12,1 干渉と感傷 Crosstalk・破
大河内さんからメールを受け取った次の日。
ぼくと先輩は彼女の部屋の前までたどり着いていた。
彼女は一人暮らしで、学生向けのアパートに部屋を借りている。
今までの”謎解き活動”の成果か、学園内で情報収集するのは楽だった。
ピンポンとボタンを押すと、しばらくしてインターホンから彼女の声が返ってきた。
『誰ですか……?』
どことなく生気がない、弱々しい声だった。
ぼくは答える。
「例のメールをもらった者です。”先輩”も一緒です。お話を伺いに来ました」
『……入ってください』
しばしの間のあと、ガチャリガチャリと大仰な解錠音の後で扉が開いた。
中からジャージ姿の女子学生、大河内さんが立っていた。
以前までの彼女の印象とは違う。頬がこけて、げっそりとしていた。メールに書かれていたように「眠れない日々が続いている」からだろうか。
ぼくは彼女の変わり果てた姿に怯みかけたけど、彼女のほうは安心した様子でぼくたちを中へ通した。
「念の為、鍵とチェーン両方してるんです」
大河内さんはそう説明した。
通された部屋は――奇妙な内装というか、ぎょっとするような見た目だった。
壁紙が全部銀色だ。
「アルミホイルか」
先輩の言う通り、アルミホイルを壁と天井全体に貼り付けていた。奇妙なことに窓までアルミホイルで塞がれており、日差しを通す機能を失っている。
それを除けば中はそれなりに整然としていて、散らかってはいなかった。
先輩はというと、ジロジロと女の子の部屋を無遠慮に物色を始めていた。
そしておもむろに勉強机の椅子に座ると、
「それで、コイツか? 例のラジオってのは」
いきなり本題に入った。先輩の手にはクラシカルなラジオがあった。
勉強机の上に置かれていたものだ。先輩は最初からコレを探していたのだろう。
大河内さんは先輩の慇懃無礼な態度にも怒らず「はい」とだけ答えた。
「状況を確認しよう。あんたは前の新月の夜にこの机で勉強していた。ラジオを流しながら。そして普段聴いているチャンネルに何らかの別番組が混信して聞こえてきた。その内容はひどく奇妙で不気味なモノだった……。ここまでは間違いないな?」
「はい、そのとおりです」
「周波数はイジっていないんだな? 同じチャンネルのまま別番組が聞こえてきたのは確実か?」
「そう……だと思います。そもそもその時間帯はお気に入りの番組を聴くのが習慣だったので、無意識にチャンネルを変えるなんてこともありえないと思います」
「ふム」
先輩はラジオをジロジロと睨みながら続けた。
「大河内、あんたのメールには3人の名前が書かれていた。例の放送で読み上げられた名前はそれで全部か?」
「いえ」
大河内さんは首を横に振った。
「もっとたくさんの名前が読み上げられたと思います。でも、その時は特に不審に思っていなかったというか、真面目に聞いていなかったのでたまたま覚えていた名前があの三人分だったんです」
「なるほどな。ところであんたはこの3人が失踪していたと知っていたか?」
「っ――!」
彼女の顔がサーっと真っ青になった。
唇を震わせ、絞り出すように答える。
「は、はい……最近知りました。この名前が気になって、検索してみたら……行方不明だって。ネットニュースで見ました」
「失踪したのは前回の新月より後のことだ。あんたの記憶が正しければ、この三人は深夜放送で名前を呼ばれるまでは失踪していなかったことになる」
「そうなります……」
「あんたがここ3日ほど学園を休んでいるのは、この失踪と関係があるのか?」
「……はい」
大河内さんは深く頷いた。
それから彼女は説明し始めた。先月の新月の夜から、今までのことを。
「例のラジオを聴いた後は、気にもしていなかったんです。あなたたちの言う通り単なる電波の”混信”だって思ってました。でも……少しずつ、妙なことが起こり始めたんです」
「妙なこと?」
「はい、誰かにつけられてるというか、見られてるというか……気配を感じ始めたんです」
「それだけならストーカーという可能性もある。相談先は俺たちではなく警察だろう」
先輩が口を挟んだ。
「最初は私もそう思いました。あの放送と関係あるなんて思いもしませんでした。でも……ある日、奇妙な”できもの”ができたんです」
「できもの?」
「首の後ろに、起きたら突然できていたんです。触ると硬くて、悪い病気かもしれないと思うと怖かったので病院に行きました」
「どうだったんだ?」
