当に先輩の独壇場だった。
最初はポルターガイストの調査という
そこからは普通の高校生がどこで学んだんだよとツッコミを入れたくなるような華麗なプロファイリング技術によって、犯人の個人情報の特定にまで至ってしまった。
犯人がほぼ確定したとはいえ、ぼくにも先輩にも逮捕権はない。あとは警察の範疇だ。
なんにせよ怪奇現象がストーカーの仕業であると見抜いて、犯人まで暴いてみせた先輩のお手柄であることは間違いなかった。
「いいんですか、調査したのが先輩だって秘密にしちゃうなんて」
「いい。こんなどうでもいいことで目立ちたいとは思わないし、むしろ面倒だ」
「お金とってもいいくらいの働きだったのに」
「カネのためにやってるワケじゃあない」
先輩はそう断言した。
普段、”謎解き活動”によって先輩が要求する報酬は学食の食券だ。
食券から現金に払い戻しはできなくはないけれど、先輩がそうしているのを見たことはない。だからお金目的じゃないというのは納得できるけど。
気になる。だったら先輩は、何のために謎を解いているのだろう?
「先輩は、何のために――」
「それに報酬ならもらったからな」
ぼくがその疑問をぶつけようとした瞬間、先輩はポケットから何かを取り出した。
銀色の
「それは?」
「怪奇現象対策のために、依頼人が高額で買ったモノらしい。なんでも高名な”祓い屋”が呪術的紋様を彫り込んだ逸品だとか」
「へぇー、すごいですね!」
ぼくは身を乗り出して先輩の手の上の指輪を見た。
たぶん銀製だろう。確かに銀は魔除けに使われるって聞いたことがある。
それにこの細かい紋様も人の手で精巧に彫り込まれているようで、興味深い。
「ストーカーの仕業だったとわかって魔除けは不要になったから、報酬代わりにってことで俺に渡されたんだが……正直、いらねぇな」
「えー、せっかく良さそうなモノなのに!」
「知っているだろ、俺はこういうオカルトは信じない。それにコイツは依頼人のサイズにあわせて作られている。男の俺の手には少し小さい。仮にサイズが適合していても、身に着けるつもりはないが」
「えー! えー! もったいない! もったいないですー!」
ぼくが唇をとがらせてぶーぶー文句を言っていると、困り果てた先輩が言った。
「じゃあお前にやる」
「いいんですか!?」
思わず目を輝かせるぼく。
「そんなに欲しかったのか……ならなおさら、お前が持ってるべきだな。ほら、お前ってわりと危なっかしいし。変な事件に巻き込まれやすいし。効果の程はわからないが、気休めくらいにはなるかもな」
「やたっ♡ じゃあせんぱい、さっそく――」
ぼくは先輩に右手を差し出して言った。
「つけて下さい♡」
「え……」
先輩は小声を漏らし、一瞬停止する。
少しの沈黙が流れる。ガタン、ゴトン。電車が揺れる音。
あ――っ! その沈黙でぼくも気づいた。
箱がなくて裸の指輪しかないから、直接装着しなきゃ! なんて軽い気持ちで先輩に「つけて下さい♡」って言っちゃったケド……コレって。
コレって、完全に
どうしよう、撤回しなきゃ、ごまかさなきゃ! そう思っていたのも束の間。
先輩は意を決したかのように、ごくりとつばを飲み込んだ。
あ、
「やっぱり陰キャでオタクで非モテな先輩もちゃんと男の人なんだ」なんて、わけのわからない思考が今になって浮かんでしまう。
「わかった」
先輩はぼくの手をとり、ゆっくりと指輪をあてがう。
最初は中指にしようとしたけど、若干サイズが合っていないようで、最終的には薬指に狙いを定めた。
く、くすりゆびかぁ……。否応なくドキドキと心臓が高鳴ってしまう。
たぶん、顔もひどいことになってるんだと思う。今、耳まで真っ赤になっているだろう。恥ずかしい。
先輩は? 見ると、先輩も唇を強く結んでどこか照れているように見えた。
いつも冷静な先輩が……動揺してる! ぼくと一緒の気持ちなのかも? なんて思うと少し嬉しくて、気分が楽になった。
「ほら、ぴったりはまったぞ」
先輩が手を離し、ぼくの右手薬指には銀色のリングが収まっていた。
これが、魔除けの指輪……先輩がぼくにくれた……。
ぼくは左手でそっと右手を撫でる。いつもと違う、硬い感触が確かにある。
なんでかな、触れた手に残る先輩の体温を感じて……。
ほんの少しだけ、大人になれた気がしたんだ。
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