12,3 干渉と感傷 Crosstalk・真


 ある日の”先輩”のメールボックスより。


to後藤『久しぶりだな、後藤』


from後藤『私は後藤ではない。このアドレスは私への専用ホットラインなどではない。クラッキングされるリスクもある以上、気軽に使うな』


to後藤『あんたが消した女子学生の数少ない痕跡なんだぞ、消した責任くらい持てよメン・イン・ブラックさんよ。さて、本題なんだが単刀直入に聞こう。あんたたち”A.R.K.”は人間を誘拐して何をしようとしている? ”方舟”とは何だ?』


 返信なし。


to後藤『無視すんなって。今回、俺は”金属片”を手に入れた。あんたが使っていた”銀の棒”と同じ材質だってことはすぐに気づいた』


 添付ファイル:1件


from後藤『これをどこで手に入れた』


to後藤『教えて欲しいなら俺の質問に答えろよ』


from後藤『”A.R.K.”は我々の無数ある呼び名の一つに過ぎない。”方舟”は我々の守護すべき神の乗り物だ。滅びゆく人類救済の要となる』


to後藤『神だと?』


from後藤『質問には答えた。今度は貴様の番だ』


to後藤『俺たちの行動範囲内で誘拐が起こったからな。相棒と一緒に調査した過程で手に入れたものだ。あいつのことなら心配ない、秋葉原で適当に買った見た目の類似した通信チップとすり替えて渡しておいたからな。なんとか誤魔化せただろうから、これ以上首は突っ込まないだろうよ。しかしあんたたちに2つ忠告しておこう。まず1つ目、あんたたちの通信の暗号化になんらかの不具合が生じて、一般的なラジオ電波に混信している。早く修正したほうが良い』


from後藤『なぜ、わかった』


to後藤『あの放送、病院のスタッフが患者に何らかの処置をする際に名前を読み上げる行為と似ていると思ってな。つまりヒューマンエラーを抑えるための”本人確認”だ。首に埋め込んだチップはタグ。対象者を特定するためのマーカーだ。あんたたちの仕事にヒューマンエラーという概念があるならば、ラジオ放送に混信なんて現象が起こるのも機材トラブルか何かだろうと推測がつく』


from後藤『成る程。1つ目の忠告は理解した。2つ目はなんだ』


to後藤『2つ目、これ以上俺たちの行動範囲内で派手なことはしないほうがいい。俺はともかく、相棒のほうはいつまでも諦めずにあんたたちを追いかけるだろうからな』


from後藤『なぜそのような忠告をする。貴様になんの利益がある。貴様の相棒……あの女子学生が貴様の急所か?』


to後藤『何もわかっていないな。あんたは俺を警戒しているようだが、警戒すべきは俺ではなくあいつだ。あいつの意思は固い。どれだけ誤魔化そうと真実を追いかけ続けて、いつかあんたたちの首筋に噛みつくだろうよ。その結果滅びるのは……あんたたちかもしれないぞ。だから俺が忠告してやってんのは、単純にあんたたちの身を案じてやっているからさ。感謝しろよ』


from後藤『末端に過ぎない私の権限で保証は出来ないが、参考にさせてもらおう。連絡は以上か? このアドレスは今後利用停止させてもらう。貴様との取引もこれが最後だ』


to後藤『ああ、世話になったな。本物の”金属片”だが、そうだな。以前あんたと小競り合いをした駅前のコインロッカーにでも入れておこう。適当に回収しておいてくれよ。じゃあな、二度と会わないことを願っているよ』


from後藤『それは私の台詞だ』

 



   ☆   ☆   ☆




 例の『ラジオ放送混信事件』から数日が経った。

 依然として、ぼくのモヤモヤは消えなかった。

 上空に出現した”黒い月”、大河内さんの豹変と記憶喪失、首から出てきた”金属片”。

 全てを『気のせい』で説明するには、今回の事件は大掛かりすぎた気がする。


「……とりあえず、コレは保管庫に入れておこうか」


 先輩からもらった”金属片”。

 彼は汎用の通信ICチップだと言っていたけれど、いちおう重要な証拠品ではある。

 ぼくは女子ロッカーに向かっていた。

 この学園では、在籍する学生一人に一つ、ロッカーの鍵が貸し出されている。ロッカーは自由に使えて、教科書とか体操服とか化粧品とか漫画とか、まあ入れるモノは人それぞれだ。