「悪性腫瘍とかじゃなかったんですけど。異物が入り込んでるって言われたんです。簡単な手術で取り出せるからって、日帰りで摘出してもらいました」
大河内さんは髪をかきあげると、首をみせてきた。
確かに小さな手術痕が見える。
その後、彼女は机の引き出しから小さな”金属片”を取り出した。
「これが摘出された”異物”です」
先輩はそれを手にとって見た。
四角形の、銀色の金属片で、細かく回路のような模様が走っている。
「何かの”
先輩はそうコメントした。
「お医者さんもよくわからないって言ってました。でもなんとなく、私はそれが”追跡装置”なんじゃないかって思って」
「追跡装置?」
「見てはいけないもの、聴いてはいけないもの……私が何か知ってはいけないことを知ったんじゃないかって思って……。それで放送のことを思い出したんです。ほんの試しだったんです、あの放送で聞いた3人の名前を検索してみたら――」
「失踪していることがわかった、と。そういうことだな。怖くなったあんたは、部活を休んで部屋に引きこもり始めた。壁一面に張られたアルミホイルは、追跡装置の電波を遮断するためというワケか。それが3日前までの出来事。経緯はだいたいわかった」
先輩同様に、ぼくにも腑に落ちた。大河内さんの今の状況が。
不気味なラジオ放送で名前を読み上げられた人々が失踪していたこと。
誰かに視られているような気配がしたこと。
ICチップのような謎の金属片が首筋から摘出されたこと。
学園を休み、扉のチェーンロックまでしていたこと。
電波を遮断するため、壁一面にアルミホイルを貼り付けたこと。
全ての情報が一つに繋がった気がした。
彼女はこう考えているのだろう。
「自分は知ってはいけないことを知ってしまい、監視されている」と。
だけど、だとしたら――。
「でも、そんな風に不安な日々が続いていたのに……ぼくたちにメールを出したのは昨日のコトですよね? どうしてこのタイミングで?」
ぼくは今抱いている疑問を素直にぶつけてみた。
警察に相談しなかった理由は大体わかる。ストーカーではなくもっとオカルトじみた不気味な何かに監視されている気がするからだろう。
そんな漠然としすぎている不安は、警察では相手にしてもらえない。本気にする人間なんて――彼女の身近ではぼくくらいだろう。
だからこそ、相談するタイミングが遅いことが気になった。
「それは……」
大河内さんがしばし口ごもる。
しん、と部屋に沈黙が流れ数分が経過しただろうか。
彼女は何かを決意したように、ゆっくりと口を開いた。
「今夜がちょうど新月で、あなたたちに一緒にラジオを聴いて欲しいからです」
☆ ☆ ☆
深夜になった。
ぼくと先輩は、依然として大河内さんの部屋にとどまっていた。
コンビニで買ってきた食料で夕食は済ませた。
大河内さんの言い分はこうだった。
「もしかしたら、私が考えてることってただの被害妄想っていうか……ぜんぶ思い過ごしかもしれないと思うんです」
「どうしてそう思うんですか?」
「放送自体は旅行会社か何かのキャンペーンが混信しただけかもしれませんし、名前だってうろ覚えで、たまたま私が行方不明者の名前と勘違いしてる可能性だってあると思います。誰かに後をつけられてるなんて感覚には根拠がないし、金属片も知らないうちに首に刺さってただけかもしれないじゃないですか」
その言葉に先輩が頷く。
「そうだな、本人も気づかないうちに骨折していたり指が切断していたなんて症例も世の中には多数あるくらいだ。知らないうちに金属片が深く刺さっていても不思議ってほどではないな」
「全部私の思い過ごしかもしれないし、やっぱり私は『知ってはいけないことを知ってしまった』のかもしれない……どっちかわからないこの状況……すごく辛いんです。モヤモヤしてハッキリしない……この感覚を抱えたまま普通の生活に戻るのって、ストレスっていうか……」
「白黒つけたい。確かめないと気がすまない。そういうわけだな」
「そうです。だから誰かに立ち会ってもらいたかったんです。私一人だけじゃなくて、客観的に判断できる人に見届けてほしかったんです」
それがぼくらに依頼を出した動機だったらしい。
メールにその真意を詳しく書かなかったのは、メールも監視されているかもしれないと大河内さんが心配したからだろう。
ぼくも先輩も、彼女の意向を尊重することにした。
彼女の体験や推測が真実かどうかは、ぼくらには判断しようがない。
でも新月の今夜、同じ時間、同じ場所で同じことが起こるかどうか。立ち会ってあげることはできるハズだ。