 実はぼくは、このロッカーの鍵を2つ持っている。

 以前の依頼の報酬として使われていないロッカーの鍵を一つ手に入れて以来、そこを証拠品の保管庫として使用していた。

 これは先輩も知らない、ぼくだけの秘密だ。

 ”F.A.B.”といった情報そのものを消そうとする組織にいざ狙われた時、ぼくという個人とは直接結びつかない保管場所が必要だったからだ。

 鍵を開ける。ロッカーの中には、一見・・何も入っていない。

 念には念を入れて、上げ底と言うか二重底構造にしているのだ。

 しゃがみこんで底を一つ取り、中から箱を取り出した。

 ”証拠品入れ”だ。

 いつものように証拠品の”チップ”を中に収めようとした、その時――。


「……? あれ、こんな紙……中に入れてたっけ?」


 見覚えのないモノが証拠品入れの中に入っていたのを見つけた。

 2つに折られた紙切れだった。

 広げてみると、そこには――。


「っ……黒い、円盤……!」


 街の上空に”黒い円盤”が浮かんでいる写真があった。

 円盤はたぶん、大河内さんのアパートの上空に浮かんでいたモノと同じ……?

 なんでこんな写真が”証拠入れ”の中に? 誰が中に入れた?

 動揺のあまり手が震えて、紙を落としてしまう。

 すると、写真の裏面に何か文字が書かれているのが視えた。

 そこにはこう書いてあった。


『後藤さんのこと、絶対に忘れないで』


 後藤さん? 誰のこと? わからない。後藤という名前の人は珍しくないけれど、この文面からどの後藤さんのことを指しているのかはすぐには思い浮かばなかった。

 それよりも気になったのは、この文章が――ぼくの筆跡で書かれているということだ。

 急いでいたのだろうか。ずいぶんと雑な走り書きになっているけれど、確かにぼく自身が書いたとわかる。


「つまり……この写真はぼく自身が手に入れて、裏面にぼくがこの文章を書いて……この文面から考えると……ぼくはこの事実を忘れてしまったってコト……?」


 今、目の前にある情報から推理するとこの結論にならざるを得なかった。

 それ以上はわからない。

 「後藤さん」この人物が鍵を握っているのは間違いなかった。

 そういえば――。

 前に先輩が図書準備室で眠っている時があったっけ。

 その時ちらっと先輩の携帯の中身を見ちゃったんだけど、その時のメールの相手が「後藤」って表示されていたような気がする。

 メールの内容は正直、理解不能というかよくわからなかったんだけど。

 もしかしたら……ぼくも大河内さんと同じように何らかの理由で記憶を消されてしまって、その鍵が「後藤さん」というコトなのかもしれない。

 そして先輩は「後藤さん」を知っている?


「……」


 先輩に聞きに行こうか?

 いや、ぼくの考えが正しければそうしても意味がないだろう。

 先輩は大河内さんの件に関しても、明らかに何かを隠す方向性の推理に持っていこうとしていた。

 彼はぼくに、何か重大なことを隠している?


『キミもあの男とつきあっていくつもりならば、気をつけたほうがいい。あの男は――怪物バケモノだ』


 以前、『卓上競技同好会』の前山田部長に言われた言葉がまた蘇ってくる。

 ぼくは先輩を、本当に信じていいのだろうか?


「……ううん、先輩は……怪物なんかじゃない」


 ぼくはいったんその疑念を、写真とチップと共に再び”証拠品入れ”に押し込んだ。


「先輩はいつもぼくを護ってくれる。一緒に謎を解いてくれる。でも、ぼくはまだ……全然先輩のコトを知らないんだ……」


 改めて思う。

 彼はどうして謎を解くのか。どうしてぼくを護ってくれるのか。

 何か目的があるのだろうか?

 お父さんは言った、「本当の謎は、人の心だ」って。


「先輩はぼくのコト……どう思ってるんだろう」


 ぼくは一人つぶやく。

 知りたい、先輩の心が。

 冷たい風がスカートを揺らす。

 長かった夏が、もうすぐ終わろうとしていた。




   ΦOLKLORE: 12 ”干渉と感傷 Crosstalk”   END.

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