窓は開けておいた。
「アルミホイル自体の電波遮断効果は高いが、隙間があればそこから電波は普通に入るぞ」と先輩が言った通り、スマホもラジオも窓を開けた時点で正常動作するのを確認できた。
彼女はいつものように勉強机に座って、ラジオのチャンネルをお気に入りだというDJの放送に合わせていた。
ぼくたち二人は部屋の床に座ってその様子を見守っている。
『こんばんは〜今夜もオレのイチオシの楽曲を紹介していくぜ〜』
DJの陽気な声が流れ始めた。大河内さんお気に入りの番組が始まった。
『まず一曲めはコレ! 春タカシの新キョ――ブチッ、バリバリッ――ッ――』
三人に緊張が走った。
ノイズだ。電波干渉が起きている
彼女の体験談が正しければこの後――。
『葉山夏実さん、吉川幸次郎さん、綾野文太郎さん――』
人名らしきモノが次々と読み上げられ始めたんだ。
無機質な合成音声のような音が、淡々と名前を読みあげてゆく。
それだけだった。本当にそれだけの番組が実在した。
ブチブチと雑音混じりの放送が続く。
圧倒された。淡々とした番組内容なのに、背筋が震え上がってぼくは一言も発することができなかった。
数分が経っただろうか。放送の音声は変わらず淡々と、しかし確実にこう言った。
『――大河内靖子さん。以上、今月選ばれた幸運な皆様でした。”エーアールケー”のクルーズをお楽しみください』
「ひぃっ……!」
ガタリと椅子が倒れた。大河内さんが勢いよく立ち上がったのだ。
彼女はハァハァと息を荒くして、顔を真っ青にして全身を震わせていた。
「お、落ち着いてください大河内さん!」
「離して! 私、今の……私の名前がっ……!!」
彼女はぼくの手を振り払うと、大声で叫んだ。
「やっぱり! 消されるんだ! 私は知ってはいけないことを知った! あなたたちも! もうダメ、全部終わりだ!」
「落ち着いて、ぼくたちがついてますから!」
「はぁ……はぁ……」
ぼくが彼女に抱きついてなんとか落ち着かえせると、一時的に彼女の動揺が収まった。
荒く息を吐きながら大河内さんは理解不能な言葉を重ねる。
「ねぇ――比良坂さん」
「え……?」
「私、勘違いしてたの。あの声はずっと私を追いかけて、責めてると思ってた。でも全部間違いだったの。間違い……そう、私たちの世界そのものが嘘で出来ていた。アレこそが授けられた唯一の福音。真実の声――
「な、何言ってるんですか!? どうしちゃったんですか」
「何って……聞こえないの? 比良坂さん……ほら、聞こえるじゃない。今でも私たちの頭の中で、ずっと……ずっと……あは、あはは! あはははははははは!!」
「大河内さん……なん、で……」
「あひゃひゃひ゛ゃ! あああああああああああああああああああ゛あああああああああああああああああああああああああああ゛あああああああああああああああああああ゛あああああああああああああああ゛ああああああああああああ゛あ!!」
ぼくの制止を振り切り、錯乱状態の彼女が部屋の外へ飛び出した。
アパートから走り去る彼女を追いかけてはみたものの、ぼくと先輩では運動部女子の脚力に全然ついていけず、暗い新月の空の下ですぐに見失ってしまった。
「先輩、そっちは!?」
「ダメだ、くそっ……完全に見失っちまった……なんでって新月なんかに……」
そう言って先輩は悔しそうに暗い夜空を見上げた。
その時だった。
先輩が空を見ながら目を丸くして立ち止まっていた。
「先輩?」
「おい、
「え?」
先輩が指差す方向を見ると、何かが”あった”。
いや、”なかった”というべきだろうか。
暗い新月の空といえども、本来ならば多少は星の光が見えるハズ。
なのに先輩の指さした先には、星の光すらなくポッカリと暗い円形の”闇”が広がっていた。
「
ぼくにはそう視えた。
だけど先輩は即座に否定する、
「いや、もっと低空だ。大気圏内、それどころか雲の下――この街の上空を飛行している物体だ」
「未確認飛行物体……アレが
「あるいはどこかの軍が秘匿するステルス機か……いや、まさか……”エーアールケー”とは……。”
先輩はなにやらブツブツと呟いていた。
そして最後に、こう結論付けた。
「強力な電波発信元が近くを通ると、その電波をラジオが拾ってしまうことがある。トラックの違法無線と同じだ。電波の発信源は……上空の”
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